第15話 氷原の兆し(3)
「……直接殴り込みに行く、か」
「そういうこと」
オレの呟きに、オスクはすぐさま頷いた。
そうは言ったものの、正直自信はない。実技の成績が良くても、それは学校で習う技の範囲で少し優れているというだけのレベル。こんな子供の妖精の力なんてたかが知れるし、大精霊の力に敵わないことなんてわかりきっている。オスクにだって、多人数で攻めたからこそ勝てたんだ。
だが、この状況を放っておくのはオレの性分が許さない。ドラクも困っているし、バイトの男妖精も霧のせいで衰弱してしまっている。このまま見過ごすなんて出来るわけがない。
オレは目の前にそそり立つ氷河山を睨みつける。今にも突入しそうなオレの視線を察したのか、フリードとドラクは慌て始める。
「き、危険ですよ! 大精霊相手じゃ、何が起こるか……!」
「そうだよ! ルーザさん、僕のことはいいから。まだ他に方法があるかもしれないし……」
「オレだって無謀とは思う。面倒なことこの上なさそうだしな。だが、そうも言ってられないんだよ」
オレはふと山に背を向け、街がある方角へ視線を向けた。
王国はもう霧にすっぽり覆われるように白くなっている。もう漏れ出したという話じゃない、確実にこのままの状態を放置しておけばただでは済まされないことを、霧の濃さは物語っている。
「あれ見ればわかるだろ? 死霊のための霧をオレらみたいな生者が吸い込み続けたら、どうなるか」
「「……」」
フリードもドラクも黙り込む。薄々、この異変がただごとではないことを感じていたんだろう。
オレは知ってしまった以上、これ以上目を逸らし続けるのはできない。出過ぎた真似だということは充分承知しているし……オレはもう決めたことだ。
2人はしばらくは考え込んでいたが、やがて決心したように顔を上げる。
「このままじゃ……ダメなんだよね。それに僕だって、この山を管理する立場なんだからやらないと!」
「ドラクは幼馴染ですし、雪妖精の僕なら氷にだって慣れています。断る理由はないですし、僕も行きます!」
「フッ、そうこなくちゃな」
2人もまだ迷いはありつつも、その覚悟は本物だ。
オレだって出来ることならなんだってやる。相手は大精霊、手加減なんて必要なし、持てる力を全て出し切ってでもぶつかって見せるんだ。
「ふーん、ホントにいいんだ。行けばもう後には退けないってのに」
オスクはニヤニヤしながら、試すように言ってくるが、この状況でそんな質問は野暮だ。オレはふんっ、とオスクの言葉を鼻で笑う。
「今更だな。一度決めたらやりぬくまで意思を貫き通す。それがオレのやり方だ」
「……上等じゃん。ま、僕もあいつの考え変えさせたいところあるし。付き合ってやる」
「そうすると、オスクさん入れて4人ですね。オスクさんがいるとはいえ、大精霊相手にこの人数ではちょっと不安ですが……」
「おいおい、なにも今いるので突っ込もうと思ってねえよ」
「え。だとすると……」
ドラクの言葉にオレは頷く。
オスクもいるが、流石にオレらだけで突っ込むのは正直心許ない。だから、他に協力してくれる奴らが必要だ。危険だとわかっていても一緒に来てくれる奴を、信用が置けていつでも頼れる友人を。
それに当てはまるのは『あいつら』しかいない。
「決まってるだろ、ルージュ達にも協力してもらうんだ。あいつらの実力はオレが目の当たりにしてる、きっと大丈夫だ」
オレは最初からルージュ達3人にも協力してもらうつもりだった。
イアの炎の魔法はこの山じゃ役立ちそうだし、エメラは治癒術を習得しているようだから、何かあった時に心強い。ルージュも、冷静な判断ができるあの観察眼は頼りになるし、力を貸してもらわない手はない。
ルージュ達と合わせれば7人だ。それだけいれば、大精霊相手でもなんとかできそうな気がしてくる。
「そうですね。明日、説明して協力を頼みに行きましょう」
「じゃ、帰って作戦会議といくか」
オスクは予定が決まった思ったらしく、そういいながら家の方向に歩こうとした。……随分余裕そうだがあいつ、大事なこと忘れてないか?
「お前は他にやることあるだろ?」
「ん?」
「仕事。明日の分は免除してやる代わり、今日はしごいてやる」
「はあ⁉︎ お、おい、こんな時くらい勘弁してくれたっていいだろ!」
「食事抜きならサボってもいいがな」
「ぐっ……」
オスクは食事の方がいいらしく、肩を落とした。
食欲に負けるって、誇り高いもなにもない。オレはそんなオスクに勝ち誇ったように鼻で笑って見せる。
「食べ物に釣られる大精霊って……。大丈夫、だよね? 明日……」
「多分……。ルージュさん達もいるし」
そんな様子を見た、フリードとドラクは苦笑いしながら不安そうに漏らす。
そんな状況のまま、オレらはひとまず元来た道を引き返して、オレの家へと戻った。
オレの家に戻ってからは明日のことについて大まかに予定立てをした後、オスクは仕事に取り掛かる。
仕事ぶりは相変わらず不慣れなもの。水拭きは絞りが甘くてビチャビチャ、掃き掃除は大雑把すぎて埃を取り逃がしているし、窓は拭く前より曇って見通しは最悪。
そんなダメダメな成果な上に手際も悪く。結局、全て終わるのに二時間もかかってしまい。ようやく仕事を終えたオスクはテーブルに突っ伏して、この時点でもうぐったりとしていた。
「行く前からヘトヘトにさせてくれちゃって……。明日に支障が出たらお前のせいだからな、鬼畜妖精!」
「言ってろ。お前がそんなんじゃ、大精霊も大したことないって馬鹿にされるだけだからな」
「くっそー! やっぱりお前なんか大っ嫌いだーーー‼︎」
外で雪が降る静けさの中、そんなオスクの叫びが響く。その叫びは誰に聞き届く訳でもなく、虚しく虚空に消えていく。
……異変が起こっているとはいえ、なんだかんだで平和なのかもしれない。
オレはオスクの文句を聞き流しながらそう思った。




