第156話 泣き止み、踏み出し、また一歩(1)
……ついさっきまでそこにあった文字が完全に消え、ページが完全に白紙へと戻ったのを見届けたところで、私は本────『原初目録』というらしいそれをパタンと閉じる。
確かに、受け取った。創造主が残したメッセージ……その意思を。
「創造主様っていうからあたし達が近づくにはもっと畏れ多い存在なのかも、って思ってけど……そんなことなかったみたいね」
「うん。でも、今まで記録無しだった創造主にちょっとだけ触れられたような気がする。ほんの少し、だけど」
ギュッと、無意識の内に原初目録を持つ手に力が込もる。
今回のことで、今まで未知の存在だった創造主のことについて少し知れた気がする。直接対面した訳じゃなくて、過去に残していった文字という間接的な接触ではあるけれど。それでもこの本には、私達に出来る範囲で助力したいという心と、私達の未来を案じる気持ちが確かに込められていた。
書き置き自体は消えてしまって、もう読み返すことは叶わない。創造主が視えたという未来の話は証拠も根拠もないけど……私は信じたい。創造主は私達がきっと『滅び』を止められると期待してくれている。だから、それに応えたいんだ。
「あたしも創造主様が嘘を言ってるとは思わないけど……破滅の未来、だったかしら。それがちょっと信じられない。なんで今、真実を知ると駄目なのかしら?」
「……物事には順序がある。過程を全部すっ飛ばして結論だけ聞こうものなら相応の代償があるんだろ。それって言わば、先代様の経験と力を利用したカンニングだし」
「迷いを抱くとも言ってたもんね……。何があっても『滅び』と戦うって覚悟とそれに足る実力が無い今じゃ、教えられないってことかな」
「だろうよ。お前らも覚悟はしてるつもりだろうが、それはあくまで『つもり』の範囲内。少なくとも創造主サマが安心できるくらいではないってこと」
「……そっか」
オスクの言葉に納得せざるを得なかった。
でも、当然のことだと思う。私達はまだまだ未熟。そんな状況で『滅び』の真実を知って平然としていられるかと聞かれたら自信ないし。自分の正体を知った時に大分……いや、かなり派手に取り乱した私なら尚更のこと。
真実を知るならこれからも鍛錬を積んで、徐々に力を付けていくしかない。
「それにしても、創造主様って意外と優しい精霊なのかもね。あたし達を気遣ってくれてるみたいだし。文章も言葉遣いが穏やかで、親近感湧いちゃったわ。会えたら仲良くなれるかしら!」
「……創造主サマにまで仲良くしようとか思うヤツはお前くらいだろうな。畏れ多い存在じゃなかったわけ?」
「まあ、取っつきにくい性格よりは良かったんじゃないかな。それでこの原初目録って……元は創造主の持ち物、なんだよね?」
私は両手で抱えていた大きな本を改めて見直す。
……やっぱり、綺麗な本だ。装飾が綺麗だからとか、そんな理由ではなくて。なんかこう……言葉に言い表せないような美しさがこの本にはある。それにこの本は初めて見た筈なのに、どこか懐かしさも感じていた。
「……なんでだかね。僕もこの本を初めて見た気がしない」
「え、オスクも?」
「ああ。それはともかく、こいつは創造主サマのもので間違いないだろうよ。ま、見たところここにあんのは本物の一部を切り離したものらしいけど……それでもとんでもない力を秘めてやんの」
「切り離した? 確かに、これはその本の一項とかってあったけど……」
「本のページをいくつか掴んで破り取った、ってイメージ」
「ああ、成る程」
「たかが数ページだからって馬鹿にすんなよ。それ、今の王笏と匹敵するくらいの力あるから」
「えっ」
嘘っ⁉︎ と反射的にカーミラさんと本を凝視する。
王笏────ゴッドセプターだって、今は不完全といえど半数以上の大精霊から譲り受けたエレメントを収めている。秘めたる強大な力を、用途は様々だったけど度々使ってきた私達はその片鱗だけでも確かに目の当たりにしてきた。
創造主から託されたこの原初目録はオスクによればほんの数ページだというのに、それと同等の力を持っているというのだから驚きだ。何気なく腕に抱えてしまっていたけれど、それを聞いてしまうと途端に気安く触れていたことが恐ろしくなってしまう。
宝の持ち腐れもいいとこだ。こんなもの、本当に私達が持っていていいのかな……?
「そう動揺しなさんなって。さっき文字が消えた時点で力はさっぱり感じられなくなったし、多分僕らが使おうとして使える代物じゃない。大人しくメッセージが浮かんでくるのを待つしかないってこった」
「な、なんだ……。脅かさないでよ」
「話を最後まで聞かないからそーなんの。とまあ、それは僕らが預かってていいみたいだし……」
そう言って、オスクは私から原初目録をひょいっと取り上げる。そして私のカバンを指差し、
「はい、いつもの」
「うー……うん。今回は許してあげる」
当たり前のように私のカバンに本をしまうよう指示してきた。
……無断で本を無理矢理押し込まなかっただけ良しとしよう。そう思いながら、私は素直にカバンを開く。
こんな大きくて分厚い本を抱えて歩くのは当然大変だから、私のカバンに入れることは薄々分かっていたし。それに、今まで『滅び』に対抗するための道具のほとんどはカバンにしまってきていたのだから今更というやつだ。
カバンの口を大きく開くと同時にオスクは原初目録をその中に突っ込む。大きな本だったけど、流石は特注のカバン。カバンは本の大きさを物ともせず、吸い込むようにして本をその中にすっぽりと収めてしまった。
このカバンはいくら物をしまっても重量は変化しないのだけど、今回は心なしか肩に掛かる重みが増しているような気がした。
創造主からの期待からか。課された責任からか。恐らくその両方なんだろうけど……。
『御用は済みましたですかぁ?』
「あ、フラン。ごめんなさい、放置しちゃってた」
『お構いなくです〜。すっきりした顔なさっているのです。解決出来たようでフランも嬉しいのです』
「うん、気になってたことが少し進展したから。案内してくれてありがとう」
『いえいえ、なのですぅ。フランはあの方の約束、守っただけです。あの方が待ってた方々が見つかって、私ももやもや無くなりましたです〜』
フランさんも嬉しそうにその場でくるくると回る。元々明るい印象が強かったフランさんだけど、その半透明な頰に少し赤みがさしたことでそれがより増した気がする。
フランさんもここでずっと待ち続けていたのだろう。創造主に託された、自分が残したメッセージの場所を伝えるべき相応しい人物が訪れるのを。ここまで導いてくれたフランさんには感謝しかない。
私達がここに来た目的も、今度こそ完了だ。日没まであと数十分……残りの時間はその恩返しに使うべきだろう。
「フランさん、遊ぶ約束まだだったよね? 日没までのあとちょっとの時間までなら付き合えるけど……どうかな?」
『ふわ、いいのですかぁ?』
「ええ、フランにもお礼しなきゃだものね」
『わぁい! なら、早速行きましょうです。こっち、こっち来てください、なのですよ〜』
フランさんはふわりと浮いて、元々目指していた場所へと飛んで行く。私とカーミラさんもフランさんを見失わないように付いて行って、オスクもやれやれと肩をすくめつつも後を追って来てくれた。
「確か、この先でフランの特技見せてくれるのよね。特技ってどんなものなのかしら」
『ふふ〜ん。着いてからのお楽しみなのですよぉ。あの方が言う相応しいあなた方なら、きっとお役に立てることなのです〜』
「あ、そういえば……」
創造主のメッセージ……その一文に、【そして此処に留まる『彼女』の力も 君達の今後の支えとなる筈だ】とあった。此処に留まる女性……考えるまでもなく、フランさんのことで間違いない。
フランさんの特技が、私達の力になってくれるということなのかな?
「創造主サマが認める程の特技ねぇ。気になるっちゃ気になるけど」
「とにかく、見せてもらおうよ。見るだけ損はないでしょ?」
「ハイハイ。行けばいいんだろ、行けば」
めんどくさそうにしつつも、オスクは結局最後まで付き合ってくれる様子。そんなオスクにクスッと笑みをこぼしながら、フランさんを見失わない程度の距離を保って暗い旧校舎の廊下を駆け抜ける。
どんな特技なんだろう……と、期待と興味を膨らませながら。




