if.風来坊の恩返し(4)
私とフユキがそれぞれの武器を突き付けた直後、泥棒達は先手必勝とばかりに突っ込んでくる。
……真正面からの分かりやすい攻撃。舐められてることがすぐに分かるやり方だ。私達が子供だからと、簡単に力でねじ伏せられると思っているのだろう。
でもお生憎様。フユキだって見た目は若い青年だけど、歳は数百の妖。私もまだまだ未熟者だと自覚しているけれど、それなりの場数は踏んでると自負してる。見た目だけで判断してもらっては困る。
それに、今まで相手にしてきた魔物やガーディアンに比べたら全然大したことない。こちらが2人に対して向こうは3人……人数では一人負けてるけど、勝てない相手じゃない。
「死ね、クソガキッ!」
「……っ!」
物騒な言葉を口にしながら、手にした短めの棍棒のようなもので殴りつけようとしてくる泥棒達。
だけど、これはさっき見た通り真正面から仕掛けられた攻撃だ。軌道を読むなんて造作もない。私とフユキは棍棒を真っ直ぐ見据え、最小限の動きで棍棒を避けた。
「な、なにっ⁉︎」
「あらら。残念、当たらなかったみたいだ。まあ、脳天目掛けてあんな痛そうなもの振り下ろされたら、誰だって避けようとするよね」
「馬鹿にしやがって……ならもう一発だ!」
驚きつつも、早々に気持ちを切り替えて泥棒達はまた攻撃を仕掛けてくる。どんどん攻めることは悪くはないけれど、さっきと方法が全く変わってない。フユキはやれやれとばかりに肩をすくめると、涼しい顔でひらりひらりと攻撃をかわしていき、私も棍棒が振り下ろされる方向をしっかり見極めて避けていった。
妖であるフユキに物理攻撃は通らないのだけど……それも作戦の内なのか、フユキは律儀に攻撃が当たらないように動いている。
軽くあしらわれていることに腹が立ってきたのだろう。泥棒達の表情は怒りで険しくなり、攻撃はさらに力任せで乱暴なものになっていく。
「このっ、ちょこまか逃げやがって……!」
「自分から当たりにいくわけがないでしょ! 大人しく観念してカバンを返して!」
「誰が返すかよ! これはオレ達の獲物だ!」
「やれやれ、反省の色は全く感じられないな。師匠、ここは一発キツいお仕置きでもしないとこいつら懲りないと思うよ」
「みたいだね……」
さっきから攻撃は全然当たっていないというのに、泥棒はまだ私達を下に見てるらしい。隙を突けば簡単に倒せると思ってる。見た目が子供だとは自覚してるけど、一向に学ぼうとしないその姿勢を見せつけられては、精神的にはこっちが遥かに勝っているようにすら感じてくる。……まあ、実際はそうなんだけど。
元々、お灸を据えるつもりでこの戦いを受けて立ったんだ。なら、そろそろこちらから仕掛けるべきだ。その考えを共有すべく、私はフユキと顔を見合わせ、うなずく。
「さあて。師匠の許可も下りたことだし、今度はこっちからもいかせてもらうよ。せめてその命、散らさないよう踏ん張っていることをお勧めするかな」
「うるせぇ!」
フユキが攻撃に移ると宣言している中で、泥棒は再び棍棒を振り下ろしてくる。……けど、
「おお、今のは中々早かった。惜しいな……今の力、正しく使えばお国の役にも立てそうなのに」
「なっ、いつの間に後ろに!」
その攻撃は何処にも当たることなく、虚空を切り裂くだけに終わった。攻撃が当たる直前でフユキが目にも留まらぬ速さで泥棒の背後に回り込んだために。
「んじゃ、予告通りやらせてもらうかな。『千氷針』!」
驚く泥棒に立て直す隙を与えず、フユキは魔法────いや、フユキは妖だから妖術というべきか────を使って、動けないままでいる泥棒達に数え切れない程の小さいつららを放つ。
直接攻撃を当てるのではなく、泥棒達を囲うようにしながら。そして徐々にその範囲を狭めていき、攻撃を食らいたくない泥棒は結果的に一点に集まっていく。
弾幕を張って退路を断つ。これは、まるで……
「これって『セインレイ』の……! もしかして、魔法の形まで模倣してたの⁉︎」
「ええ、まあ。剣は模倣できたし、そのついでにって。一つ自分のものにするといけるところまでいきたくなっちゃってね。もちろん、俺独自の妖術もあるけどさ」
「そう、だったんだ……」
なんだか恥ずかしいな。そこまで私を追いかけてくれていたなんて。
でも。そうやって長い間も、そして今も、慕ってくれていることには悪い気はしなかった。寧ろ嬉しい。その長年の努力の成果を、こうして間近で見ることが出来るのだから。
「さて、師匠。これで的が絞れましたよ。することっていったら一つしかないですよね?」
「言われなくても! 『ルミナスレイ』!」
「そうこなくちゃ。『絶氷針』!」
2人で頷き合いながら私は光弾を、フユキは散らばる弾幕を一点に集めたさらに大きなつららを、弾幕の中心にいる泥棒達に向かって同時に放つ。
泥棒達は自分に迫り来る攻撃に慌てふためき、なんとかして逃れようとしているけど無駄な抵抗。フユキが使った妖術は泥棒達の動きを完全に封じ込めてくれた。
一箇所に泥棒達が集められているおかげで、当然狙いだって付けやすい。光弾とつららは動けないでいる泥棒にクリーンヒットした。
「こ、のっ……あのガキ共、どこまでも馬鹿にしやがって。もう容赦しねえ!」
「ありゃりゃ、あれ程までにやられておいてまだ見下されてるっぽいや。まあ、さっきの直撃したのに歯食いしばれる辺り、あいつらもそこそこ丈夫だね」
「うん……まあ、それなりに鍛えているのかな」
かなりのダメージを貰ったというのに、泥棒達は全く懲りてない様子だ。その執念に似た諦めの無さはある意味感心するけど、こちらとしてはさっさと降参して欲しいところだ。
「ヘヘッ、ガキはガキらしく周りの奴らと一緒に大人しく逃げ果せておけば良かったんだ。オレ達に本気出させたことを後悔するんだな!」
「あっそう。お膳立てはいいから、さっさと見せてよ。こっちだって君らにずっと構ってられる程、暇じゃないんだから」
「フン、余裕ぶってられるのも今の内だっ。食らえ、『白雷』!」
「精々見て驚け。オレ達のこの魔法に屈しなかった奴は今まで一人も……」
泥棒達が詠唱を終えた途端に、私とフユキを囲うように地面に雷がほとばしる。そして、聞いてもいないのにそう豪語する泥棒達にやれやれとフユキはため息をつきながら、
「ふーん……これくらいかな。あらよっ、と」
右手から放った冷気で、いとも簡単に雷を弾いた。
「なっ、オレ達の魔術がっ⁉︎ て、テメエッ、何しやがった!」
「君らの魔術に同等の力をぶつけて相殺したってだけさ、そう驚くことなんてしてないよ。ここは町中だからね。下手に避けたり跳ね返したりしても周りの建物が危ない。最も、俺の場合は魔力じゃなくて妖力で、だけどね」
「は、妖力? て、テメエまさか、あ、妖……⁉︎」
「だから最初、親切に教えてあげたじゃないか。妖が暴れてるぞー、って」
泥棒達はそこでフユキがようやく妖だと知って、目に見えて怯え始める。
本当に、言わなきゃわからなかったみたいだ。最初の忠告も周りの妖精や精霊達を逃がすための冗談だと思っていたのだろう。半分は元からそのつもりではあったのだけれど、お陰で敵の動揺を誘うことができた。
「お、おい、妖相手じゃ流石に……」
「チッ。気に入らねえが、やむを得ないか。だが、そのお付きはどうだ?」
「ああ。ここは退いてやる……だが、この女は人質に取らせて貰うがなぁ!」
「あー、そっちは……」
分が悪いと思ったのか、逃げ出す選択を取る泥棒達。だけど、ただ逃げるだけでは不満だったらしく、せめて優位に立ちたいがために私を捕まえようと迫ってくる。
……今まで散々下に見ておいて、まだ見下すのか。私も流石にカチンときて、思い切り剣を振り上げる。
「気安く触ろうとしないで! 『ミーティアライト』‼︎」
「うわあっ⁉︎」
怒りに任せて光の球を地面に叩きつけ、溢れ出したエネルギーの衝撃で3人まとめて吹っ飛ばした。
「……俺より強いんだからやめておいた方がいい、って言おうとしたんだけど遅かったか。それにしても師匠、容赦無いですね〜」
「ここまで言われておいて黙ってられる程、寛容じゃないから。でも、フユキも同じくらい……ううん、私より強くなってるよ」
「はは、それは光栄だ」
私の言葉にフユキは心から嬉しそうに笑う。雪の妖とは思えないくらいの、暖かな笑みを浮かべて。
そんな場合ではないことはわかっているけど、フユキはずっと私のことを探し求めてくれていたらしいからこその笑顔なんだと、すぐに分かる。再会できたことを本当に嬉しく思ってくれているんだと、私も思わず口元が緩む。
「あっ、マズい。泥棒が逃げちゃう!」
「おっと、そうだった。『銀晶ノ風』!」
泥棒は私達が話してるのを好機とばかりに逃げ出そうとしていたけど、隣にいる妖がそれを黙って見過ごす筈が無かった。足を一歩、大きく踏み出すことで放たれた冷気によって地面ごと泥棒達の足元を凍りつかせて動けなくする。
「な、なんだこりゃあっ⁉︎」
「足止めだけじゃ不十分だね。フユキ、合わせて!」
「了解!」
2人で剣を構え直し、氷に足を取られている泥棒達に真っ直ぐ向かっていく。そして足元の氷ごと貫く勢いで突き、次に剣を振り上げて斬撃を浴びせ、最後にその軌跡でクロスを描くように2人で剣を交差させつつ振り下ろし、泥棒達を吹っ飛ばす。
「な、なんなんだよ、こいつらはっ……!」
「あ、あわわ……」
「終わらせてあげる、『ランス・ルミナスレイ』!」
「『絶氷針・槍型』!」
もう恐れで戦意を失いかけている泥棒達にトドメを刺すべく、私は光の手槍を、フユキは氷の手槍を持つ腕を2人同時に振りかぶり、勢いに任せて解き放つ。
そして────




