第157話 カジュアル・デイタイム(2)
「あ……イア君がやる範囲と、ルージュさんがやる範囲とで丁度被っている項目がありますね。先にそっちをやってしまいますか?」
「ん、そうだね。その方がフリードも二度解説する手間が省けるし」
「オレもいいぜ。2人でやっちまった方が覚えられそうだ」
「ありがとうございます。じゃあこの、『魔法と関わりが深い植物』をやりましょう」
フリードが広げてあったイアの魔法書の今やると決めた項目を指差して、私もページを急ぎ気味でパラパラとめくってなんとか目的の箇所を見つけ出した。
難易度としては基礎中の基礎といったところだけど、土台になるからこそ重要な部分だともいえる。頑張って頭に叩き込まなければ。
「まずは魔除け効果のものからですね。その実の模様が五芒星に見えることからそのような効果を持っているといわれ、また栄養が豊富なことから生命を与えるとも伝えられている木とは何か、お2人はご存知ですか?」
「えっと……なんだっけな」
「確か……ナナカマドの木、だっけ」
「正解です、ルージュさん。流石ですね」
イアが悩んでいる横で私がそう回答すると、フリードはすぐ褒め言葉を返してくれた。自信はあまり無かったのだけど、正しいものを答えられたようでホッと息をつく。
その後のフリードの解説によれば、ナナカマドの木は魔除け……特に呪術などの悪意から生まれる魔力だったり、フリードの説明にあったように栄養豊富なために病気などから守ってくれるのだそうで。そういえば昔、姉さんにその効果から城の素材にも使われているというのを聞いたことがあったような。
「でさ、五芒星ってなんだ?」
「お前……それすらも覚えてねえのかよ。基本中の基本だろ」
「わ、忘れちまったもんは仕方ねえだろ⁉︎」
「五芒星というのは魔除けの象徴ですよ。五つの頂点に自然を構成するとされる要素の木・火・土・金・水を当て嵌めて、守護の意味合いとして用いられてきたんです。端的に言うと、星マークです」
「へ〜、あれって実はすげえマークだったんだな」
「ただし、これを逆にしてしまうとその効果も完全に反転します。逆五芒星は悪魔の象徴とされ、効果も欲望や病気などマイナスなものばかりなんです」
「……とりあえず、逆に書くなってのは分かったわ」
五芒星の解説に感心したと思ったら、逆五芒星の解説を聞いた途端、げんなりとした表情を見せるイア。コメントは大分ざっくりしたものではあるけど、要点はちゃんと理解できてる筈。
ただのマークでも、頂点とするものを逆にするだけで効果が全く変わってくるのだから面白いな。タロットカードとかもそうだけど、単純だからこそ奥が深い。
「ナナカマドの木と関連づけて、もう一つ……ニワトコの木の効果も覚えてしまいましょうか」
「あ? ニワトリの木がなんだって?」
「ニワトコだよ。どんな耳してんだ」
「う、うるせぇ! 似てるんだからしょーがねーだろ!」
「あはは……。でも、似たような単語と結びつけて覚えるのはいいことですよ。場合によってはその方が覚えやすい時がありますし。ニワトリからニワトコの名を引っ張り出せるなら、僕はそれでもいいと思います」
「お、おお、そうか! じゃあニワトリからのニワトコで覚えることにするぜ!」
「その場合、うっかりニワトリの木って答えないよう気を付けないとだけどね」
「わーってるって!」
イアの威勢だけはいい返事にルーザはやれやれと呆れ、私もフリードも思わず苦笑い。でもおかげでこの時間が楽しいものとなったように思えた。
つい先日にシノノメでの事件解決と学校の落書きの騒動があったために、今がすごく穏やかなものに感じられる。勉強は確かに大変ではあるけど……貴族からの嫌がらせと、その対抗策として昨日も署名のために奔走していた私にはここでようやくリラックスできている気がした。
「それでニワトコの木の効果ですが、ナナカマドの木と似通ってはいるんですけど、最も異なる特徴として雷除けの力を持つことですね。雷は性質上、地面から高くそそり立っているものに落ちやすいんですが、ニワトコの木には絶対に落ちないんです」
「ほえ〜、こっちもこっちですげえ木なんだな」
「花が年長とも呼ばれているくらい、病気から守り、繁栄を助ける力もありますからね。割と身近な植物ではありますが、庭に植えることで闇を退ける効果を持つことから重宝されていたようですよ」
「へえ。なら今度、オスクをそれでぶっ叩いてみるかな」
「……やらないでよ?」
ルーザがまたオスクとケンカしそうなところを咄嗟に止める。
全くもう……出会ったばかりの頃と比べたら大分改善したとはいえ、なんでこうすぐに悪口や嫌がらせしようとするんだか。
「……と、今日はこのくらいにしておきましょうか。一日で詰め込みすぎるのも負担になりますし」
「おう! ふぃ〜、やっと文字から目を逸らせられるぜ」
「ったく、まだ全部やれたわけじゃねえだろうが。今日やったのはほんの一部だって分かってんのか?」
「ば、馬鹿にすんな! オレだってそのくらい自覚してら!」
「どうだか」
「まあとにかく……フリード、今日はありがとう。おかげさまで遅れてた分を少し取り返せた気がするよ」
「いえ、お役に立てたなら嬉しいです。僕の力でルージュさん達の助けとなるなら喜んで協力します」
フリードはそう言って愛想良くにっこりと笑ってくれて、私もつられて笑みがこぼれる。
勉強会は今日でまだ初日。こなさなきゃいけない範囲もまだまだ積み上がっている状況ではあるけど、コツコツ頑張ればいつかは追いつける筈。これからも頑張らなきゃ、そう思うと自然と拳に力が込もる。
「にしてもよぉ、フリードって教えんのすげー上手かったな! 将来は先生になれんじゃね?」
「え、ええっ⁉︎ 僕が先生……ですか?」
「ああ、オレも合ってると思うぞ。お前なら生徒に寄り添えるいい教師になれるんじゃないか? なあ、シュヴェル」
「はい、フリード様の手腕、誠に素晴らしいものでございました。学生でありながらあれ程までの知識量と指導の腕、いくら称賛してもし足りないものでございます」
「シュヴェルさんまで……。で、でも無理ですよ。今回は友達のお2人相手でしたからなんてことなかったですけど、大勢の前に立つとか、その……うう、やっぱり無理です!」
教師になった自分の姿を想像して、フリードは恥ずかしそうに縮こまってしまった。大人しくて自己主張が強くないフリードにとって、嫌でも大勢の注目を浴びることとなる教師という仕事はどうしても苦手意識を感じてしまうよう。
「まあまあ、まだ向いてそうだなって言ってるだけでそうと決まったわけじゃないから。フリードのおかげで私達も遅れてる分が取り返せそうって、感謝してるの」
「は、はい。でも……そう、ですね。人前に立つのはやっぱりすごく恥ずかしくて怖くもありますが……こうして感謝されて、それで結果にも結びついてくれるなら……嬉しい、ですね。難しいですが、いいかもしれないです」
恥ずかしげに、それでも褒められたことでどこか嬉しそうにフリードは儚げに微笑む。フリードがどんな道に進むのか、それは本人が決めることで、私には分からない。でも優しいフリードなら、将来はきっと妖精や精霊の役に立つような仕事を選ぶんじゃないか……そう思った。
「将来、か……」
ふと自分で呟いた言葉を自分で繰り返す。
将来……私はどうするのだろう。学校を卒業して、いつか『滅び』を食い止めた後に……大精霊である私とルーザはどこに行けばいいんだろう。その保護者役を請け負ってくれているオスクも、その後はどうするのだろうか。
姉さんがいる城と、ミラーアイランドに残るのか。かつての私達────ライヤとレシスが本来いた場所へと帰るのか。……考えても、今はまだ答えを出せそうになかった。
でも今は、しっかり感謝の言葉を伝えなくちゃ。
「改めて、ありがとうフリード。目標達成にはまだまだ遠いけど、このペースでコツコツ頑張り続ければ卒業までに間に合いそうだよ。だから次もよろしくお願いします、先生」
「は、はい。僕なんかで良ければ、是非!」
「おうよ! フリードの解説、普通の先生より分かりやすかったからな」
「それ、担任の前で言ってみろよ」
「冗談キツいぜ……」
イアの勘弁してくれ、とも言いたげなそのコメントにリビングが笑いに包まれる。暖炉をつけていたとしても空気は冷え込んでいる筈なのに、今は不思議と寒さを感じなかった。
やっぱり、みんなと過ごす時間はなんだかんだで平穏だ。




