第158話 ステップ・バイ・ステップ(3)
「それで、王城に来てみたはいいが……」
「……声、かけづらいね」
置かれている状況に、ルーザとエメラがボソッと呟く。
その言葉通り、私達は繁華街で署名の呼びかけをある程度のところで切り上げて、予定通り王城の正門前に来たはいいのだけど、ここでどう動くべきか考えあぐねていた。
予想通り、王城前も繁華街ほどではないものの多くの妖精がいた。でも、買い物などをマイペースに楽しむことがほとんどな繁華街とは違って、王城へは何か急ぎの用事があってここに来ている妖精がほとんど。繁華街ならのんびりしている妖精を捕まえて説明することも出来ていたけど、ここではその手段が使えない。
それに、私にとってここは家も同然に慣れ親しんだところではあるけど、本来は高貴で畏れ多い場所。姉さんも私達の事情は知っているとはいえ、やはりこんなところで大声を上げるのははばかられる。
「王女のルージュが呼びかけすれば、とか思ったけどそれは嫌なんだっけか」
「うん。身分を利用することは避けたいから。それに、貴族が潰したいと思ってる学校に王女がいることがバレると、後から色々面倒なことになりそうだし」
イアの提案は確かに署名を手っ取り早く集められるかもしれないけど、私はあくまで一般妖精、もしくは精霊として貴族と戦いたい。それは貴族にあの学校に王城が関わっていることを知られないようにするためでもある。だからこそ姉さんと私は名前を書くのを断念したというのに、ここで王女という身分を持ち出せばそれが無駄になってしまう。
私のことに気付いた門番役の衛兵が心配して駆け寄ってきてくれようともしていたけど、それも身分がバレるのを避けるために身振り手振りで「大丈夫ですから」という気持ちを伝えてなんとか制した。
「それに、身分利用して署名集めるってのは意味ないだろ。署名ってのは善意から貰うものだからな。そんな手で集めようものなら本末転倒だぞ?」
「そ、そっか。それじゃ確かに意味ねえよな……」
「やっぱり地道に声かけするしかないよね。誰か良さそうな妖精いないかな?」
「うーん、そうだね……」
エメラにそう言われて、私は辺りを見渡してみる。
えっと、今近くにいるのは見るからに困った表情で王城の中に入っていく男性……は駄目だな、大切な用事がありそうなところを邪魔しちゃ迷惑だ。小さな女の子の手を引いて歩く母親らしき妖精も遠慮しておくべきか。
後は……
「……っ! まずい、隠れてっ!」
「は? なんだよ、急に」
「いいから!」
「お、おう」
みんなの疑問の声を遮りながら、近くの茂みへと飛び込んで身を隠す。とにかく今はなにふり構っていられなかった。
身を隠した後に茂みの影からこっそり様子を伺ってみたけれど、とりあえず周りには怪しまれていないようでホッと一安心。
「な、なあ。いきなりどうしたってんだよ?」
「しっ、あまり大きな声出さないで。……あそこの妖精、見てみれば分かるよ」
まだ状況を把握し切れていないみんなは、私が指差す先を首を傾げながら確認する。
そして、そこにいた妖精を見て驚いたような表情に変わり……どうやらみんなも私が慌ててここに隠れた理由が分かったようだ。
「げ。すっげー高そうな服着てら。それにお付きの妖精までいるし、あれって……」
「どう見ても一般妖精ってナリじゃねえぞ。あの出で立ち……貴族階級の妖精だな」
「え! それってわたし達の学校潰そうとしてる奴?」
「そこまではわからない。流石に貴族全員の顔を把握してる訳じゃないから。でも……」
……迂闊だった。ここは王城、姉さんに用事がある貴族が頻繁に訪れていてもなんらおかしいことじゃない。少し考えたら分かることだというのに、訪れる妖精が多そうだという理由だけで呑気にここまでのこのこ来てしまったなんて。
今はここで暮らしているわけじゃないにしても、決して短くない歳月をここで過ごしていたのに。私は家の状況すら見越せなかった自分を恥じていた。
「うーん。だけど貴族全員が学校を潰せ、って言ってるわけじゃないんでしょ? ここまでコソコソする必要あるかな?」
「確かに、中には信用できる奴もいることはいるが。いつかのパーティーの時にいたよな?」
「それは、そうだけど。でも、あの貴族がたとえ廃校の件に関わってなかったとしても、貴族間の交流とかで話がバラされちゃたまらないよ。ズル賢い奴なら揚げ足取るためならなんでもするだろうし……今のところは貴族全員が敵と思っていた方がいいかも」
「……まあ、そうなるか。どこから情報が漏れるかわかったものじゃないからな。どの道ここでの呼びかけは危険すぎる」
「うん……」
悔しいけど、ルーザの言う通りだ。貴族が訪れる確率が高い王城の前と、その周辺での呼びかけは出来そうにない。
敵が潜んでいるかもしれない場所で、敵が潰したいと思っている学校の生徒が抵抗していると知れたら、次はどんな酷い嫌がらせをされるか分かったものじゃない。校舎のほぼ全体に落書きされたことも凄く辛かったというのに、あれ以上のものを受けることになるなんて真っ平御免だ。
もう少し頑張りたいというのが本音だけど、これはどうすることも出来ない。ここで無理にでも署名を集めようとする方が貴族に私達の計画がバレる可能性を高めてしまう。
「今って署名どれくらい集まってんだ?」
「えっと……375人分だね」
「あ、意外と集まってんだ」
「今日一日で集められたのは288人分……目標には程遠いが、成果としては上々か。ここで今日は切り上げてもいいと思うぞ」
「うん、まだ影の世界の学校も残ってるからね」
まだまだ署名を集める手段はある。今日はここで帰ろうかと思い、茂みを出てみんなで元来た道を引き返そうとした……その時。
「……あれ、ルジェリアさん?」
「え?」
「やっぱり、ルジェリアさん達だ!」
不意に名前を呼ばれて、反射的に足がピタッと止まる。他のみんなも耳に入ったようでなんだなんだとばかりに全員で後ろを振り返る。
そこにいたのはお付きの妖精を2人連れた、若い淡い緑色の妖精。そしてその妖精の服装は白を基調として、金で装飾された見るからに高級そうなもの。まさか貴族……⁉︎ と思って思わず身構えたけれど、その妖精の顔を確認した直後にその警戒心は吹き飛んでしまった。
だって、そこにいた妖精は……




