第152話 小さき反逆者(2)
不自然な態度もあって、さっきから店員のことは気になってはいたけれど、まさか先生だとは思わず固まる私。対して、先生もレジのカウンター越しにあちゃー……と言わんばかりに頭をガシガシと少々乱暴に掻きむしっている。大きなため息をつき、気まずいのかさっきからずっと私と目を合わさずにいるし。
てっきり、今頃学校の掃除に励んでいるのかと思ったのに。どうしてこんなところにいるのか。何故雑貨屋の店員なんてしているのか。そんな疑問が次々と浮かび上がってきて、堪らず思い切って尋ねようとした……その時。
「おーい、ルージュ。何してんだ……ってうわ! 先生じゃねえか!」
「あら、本当! なんでこんなところに?」
「わー! もう、わらわら集まってくるな!」
いつまで経っても会計を済ませてこない私に痺れを切らしたのだろう。他のみんなもレジに集まってきて、そこにいる先生の存在に気付いた。
集まってくるな、とは言われたけどそれは出来ない相談だ。カウンターの周りにはもう5人全員が既に来てしまった後だ。今更向こうに行けと言われても、どういった事情で先生が店員をやってるのか知るまでみんなは離れないだろう。無論、それは私も。
「こんな早々に見つかるなんて……。全く、速やかに帰宅しろと朝言ったじゃないか」
「寄り道すんなとは言われなかったからな」
「生憎そこの妖精2人以外、正確には生徒じゃないんでね。あんたの言いつけなんて守る義理無いっての」
「うぐぐ……」
イアとオスク、双方から指示の隙を指摘されて先生は言葉を詰まらせる。
その様子からは、いつも授業の時に感じられる堂々としている雰囲気がまるで無いように見える。背中を丸めて縮こまっている先生は私より小さく見えてしまう程だ。先生は、今は妖精の姿でいる私と比べて遥かに背が高いというのに。
「てか、なんで先生が店員やってんだよ。教師って確かフクギョー禁止じゃなかったっけ?」
「お前は筆記試験の成績は悪いのに、なんでそういうことは知ってるんだ……」
「うげ、先生ひでぇ!」
「僕は事実を言ったまでだ」
「でも、本当になんで決まりを破ってまで副業なんて。あ、まさかお給料が足りなかったですか⁉︎ それで生活に困って……今からでも姉さんに相談すれば改善できるかもしれないんですし、無理しないでください!」
「あー、違う違う! 古い学校だけど、お金は充分もらってるから! 王国の管轄下にある教師は余程のことが無い限り生活に困ったりしないし、心配すんな」
「じゃあどうして……」
ずっと気になっていたことを改めて尋ねてみるけれど、さっきから話そうとしてないことから察せる通り、どうしても言いたくないらしく、先生はそのまま口をつぐんでしまう。
でも、やっぱり理由は聞いておきたい。生活に困ってないのにもかかわらず、先生は決まりを破ってここで店員として働いている。姉さんは許してしまうかもしれないけど、他が許してくれるかどうか。しかも学校の土地が貴族に狙われている今の状況下で、このことが貴族にバレたら色々マズいというのに。
「先生、失礼なのはわかってます。でも、先生がしてることは今すごく危険なことだということは先生だってわかってる筈です。でも、こんな危険を冒してまで先生は働いているってことはルール違反だとしてもきっと悪いことじゃないと思うから……どうか話してくれませんか? 先生を助けるためにも」
「……はあ。王女様からそこまで言われちゃうと折れるしかないな。まあ、こうして働いている通り僕にはお金が必要だったんだ。でもさっき言った通り、生活のためじゃなくてね」
「前置きはいい。さっさと結論を寄越せ」
「あはは……手厳しい」
「ちょっとレオン、いくらなんでも失礼でしょ! ごめんなさい、この吸血鬼いっつもこうで……」
レオンのあまりにも失礼な言葉と態度を、カーミラさんが堪らず叱りつける。その後に先生に向かって頭を下げたけれど、先生は気にしてないと言葉にする代わりに首を横に振って見せた。
「いや、いいんだ。余計なこと話してる場合じゃないのに、ちんたらしてる僕が悪かった。結論を言うと、学校のためなんだ」
「学校の、ため?」
「ああ。早い話、ここで稼いだお金を学校に寄付してるんだ。僕が言っちゃあなんだが、あそこボロいだろ? お給料削って寄付しようにも、それじゃあ少なすぎてさ。かといって充分な額を寄付しようとすると生活が苦しくなっちゃうし、別の場所で働いて稼いで出すしかなかったんだ。そんな理由で校長にも黙認してもらってるよ」
「ふーん、ご立派なことで。だけど、なんでそこまですんのさ。あんたがしてるのは寄付、どれだけあんたが汗水垂らしてもあんたにそれが還ってくることはないってのにさ」
「まあね。いくら一生懸命働いても、僕が報われることはないだろうね」
オスクの問いに、先生はさも当たり前のようにそう返した。
今の今まで、私達も知らなかったこの事実。当然、他の生徒も知る筈もない。誰にも知られることなく、誰からも感謝されることなく。普通ならとっくに投げ出しているであろうことを、先生は当然のことのようにやってのけている。
全員揃って不思議に感じるのと同時に哀れにさえ思っている中、先生は「でもな、」と言葉を続けた。
「それほどまでに、僕はあの学校が好きなんだ。今はあんなオンボロだけど、昔は結構綺麗だったんだぞ? 僕が生徒だった頃は壁も床も屋根も今よりは多少しっかりしていたし。しかも周りにはいっぱい花が咲き誇っていてさ。生徒が校庭で魔物と一緒に遊んでることもあったくらいだったし……そんな、今以上に学校が自然と共存してるような暖かい場所だった」
「へえ」
「僕の親も、祖父もあの学校の卒業生なんだ。そんな家族ぐるみで思い出に深く残ってるあの学校で働きたいと思って、僕は教師になったんだ。そんな大切な場所が廃校になりそうだと聞いて、居ても立っても居られなかった。何かしたいと思って、こんなことしてるってことだ」
「そうだったのね……」
「でも、やっぱり現実は厳しいな。僕以外の先生もいくらかお金を出してくれているけど、そうまでしてもどうにもならないくらいに追い詰められてる。それに、少し環境を良くしたところで廃校にしないでくれって声と、次の入学者が集まらない限り存続は難しい。頑張ったつもりだったけど……やっぱり無理なのかもな」
はあ、と再び大きなため息をつく先生。そんな先生の諦めにも近い言葉を聞き、私はイアとカーミラさんと顔を見合わせて……深くうなずき合った。
私達も、何かしようと。先生がそこまでしてくれているんだ、私達にだってやれることはある筈だと。廃校にしてしまいたくない……そう思ってるのは先生だけじゃないのだから。




