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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第2章 影の輪唱
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第15話 氷原の兆し(2)

 

 事の発端はその翌日にオスクの仕事の見張りを終えた後、コーヒーを飲みながら休息をとっている時だった。


「……ん、誰だ?」


 不意に玄関から家の客を来たことを知らせるベルが鳴り響き、オレは反射的に顔を上げる。

 その客は焦っているのか、はたまた嫌がらせか何度もベルを鳴らしている。軽快な音を立てるベルでも、何度も鳴らされれば騒音同然。オレはガンガン鳴るベルの音に思わず顔をしかめる。


 まったくうるさいったらありゃしない。すぐに開けに行くんだからもう少し静かにしろよ。

 誰か聞く訳でもない、愚痴に近い独り言を漏らしながら扉を開くと……


「ルーザさんっ‼︎」


「うわっ⁉︎」


 その途端、客にいきなり飛びつかれた。何事かと慌てて姿を確認すると……黒のふわふわとした耳が垂れ下がった見覚えのある男妖精。

 ……客はドラクだった。だがその様子ときたらいつもとはまるで違い、相当慌てていたようではあはあとその息は荒れきっているし、真冬だというのに大粒の汗が額に滲んでいる。ドラクが滅多にこんな状態にならないことを知っているオレは、そんな姿に一瞬ぎょっとした。


「お、おい、どうした?」


「ご、ごめん。とにかく困ったこと……いや、緊急事態で! 一緒に来てほしいんだ!」


「わ、わかった」


 ドラクの切羽詰まった様子にその緊急事態とやらで本当に困っているのだということが察せる。こんな様子のドラクを放っておけという方が難しい。オレはすぐさまその頼みにうなずく。

 そうして、オレは騒ぎを聞きつけて付いて来たオスクと共に、ドラクに言われるままに家の外へと出てみる。そこには同じようにドラクに呼び出されたのであろう、フリードも外で待っていた。


「一体何事だ?」


「えっと……それが僕も急について来てほしいといわれて、状況がよくわかっていないんです。只事ではないことだけは確かでしょうけど……」


「……そうか」


 フリードもオレと同じく、ドラクに呼び出されただけのようだ。

 ドラクの幼馴染であるフリードにすら、焦ってまだ理由を言っていないなんて相当だ。訳がわからないまま、オレらは北への道を歩いていく。


「……もしかして、家で何かあった?」


 向かっている方向でフリードは大体のことを察したらしく、そう尋ねた。ドラクが目指しているのは北の外れにそびえる氷河山だろう。

 ドラクは氷河山の案内妖精だ。当然、家は氷河山のふもとにある。北を目指して歩いて、おまけにドラクがオレらに来て欲しいと願うのはそこしか思い当たらない。


「うん。父さんも母さんも手間取っちゃって……」


 ドラクはうつむき、あからさまに落ち込んでいる。

 ドラクはそのトラブルで慌てている両親の邪魔をする訳にもいかず、ダメ元でオレとフリードを頼ったらしい。


「この方向なんて山しかないじゃん。山に住んでるってわけ?」


「あ、はい。ドラクは氷河山の案内妖精なので、そのふもとに家があるんです」


「氷河山? だとすると……」


 オスクは氷河山を見据える。やがて何かに気づいたらしく、呆れたようにため息をついた。


「……ふーん、そういうことか。遂にやってくれたな、あいつ」


「え、わかったんですか⁉︎ というか、もしかして氷河山にいるという大精霊の仕業なんですか?」


「当然。あの堅物がやることなんて数が知れるし。お前が困ってることってのも大体察しがつくけど……」


 オスクはそこで一度言葉を切った。そしてオレらをじっと見据えながらニヤッと挑発的な笑みを向けて、


「────お前ら、『世界が滅ぶ』って言われて信じるか?」


 そう一言、静かに告げてきた。





 やがて氷河山に辿り着いたオレらは、ドラクからようやくその『困ったこと』を説明してもらった。


「はあ⁉︎ 氷河山に入れない?」


「うん……。進もうとしても弾かれるみたいに押し出されて」


「やっぱりな」


 オレとフリードがそれを聞いて驚いてる中、唯一オスクだけは冷静さを保っていた。

 さっきのセリフ通り、やっていることは大体把握していた様子だ。目の前にそびえる巨大な氷の山を見据え、オスクは気に入らないとばかりにため息を一つ。


「あいつめ、自分の魔力で山に仕込んだ魔法具を媒体にして結界を張っているんだろうよ。妖精の魔法じゃまず破壊は無理だね」


「そ、そんな!」


「お前、大精霊だろ? なんとかできないのかよ」


「なんとかと言われてもなぁ。勝手に手出ししたら後がうるさいし。けど……こうなった以上はそうも言ってられないか」


 オレがそう言うとオスクは氷河山を見上げた。さっきまでの小馬鹿にした表情から一変、真剣な眼差しで目の前の氷の塊でできた山を睨みつける。


「ホントは手出ししたくはないけど、今起こっていることに目を逸らす方がマズいからな。手を貸してやらないこともないけど」


「本当ですか⁉︎」


「まあ、ね。他の大精霊の持ち場で起こった事象に首を突っ込むのは余程なことがない限りしないけど、今はその『余程なこと』だ。現に異常も起きてるわけだから、目をつむったままいるわけにもいかないしな」


 オスクはいうが早いか、早速手を山に向かってかざし、詠唱を始める。するとその手に魔力が集まり……暗い色の妖しい光を蓄えた。


「さーて……様子見といくか!」


 オスクは溜めた魔力を矢のように鋭い塊して撃ち込む。

 そして────ドカン! と音が響き渡ってもうもうと土煙が舞った。流石は大精霊の魔法、オレら妖精のものとは比べ物にならない。

 音もさることながら、ぶつけた衝撃も大きいもので。これなら結界も壊せたんじゃないか……そう思って、オレもフリードもドラクも、まだ土煙で隠れているその先を見据える。


「……チッ、かなり頑丈にしてたな」


 ……が、そんな時にオスクがつまらなそうに舌打ちする音が聞こえた。加えて声のトーンも低い。見なくても結果がわかる、破壊は出来なかったようだ。


 しばらくすると土煙は完全に取り払われる。ヒビ一つ入れることも叶わなかったようで、氷河山の前にはうっすらとだが傷一つない薄いガラスのような結界が視認出来た。


「オスクでも駄目か……」


「魔法具を多くして強度を上げたんだろうよ」


 オスクはそう吐き捨てると、苛立ちながら山を見上げて声を張り上げる。


「おいこら、シルヴァート! こんな時に無視してるな!」


 破壊できなかった八つ当たりなのか、オスクは直接文句を言う始末。氷河山の大精霊のせいとはいえ、壊せなかったのはオスクの力不足だ。側から見れば理不尽に思えるのだが。

 そして、オスクが口にした『シルヴァート』という名前。それこそ、氷河山にいる大精霊の名なのだろう。


 だが、呑気にしていられなかった。オスクが叫んだ直後、山の上から一つの光弾が飛んできた!


「うおっと!」


 オスクは反射的に身をひるがえし、光弾を避ける。オスクがかわしたことで光弾は標的を失い、そのまま地面を直撃。さっきまでオスクが立っていた場所には焼け焦げた跡が残った。


 どうやらそのシルヴァートとやらがオスクに向かって光弾を飛ばしてきたらしい。こうなったとなれば関わるな、と言われているようなものだ。

 しかもこの距離からでも光弾のこの威力と、正確に狙い撃つことが出来るなんて。やはり大精霊というべきか、高い実力を予感させた。それ程の力があるというのに、異変の発生を止めきれなかった……さっきのオスクの意味深な言葉からして、明らかに只事ではないことだけはわかる。


 オスクから唐突に告げられた、「『世界が滅ぶ』って言われて信じるか?」という言葉。そして大精霊ですら手を焼く異変の発生……本当に、何が起きようとしてるんだ?


「……あいつめ、何やっても一人で抱え込む気だな。十数年ぶりだってのにご挨拶なこった」


 恨めしそうに文句をいうオスクは、さらっととんでもない年を言いやがった。

 威厳も今の生活を見る限りじゃ無いに等しいくらいだが、大精霊というだけあってそれなりに長寿なんだろう。


 ……って、今はそんなことはどうでもいい。氷河山の大精霊は理由はわからないが、外部からの接触を完全に拒んでいる。このままじゃ解決する以前に、突入して原因を確かめることすらままならない。


「どうすんだよ。このまま放っておくのはよくわからねえがマズいんだろ?」


「まあね。原因を一から説明すると長くなるから今はやめとくけどさ。だけど、ここまでくれば方法なんて一つ。こんな時ぐらいはお前と考えが合うと思うんだけど?」


 オスクは思わせぶりにニヤッと笑いながらオレを見てくる。


 ────今の状況のままはマズいのなら。何しても応じようとしないのなら。オスクの言う通り、一つしかない。

 その唯一の手立て、それは……

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