第155話 ある語り部の置き土産(2)
フランさんから告げられた名前に私達は目を見開く。それまで動かしていた足も、ピタリと止まってしまって。
当然だ。だってその名はついこの間、耳にしたばかりのもの。カグヤさんから伝えられていた、起源とも唄われる孤高の存在の────
「ね、ねえフラン。その精霊、本当にゼフィラムって名乗ったの?」
『なのですよ〜。フランは嘘つかないのです。不思議な方でしたですので、ちゃんと覚えてますですぅ』
本当に会ったのだと、フランさんはそう言った。証拠が無いために真偽はまだはっきりしないものの、この際信憑性はどうでもよかった。
創造主について話が聞ける……偶然巡り会えたこのきっかけを逃すわけにはいかない。私は詳しく知りたいと、私は無意識の内にフランさんに飛びつく勢いで迫っていた。
「……っ、お願い、その時の話聞かせて! いつに会ったのか、どんな見た目だったのか……!」
『ほえ⁉︎ わ、分かりましたですぅ』
いきなりの私の行動に、流石のフランさんも今までのふわふわとした態度が一瞬崩れる。
でも、それを気にしてる暇は無い。とにかく、何か知りたかった。この世界の創造主にして、前代の王笏を行使した救世主でもあるその人物のことを。あのカグヤさんですら足元にも及ばないと言わしめるほどの偉大な大精霊のことを。
これは現代に一切の記録が残されていない創造主について情報を得られるかもしれない、千載一遇のチャンスなのだから。
……オスクも、同じ気持ちのようだ。以前、カグヤさんからその名を聞いた時と同じ、オスクは肩を大きくビクつかせていたから。
どうしてゼフィラムという名がそんなにも気になるのか、オスクも出来るのなら知りたいのだろう。
『うにゅ〜ん……でもいつかは覚えてませんです。会ったことは覚えてますですが、何日か、何年前かはぁ、分からなのです〜』
「はあ……⁉︎ ふざけんな、印象に残ってんならそれくらい覚えてるだろっ。やっぱ会ったなんてデタラメ……」
「オ、オスク、責めちゃ駄目だよ。フランさんは幽霊だから食事とか睡眠とかも必要無いし、時間が流れていることももうよく分かっていないんだと思うから」
「チッ……」
『ごめんなさいなのですよぉ……でも、ほんとに分からないのです。暦ももうずっと見てませんですので、今日が何月何日かも私は知らないのです』
「それなら仕方ないわね……。オスクさんも、それなら納得できる?」
「ふん、分かったよ。アンタを責めてもどうにもならないし……その、悪かった」
嫌々に、それでも少しばかり申し訳なさそうにしながらオスクが謝って、私もカーミラさんもほっと一安心。
フランさんは死者で、私達は生者。普通に会話出来るから時々忘れそうになるものの、フランさんはもうこの世の者ではない。それもずっと昔から……価値観も、概念も、常識も、何もかもが私達とズレていたとしてもそれはどうしようもないことだ。
何年前に会ったのか。それが最近だったのなら創造主がまだ生存しているかもしれないという希望を持てたかもしれないけど、それならば今は潔く諦めるしかない。
「日にちは無理でも、人相とかはどう? 見た目くらいは覚えてないかな」
『それなら覚えてますですよぉう。でも〜お顔は見えませんでしたのです。その方、ずっとフードかぶったままでお顔は最後まで見られなかったのですぅ』
「は、話には聞いていたけど、すごい恥ずかしがり屋なのね……。でもそれなら他はどうかしら。顔は見えなくても服装とか、特徴とか。何か一つでも覚えてない?」
『むむ〜ん、そうですねぇ。男の方というのは覚えてますですぅ。お顔は見えなかったですが、白金みたいな綺麗な髪が見えてたのです。それと白くてご立派なローブを着ててぇ、憧れちゃったのです。お化けにはお洋服で綺麗にすることももう関係ないですが、あれには見惚れちゃうのです〜』
「男の精霊……そういえばカグヤさんも、創造主のことを『彼』って言ってたものね。男性なのは確定かしら」
「男の精霊で、プラチナブロンドの髪に、白いローブ……か。オスク、そんな見た目の精霊に心当たりは?」
「……無い、な」
ため息をつきながら、オスクはそうポツリと漏らした。
やっぱり、以前シノノメで話していたように面識があるから気になった訳じゃなさそうだ。オスクも私達同様、創造主のことはカグヤさんに聞いてからその存在を知った。だから多分それはないんじゃないかとは予想していたけれど、決して釈然とはしない筈。
創造主の容姿が知れただけでも進歩はあったと思う。でも、オスクの中の引っ掛かりはまだ取り除けそうにない。
「フランも寝てたから行方は知らないわよね……。創造主様本人から話を聞ければ早いのだけど」
『ごめんなさいなのですよぉ、ぐっすりしちゃってから覚えてることもぼんやりなのです……。あ、でもぉ』
「でも……何?」
『お話が終わった後、その方ここに何か残されていったのですよ〜。確かぁ、書き置きとか言ってましたのです〜』
「……は、それ早く言えよっ‼︎」
あまりにものんびりと明かされた新事実。その重大さにオスクがものすごい剣幕でフランさんに怒鳴りつけるものだから、これには流石のマイペースなフランさんもびっくり。
そして怒りのあまり大剣に手を掛けたところを、カーミラさんが慌てて2人の間に割って入る。
「ま、まあまあ、オスクさん。思い出してくれただけ有り難いことだから暴力は『めっ!』よ? それでフラン、その書き置きが残されてる場所は覚えてる?」
『お、覚えてますです。ちゃんと、しっかり、ばっちりなのです』
「ならさっさと案内!」
『ふ、ふぁい! 喜んで、なのですぅ!』
オスクの凄みのある声での命令に、フランさんはおっかなびっくりで創造主が残したという書き置きがある場所へと目指して飛んでいく。
ようやく掴めた、創造主の確かな手掛かり。もちろんフランさんと遊ぶ約束も後回し。今はとにかくその書き置きを見ることが優先しなければと、私達はフランさんの後を見失わないよう必死に追いかける。
創造主が現時点で唯一、現代に残した足跡を確かめるために。




