第158話 ステップ・バイ・ステップ(2)
より多くの署名への協力者を求めて、私達が次に向かったのは王都だった。
王都を訪れる妖精や精霊の数は王都郊外のどの店、どの施設よりも遥かに多い。数が多いだけに考えや感覚も多種多様で声をかけた全員に協力を得られるのは難しいところだろうけど、出来るだけ多くの署名が欲しいこちらとしては呼びかけする場所に王都は外せない。
一人でも多くの署名が得られれば。そんな淡い期待を胸に4人で手分けして呼びかけしてみたのだけれど……
「くっそー、意外と集まんねぇ……」
「全員が全員、協力してくれるわけじゃないことは多少覚悟してたが、これほど断られると流石にヘコむな」
そう。イアとルーザの言葉通り、私達は王都での署名集めに苦戦していた。
王都を訪れる妖精や精霊達は学校の関係者ではないために学校への想いが浅い。学校の私達が置かれている状況を説明しても、なかなか共感を得ることができない。私達の気持ちとここの妖精達との気持ちのギャップ、現実の厳しさをここに来て初めて痛感した。
「ルージュとエメラはどうだったんだ?」
「駄目。わたしも全然集まんなかった」
「私も……。やっぱり学校のことを知らない妖精じゃ難しいのかな」
……ここで集まった署名は57人分。合計で181人分。王都を訪れる妖精達の数に対して、これはあまりにも少ない数字だ。
難しいことは分かっていたつもりだった。学校とは無関係の妖精や精霊にいきなり署名をしてほしいと用紙を差し出しても、断られる可能性の方が高いということは。でも、理解しているのと、直接体験するのとでは重みが違う。ちゃんと身構えてはいても、やっぱり断られるのは悲しいものだ。
妖精の姿の方が目線が合って会話しやすいかと思って、王女だとバレないための変装もフードを目深にかぶる程度に留めておいたけど……これじゃあ、どっちの姿でも結果は変わらなかったかもしれない。
「……やっぱ、無関係の奴に頼んでも効果薄いんじゃね? 親父達の分もまだカウントしてねえし、何もここで無理に集めようとしなくてもいいと思うんだけどよ」
「うーん、でももうちょっと頑張ってみようよ。一人でも多く協力してもらえるならやらない手は無いでしょ?」
「うん。王都は広いから呼びかけして無い場所は多いよ。場所を変えればまだまだ署名を得られる可能性は充分ある」
「う……そ、そうか。まだ諦めんには早いよな!」
手応えの無さにやる気を失いかけていたイアだけど、エメラと一緒に説得することでなんとか持ち直した。様子を見ていたルーザもそんな私達にどこか安心したように息をつく。
「さて、と。それじゃここからは署名が集められそうな場所を選ばないとな。どこかいい場所って思いつくか?」
「そうだね……繁華街とか、王城の前とかが人通りが多いかも。繁華街を通り抜けてから王城に向かった方が効率が良いかな」
「うっし! んじゃ、そのルートで行ってみようぜ!」
「うん!」
イアの言葉にもちろん大きくうなずく。そうして、私達は決めたばかりの道順で再び進み始めた。
やがて繁華街に到着すると、そこにはやはり買い物に勤しむ妖精や精霊達で溢れかえっていた。ここを通る全員から署名をしてもらえるとは思わないけれど、数が多いだけにそれだけ期待も高まる。
さて、来たはいいけどどこから攻めようかな。
「……! なあ、ちょっといいか?」
「ん、どうしたの、ルーザ?」
「いや、懐かしい場所が目に入ってな」
「懐かしい場所……?」
行き先を考え込んでいる最中、不意にルーザがそんなことを言い出すものだから私達3人は揃って首を傾げる。
ルーザがそんな発言をすること自体珍しいのだけど、懐かしい場所とは一体なんなのだろう? ルーザが光の世界に来てからしばらく経つけど、それでも私達3人に比べたら思い入れはまだまだ少ない筈なのに。不思議に思いながらその後をついて行くと、ルーザは近くの果物の露店へと向かっていった。
「よお、爺さん。元気してたか?」
「……ん、おや君は……あの時のお嬢ちゃんじゃないか。久しぶりだねぇ」
その露店に着くや否や、ルーザはそこの店主である老人妖精に親しげに話しかけている。
このお爺さんのことは私も知ってる。時々、この露店に果物を買いに来ることもあったから。あの様子だとどうやら2人は顔見知りのようだけど……ルーザは一体いつ、お爺さんと知り合ったんだろう?
「ああ、いや。ここに来たばかりの頃、お前が学校行ってる最中に一人で出掛けてた時があっただろ? その時にな。そうだな……土産にスカーレットベリー買ってきた、って言えば分かるか?」
「えっと……ああ、あの時の!」
その説明で思い出した。ルーザが影の世界へと戻る数日前に、私にお礼とスカーレットベリーをわざわざ買ってきてくれたんだ。あれはこの露店で買ったものだったんだ。
その時のことを考えていると、あの甘酸っぱい味が口に蘇ってくる気がした。あの出来事がもう三ヶ月前のことだなんて……なんだか懐かしいな。
「いやぁ、あの時はありがとうね。お嬢ちゃんのおかげで被害も最小限で済んで助かったよ」
「大したことじゃねえって言っただろうが。まさかあの時のこと覚えてる奴、近くにいないよな……?」
「ん、どうした? 急に周り警戒してよ」
「……いや、なんでもない。それより爺さん、ちょっと頼みたいことがあるんだが、話いいか?」
「おお、お嬢ちゃんの頼みとなればなんでも聞くよ」
「お、おい、まだ内容言ってないだろ」
「お嬢ちゃんには恩があるからね、断る理由がないよ。わざわざそう言ってくるってことは大事な話なんじゃないかな、と思ってねぇ」
「……察しが良くて助かる」
お爺さんの言葉にルーザは安心したように笑みを浮かべると、早速署名のことについて説明し始める。
断る理由はないと言ってくれてはいるけど、流石に何も知らないままで協力してもらうというのは署名の意味がない気がして忍びない。ルーザも同じ気持ちだったようで丁寧に、聞き取りやすいようになるべくゆっくり事情を話した。
「なんと……廃校だなんて大変じゃないか。それでお嬢ちゃん達は……」
「ああ。それを食い止めるってのと、そんなふざけた話を進めようとしてる貴族に物申すためにこんなことしてるってわけだ。それで……協力、してくれるか?」
「もちろんだよ。それに、儂もあの学校にはお世話になったからねぇ。是非協力させておくれ」
「えっ。おじいちゃんもあの学校と関わりあったりするの?」
「関わりがあるどころか、あそこの卒業生さ。お嬢ちゃん達は儂の後輩ということになるねぇ」
お爺さんは穏やかに笑うけれど、私達は予想外の事実に驚いていた。
まさかこんな身近なところに学校の関係者、それも私達にとっては先輩となる妖精がいたなんて。
「うちのばあさん……儂の妻も一緒でね。儂が若い頃の学校なんてあのくらいの大きさが普通だったというのに、今はそうじゃなくなっちゃったんだね。古いものでも良さがあるというのに、新しいものばかりで……悲しいねぇ」
「はい……」
「せっかくだ、妻も名前を書くよう言ってくるよ。儂ら2人分だけじゃ大したことないだろうけど、何にもしないよりはいいと思うからね」
「あ、ありがとうございます!」
お爺さんはそう言ってすぐに署名用紙に名前を書いてくれた。そして、近くで別の仕事をしていたらしい奥さんにも名前を書くように言ってくれて、約束通りさっきよりも2人分の名前が増えた署名用紙をその場で受け取った。
これで合計は183人。数自体は少ないかもしれないけど、それでも嬉しさは格別なものだった。
「……なんか、いいな。こういうの」
「そうだね。もちろん、わたしのカフェで沢山の署名を貰った時も嬉しかったけど、これはまた別の意味でって感じで」
お爺さんと別れてすぐに、イアとエメラがそんな感想を口にする。
私も2人と同じ気持ちだ。確かにカフェで多くの署名を貰えたこと自体は嬉しいこと。なるべく多くの数を集めようとしている私達にとってそれは凄く有り難いこと。でも、そこにいた妖精達は学校の関係者じゃないから、どうしても私達とは学校への気持ちと差があった筈。
でも、お爺さん達は違う。あそこの卒業生であるお爺さんは心から学校が無くなってほしくないと思って署名してくれた。カフェの時のように私達が置かれている状況に哀れみを感じたり、協力しなくてはいけないという空気に押し負けたりしたのではなかったことに、さっきとはまた違う熱いものが胸にジワリとこみ上げてくるのを感じていた。
それが、署名の本来の在り方なんじゃないかと思って。
「探せば関係者はまだいるのかもな。もうちょっとここで呼びかけしてから王城前に向かうか?」
「そうだね。よし、この調子でいこう!」
私達はうなずき合い、再び手分けして呼びかけを行うことに。
……きっとまだ希望はある。そう強く信じながら。




