第155話 ある語り部の置き土産(1)
「えっと……この子が噂の幽霊?」
「……多分。透けてるし」
「質問。幽霊なのに物理効いたのはなんでさ」
「本人に聞いてよ……」
探していた幽霊らしき人物は発見したけれど、にわかに信じられず戸惑う私達。見つけたところまでは良かったけど、これからどうするべきかわからずにその場で突っ立っているばかり。
でも、肝心の幽霊といえばそんな私達の気持ちも知らず、呑気に辺りをふわふわと浮遊していて自分の存在が噂されているとは微塵も知らないようだった。
『ふわぁ……痛いですよぉ〜、酷いですよぉ。私はただご挨拶しただけなのにぃ』
「あ、あれ挨拶だったの」
『そーですよぉう。私のご挨拶なのです。うらめしや〜、なのですよ』
「ええっと……確認したいんだけど、あなたは幽霊なの?」
『はぁい。私はとっくに死んでしまったのです。私はここをふわふわ漂ってるだけのお化けなのです〜』
「噂の対象で間違いなしと。それにしてもこいつが、ねぇ?」
本人から言質が取れたことで私達が探していた幽霊だと確信を得ても、オスクは変わらず訝しげな視線を幽霊に向けている。
確かに、ここに来た目的は署名の呼びかけをお願いするためとはいえ、生徒会がわざわざ(主に怖いからという理由で)私達に依頼した仕事だ。だからてっきり、噂の幽霊は厄介な悪霊の類いかと思っていたのに……今のところ悪さする気配はない。それどころかフレンドリーに話しかけてくる始末だ。
雰囲気も、言葉遣いも、なんだか色々ふわふわとしてシノノメ公国の妖とはまた違う浮世離れした印象を受けるものの、敵意は感じられない。とりあえず、恐れる必要がある存在じゃない……のかも?
「あ、そうだ。あなたの名前教えてくれないかしら?」
『私の名前ですか〜? 私はぁ、「フランシスカ」いうです。お気軽にフランとでも呼んでくださいです〜』
「フランさん、か。えっと、あなたはいつからここに棲んでるの?」
『ふわぁ……詳しくは覚えてませんですが、ずっと前からなのです。この建物ができる前も、明るかった頃も私、見てましたからぁ』
「えっ、じゃあこの旧校舎が建つ前から?」
「でも噂され始めたのって割と最近よね?」
「だと思う。後回しにされていたけど、生徒会もそこまで長期間は放置しないだろうし」
フランさんはずっと昔からここに棲んでると言ってる。でも、旧校舎に幽霊がいると噂されたのはつい最近……少なくとも数ヶ月前からだ。私は大精霊の力を多少使って気配を追ってこれたけど、中には霊感が強い妖精や精霊だっているだろう。その長い期間、誰もその存在に気付かないのは不自然すぎる。
『はぁい。私、つい最近までぐっすりだったのです〜。起きたのはほんのちょっと前なのです』
「つい最近元気に動き始めた……ね。ふーん、そういうことか」
「えっ、オスクは理由がわかったの?」
「まあね。その原因に僕ら密接に関わってた訳だし。じゃあここで問題。ここは幽霊とかと関わりが深い故に、ある特徴があったよな。果たしてそれは何でしょう」
「え? ……あっ、あの霧!」
「正解。前に『滅び』のせいで霧が無駄に膨れ上がったじゃん? 幽霊に害はないけど、力のバランスは確実に崩れるし。それでこいつも叩き起こされたんだろうさ」
「成る程……」
オスクの説明で納得がいった。
数ヶ月前にあった、私達が『滅び』に関わるきっかけとなった最初の事件。シルヴァートさんが制御する筈の死霊の通りを包み込む霧があの黒い結晶のせいで無理矢理増大されたのは今でも忘れない。あの出来事があったからこそ、私達は『滅び』を止めるために動き出したのだから。
オスクからあの霧は生ける者にはずっと吸い込み続けると毒になると聞かされていたけれど、あまりにも濃くなりすぎれば幽霊にも悪影響が及ぶらしい。あの事件の時、霧はシャドーラル王国全体を包み込んでしまう程広がってしまったから……その時にこの旧校舎にも霧が到達して、フランさんも目覚めることとなったのだろう。
それで目覚めたフランさんが旧校舎中を徘徊して、その姿を目撃した生徒達によって噂が広まった……それが真相だったのか。
「な、なんだ……。じゃあ、やっぱり怖がる必要なんて全然無かったってことね」
「うん。ずっと前からここにいるってことは、それまでも危害は加えてこなかったんだろうし」
「そーなるとあのビビリなインテリ眼鏡に説明すんのがめんどくさそうだけど。まっ、理由わかったんだからとっとと出ない? 日没まであとちょっとしかないし、こんな埃っぽいところにいつまでもいんのは気分悪いんだけど」
「そうだね。この時間なら今日中にでも報告出来そう」
『ええ〜、もう帰っちゃうですかぁ?』
「えっ。だってあたし達、あなたが危険な存在じゃないか確かめに来ただけだし……」
『やー、ですぅ! 久々のお客様、せっかく来たなのですから遊びましょうです〜!』
「そ、そんなこと言われても」
『どうしてもって言うならぁ……ここの入り口、私の力でガッチャンしちゃいますですぅ〜!』
「ええっ?」
生徒会からの依頼を解決して報告に戻ろうとしたその矢先、フランさんから宣言されたのは遊ぶまで帰してくれないということだった。害はなさそうだからと油断していた時にこれだ。オスクなんて、閉じ込められると思ったようで大剣に手を掛けている。
でも、当のフランさんといえば襲いかかると思いきや、心細そうにその透けている身体を丸めて縮こまるだけだった。
『ごめんなさいです、ガッチャンは言い過ぎてしまいましたのですぅ……。でもぉ、最近ではあなた方が言ってたように怖がられてしまって、お話し相手もいなかったのです〜』
「そうだったの……」
『ちょっとだけでいいのです。ほんのちょっと、私と遊んで欲しいのですぅ。その後は私が出口までご案内しますですからぁ』
「ちょっとだけ……か。うん、それならいいよ」
「おいおい、付き合うつもり? さっきとっとと出るって言ったばっかだってのに」
「でも、放っておけないよ。一人が寂しいって、よくわかるから。日没までまだあと少しあるし、それまでにここを出れば問題ないからさ」
「ったく、このお人好しが……。僕は後ろに付いてくだけだから、後のことは全部知らん顔するからな」
「ふふっ、帰らないではいてくれるんだね」
「うっさい、早く済ませろっての!」
「はいはい」
照れ隠しが下手な私達の保護者に、カーミラさんと顔を見合わせながらクスッと笑みをこぼす。フランさんも、私達が暫しの遊びに付き合うことがわかったらしく、嬉しそうに表情がふにゃりと綻んだ。
『ありがとうなのですぅ! ではでは早速、こっち、こっちに行きましょお〜』
「あっ、うん!」
そうしてフランさんに腕を引かれる……のは物理的に無理があったから、その姿を見失わないようにカンテラで行く先を照らしながらカーミラさんと一緒に後を追った。協力しないとは言っていたオスクも、やれやれとため息をつきつつも付いてきてくれた。
幽霊の遊び……一体なんなんだろう? ここで私達にもできることといえば、残されている教材を使うか、お喋りすることしか思い付かないけれど。
『ここには沢山、面白いものがあるのですよ〜。そこで私の特技もお見せしましょうなのです』
「へえ、楽しみ」
『はぁい。私の特技、以前お見せした時に凄いと褒めていってくれましたですので、期待していてくださぁい』
フランさんはふわふわと楽しげに揺れる。もうとっくに生きてない筈なのに、その反応はまだ生き物なんじゃないかと錯覚しそうになるくらいの楽しげな声だった。
そんな時、その会話を横で聞いていたカーミラさんが何か気付いたように「あっ、そういえば」と声を上げる。
「さっきも久しぶりって言ってたけど、前にもここに遊びに来た妖精か精霊がいたのよね? その子はもう来てないの?」
『そうです〜、一度来てくれたきりでそれ以来お会いしてませんのです。お話ししてほしいと言われたので、お話ししたのにぃ……ぐっすりしている間に帰られちゃったのかもですぅ』
「じゃあその相手は肝試しに来たとかじゃないんだ」
『違いますですよぉう。その方は私がお化けでも普通にお話し聞いてくれましたです。でも……やっぱり寂しいのです〜』
「あ、ならその相手がどんな方だったのか教えてくれないかしら? 思い出を共有すれば寂しさも紛れるかもしれないわ」
そんな、カーミラさんの何気ない質問だった。優しいカーミラさんらしい、幽霊なんて関係なしに分け隔てなく接しようという私達と出会ったばかりの頃から変わらない距離の詰め方だ。
だから、
『ふわぁ、えっとですねぇ……お名前はゼフィラムと聞いたのですぅ』
────その名を、創造主のことをここで耳にするとは思わなかった。




