第154話 灰かぶり姫は挫けない(2)
……話をするために開こうとする口はいつになく重たかった。
決心しても、やっぱり怖くて。あの時の、プラエステンティア学園でのことを思い出すのはなるべく避けたかった。あの出来事のせいで私の外への憧れが汚されて、ルーザや姉さん達にもたくさん苦労をかけて、『裏』にも抱く筈の無かった外への憎しみを背負わせることになってしまったから。
でも、それじゃ駄目。私もいい加減に自分の足で進み出さなければ。ルーザに手を引いてもらったから。後は私自身で歩いて、辛い過去と決別しないと。これはその第一歩目なんだ。
「きっかけは、3年前なんだけど」
「あら。割と最近」
「う、うん。その時はまだ今の屋敷には住んでなくて……王城で姉さんと過ごしてたの」
一呼吸置いてから、ようやく話し始めることができた。怖くて手が小刻みに震えてしまうのを、握ってもらっているカーミラさんの手で抑えてもらいながら。
話すと決めたものの、あの時の記憶はまだおぼろげなものが多い。虫食いだらけで、覚えている限りのものを無理矢理繋ぎ合わせた、ツギハギもいいところなものだけど、一度決めたことは曲げたくない。そう覚悟を決めて、頭の中でバラバラに散っている記憶を手繰り寄せながら、言葉を紡いでいった。
「その頃はまだ学校に通ってないどころか、城の外にすらまともに出たことなくて。それを見兼ねた姉さんが、学校に通ってみないかって提案してくれて。今の学校とは別の場所なんだけど」
「いいお姉さんじゃない。今も昔も、女王様ってすごく優しいのね」
「うん、姉さんには感謝してる。義理でも私のことを本当の妹みたいに接してくれて。でも……その学校が駄目だったの」
そう口にした瞬間、手の震えがより一層大きくなった。それに気付いたカーミラさんが咄嗟に握っている手の力を強くしてくれたことで、なんとか落ち着きを取り戻す。
……そこから、私が覚えていることを嘘偽りなく話した。プラエステンティア学園の、名門という輝かしい肩書きに隠された薄汚れた事実────上級貴族の子供である生徒が、厳しい試験を乗り越えて入学した一般妖精や下級貴族をいじめていること。教師陣はそれを止めようとせず、見て見ぬ振りをしていること。そして……私もその標的にされたことも、全て。
いじめられていた時の記憶は、私が無意識にシャットアウトしているのか所々抜け落ちているのだけど、内容はなんとなく覚えている。
無視されたり、陰口を言われるくらいならまだいい。それならまだ耳を塞げば耐えられる。魔法書などを隠されたり捨てられたりされて、酷い時には切り刻まれた時もあったと思うけど……これでもまだ可愛い方だ。問題はその後。
「ここまでのはあいつらにとってはあくまで前段階でしかないの。ここで少しでも抵抗したり、歯向かったりすれば今まで私物にされている程度に収まっていたことが、今度は自分自身に向く」
「それ、って」
「……うん。早い話、暴力だよ」
私が告げた言葉にカーミラさんは目を見開き、オスクは眉をひそめる。でも2人とも、いつかはそこに行き着くことに分かっていた筈。それなのにそれぞれ驚くような反応を見せたのは、私が直接口にした方が重みがあったのか、これから語ることに緊張しているのか……あるいは両方なのか。
とにかく、そこに辿り着いてしまえばほとんどの生徒は生き残れない。今までの陰湿ないじめには耐えられても、肉体に苦痛を与えられれば弱り切っている心は簡単に折れてしまう。今までの努力を踏みにじられるようにポッキリと。嘘のように呆気なく。
私も、それを受けた。姉さんが国のものじゃない、自分のお金を出して私に買い与えてくれた大切な教材を、ズタズタに引き裂かれることに我慢ならなくなって、反抗の声を上げたことで。
殴られ、蹴られ、突き飛ばされ。その時はまだ傷一つ無かった身体は、あっという間にアザだらけになった。
「でも変な話だけど……それでもまだ我慢できたの。身体を痛みつけられるのは、その時だけ耐えれば良かったから。あいつらが飽きるまで耐えればその内終わる。その時はまだ自覚してなかったけど、大精霊の力のおかげか傷の治りは早かったし」
「そんなの、その場凌ぎじゃん。傷を誤魔化してりゃそのツケはきっちり回ってくる。ルージュ、お前はそれを思い知ってる……そうだろ?」
「……うん。身体の傷は治っていくけど、心はだんだん磨り減ってきた。最初はどうもしなかったのに、その内に涙が出るようになって。あいつらはそれを面白がってエスカレート……っていうのかな、行いはどんどん酷くなっていって、血が滲むだけに留まらなくなっていった」
その時は流石にもう命の危険を感じた。このままではまずいと、無意識に手を伸ばして助けを求めた。
でも、その手は一向に掴まれることはなかった。いじめから辛うじて逃れている生徒は全員、その報復を恐れていたから。みんな、私に向けられている矛先が自分に向くことを怖がっていた。
それなら許せた。それは仕方ないことだと、自分の身を優先しようとする意識は生きてる上で当然のことだと言い聞かせて。だけど、私が必死になって腕を伸ばす様子をその時の担任の教師が冷めた目で見下ろして……やがて背けた時、私の中で何かがプッツリと切れた。
「その後のことは、よく覚えてない。気が付いたら教室とその周りは滅茶苦茶に壊れていて、あいつらはガタガタ震えていて、担任は腰を抜かしていた。多分、その間は『裏』に意識を委ねていたんだと思うけれど……そんな光景を目の前にしても、驚くどころか可笑しくて堪らなかった。いい気味だって、心の底からそう思ってた」
「……」
「変、だよね……。学校壊しておいて、そんなこと思ってるんだから」
真実を告げると、視線が思わず下を向いてしまう。話している間も進むのを止めなかった足もずっしりと重くなって、やがて止まってしまい。カーミラさんが今、どんな表情をしているのか……それを見るのが怖かった。




