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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第12章 暁天繚乱ーOld Tellerー
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if.風来坊の恩返し(3)

 

 決意を固めた私とフユキは全速力で悲鳴が聞こえてきた場所を目指していた。

 相手は泥棒だ。金品をせしめた後は取り戻そうとする持ち主の手から逃れるために、さっさと現場から退散しようとする筈。だから一刻も早く泥棒を捕まえなくちゃ。


「声の音量から察するに、ここからそう遠くないね。ここの辺りの道は大体把握してるから、師匠は後を付いてきてくれますか?」


「うん、お願い!」


 フユキの提案に迷うことなくうなずき、フユキもよしきたとばかりに私の前に出て先導を始めてくれた。私も、フユキの姿を見失わないようにその後を追う。


 そしてしばらく走っていって、シノノメで一番大きな通りへと出た。そこには同じく悲鳴を聞きつけたらしいたむろしている妖精や精霊が入り混じった集団と、その中心で倒れ込んでいる女妖精がいた。

 ……確認するまでもなく、倒れ込んでいる妖精が被害者に違いない。周りにいるのは、何が起こったのだろうと興味本位で様子を伺いに来た野次馬だろう。

 泥棒を追いかけることも大切だけど、当事者に話を聞かない限りは私達も動けない。私はフユキと顔を見合わせて頷き、野次馬を掻き分けてその女性の元へと向かった。


「あのっ、大丈夫ですか⁉︎」


「あ、あなた達は……?」


「ただの通りすがりですよ。見たところ、さっき何か盗られちゃったようだけど」


「は、はい……財布をカバンごと持ってかれてしまって。追いかけようにも足をくじいちゃって……」


 フユキの質問にそう答えたその女性は、泥棒が逃げて行ったと思われる方向を見据える。足をくじいてしまったせいで、ずっと倒れ込んでいたのか。

 とりあえず、歩けるだけの力がないとこの女性も辛いだろう。私は彼女が押さえている足に向かって手をかざす。


「ちょっと動かないでくださいね……『命天の光』!」


「あ、あれ。足の痛みが引いて……?」


「私の治癒魔法です。応急処置に過ぎないので、早めに包帯で固定して安静にしててくださいね」


「は、はい」


「師匠、大当たりだ。その盗っ人、この通りを北へ真っ直ぐ逃げたっぽいよ」


「……っ、わかった!」


 どうやら私が女性を手当てしている間に周りにいた妖精や精霊達から情報収集をしていたらしい、フユキがそう伝えてくれた。

 成る程、考えたな……。この通りはその大きさに比例して、かなりの人数が行き来している。泥棒は怪しまれないよう下手に路地裏へ逃げ込まずに、この人混みを利用して姿をくらませる気なんだ。追いかけて捕まえようにも、この人混みがその障害になることも見越した上で。

 だけど、姿は紛れ込ませやすい代わりにこの通りから逃げるには大勢の妖精や精霊の間を縫うしかない。必然的に逃走スピードは遅くなる。なら、今からでも充分間に合う筈……!


「丁度この辺りに回り込めそうな脇道があったかな。利用します?」


「寧ろ、利用しない選択肢なんか無いでしょ!」


「あははっ、そりゃそうだ!」


 こんな状況でも余裕たっぷりに軽口を叩くフユキに私もつられて笑みをこぼすと、再びフユキに先導してもらいながら、泥棒の前へと回り込めるという脇道に駆け込んだ。

 そこはさっきまでいた大通りから分かれ出た道だったけど、街灯が申し訳程度に設置されているだけの薄暗い場所だった。時刻も夜で、足元にも充分注意を払わなければすぐにつまずいてしまいそうな場所だったけど、フユキが直接手を引いてくれることで安全に、かつ素早く走り抜けることが出来た。


 本当に、頼もしく成長したんだな……見ない内にすっかり大きくなった背中を見て、私は無意識のうちに口角が持ち上がっていた。

 そうしてそのままその道をしばらく駆けていくと。


「おっと……いたいた。明らかに善良じゃないナリの集団が。数は三、と。全身黒装束なんて、あからさま過ぎて逆に笑えてくる」


「その方が助かるよ。見失う心配が無くて」


「言えてる。それで、どうしますか師匠。どうやって盗っ人に仕掛けましょうか?」


「そりゃあもちろん、正面突破だよ!」


「はは、奇遇だな。俺も同じこと考えてましたよ!」


 暗闇に乗じて悪行を働く輩だ。そんな相手と同様に背後からこっそりやる、なんて卑怯な手段は取りたくない。ならばこっちは正々堂々、正攻法で仕掛けるに限る。

 フユキは今いる道から泥棒を追い越したところで急ブレーキ。そのまま、流れるようにぐるんと方向転換すると、最寄りの道から再び大通りへと戻り。そして、


「止まれっ!」


 跳ねるように妖精を避けていた、逃走中の泥棒を通せんぼするためにその前へと躍り出た。


「チッ……おい、そこをどけ!」


「まあまあ、穏やかにいきましょうよ。さっき、そこでか弱い女性がスリに遭いましてね。あなた方、何か知りませんか?」


「ふん、知らんな。そういうのはお侍さんにでもしてこい」


 あくまでシラを切る泥棒達。でも、その腕から下げているものを見れば丸わかりだ。

 確信はあるけど、その口からどうしても吐かせたいのだろう。「へえ」と、フユキはニヤリと笑みを深めて、泥棒を追い詰めるためにさらに言葉という武器を用いて攻めていく。


「ふーむ……善良な一般市民にしては随分動揺してるようにお見受けしますが。表は取り繕ってますけど、さっきからやけに瞬きの回数が不自然に多い。それにあなたがお持ちのカバン、どう考えても女性物だ。自前のものには見えませんけどねぇ?」


「く、くそっ! おい、とっととずらかるぞ!」


「これは残念。でーも……」


 流れが悪くなってきたところで、泥棒は私達に背を向けてその場から逃げ出そうとする。

 だけど、それを黙って見逃す訳がない。フユキは不意に言葉を切ると、手から凄まじい冷気を放ってその行く手を氷で遮った。


「なっ、なんだ⁉︎」


「これじゃ逃げられないよね。さあ、どうするのかな?」


「く、くそっ……こうなりゃ力尽くだ! 覚悟しやがれ、ガキ共!」


「あはは、ガキかぁ。俺、君らより遥かに歳上だと思うんだけどな。まあ、いいや。向こうがやる気なら仕方ない。師匠、さっさと片付けちゃいましょう」


「う、うん。でも、このままだと人混みが凄すぎて、無関係の妖精達まで流れ弾受けちゃうような……」


「あっと、そうでした。では、ここは俺にお任せを」


 そう言ってフユキはすう、と深呼吸を一つ。一体何をする気なんだろうと首を傾げる私に構わず、周りに行き交う妖精達に向かって、


「逃げろーっ! 妖が暴れてるぞーっ‼︎」


 ……と、私が全く予想もしなかったことを大声で叫ぶフユキ。いきなりそんなことを言い出したことも驚きだけど、その内容ときたら自分自身を陥れるも同然のものだった。慌ててその口を塞ごうとするけど、その前にフユキが何故だか「平気、平気」と言って笑顔で私を制す。

 そして、その答えはすぐに示された。


「えっ、妖⁉︎ どこどこ、どこにいるの⁉︎」


「構うな! とにかく言われた通り、ここから逃げた方がいい!」


「えっ、えっ?」


 と、どこに暴れる妖がいるのかも確かめようとしないまま、周りの妖精達は一目散にその場から撤退する。

 あっという間にこの場には私とフユキと、退路を絶たれている泥棒達しかいなくなった。そんな不可解な光景に、私は訳がわからずぽかんとするばかり。


「ふ、フユキ、これどういうこと?」


「この辺り一帯はまだ妖への警戒心が強くてさ。この通り、ちょっと煽るだけでみんな逃げ出しちゃうくらいには。後は勝手に伝染してくれるから、近くには来なくなるだろうね」


「で、でもっ……それってフユキにとっては不都合でしょ? 何も悪いことしてないのに」


「師匠はお優しいですね。でも、俺は酒呑童子様とかとは違って、身体的特徴は特に無いんで。黙ってりゃバレませんって!」


 だから自分は大丈夫! とばかりにやけに良い笑顔でグッとサムズアップするフユキに思わず苦笑い。私、悪知恵を働かせるような姿は見せてない筈なんだけどな……誰からそんなこと学んだんだか。

 まあ、いいか。これで思う存分泥棒達にお灸を据えることが出来るのだから。


「……黙ってりゃ妙なことしやがって。誰の目も無いんじゃ好都合だ。完璧に叩き潰してやる!」


「おー、怖い怖い。なら、こっちもやられないように全力で抵抗するまでさ」


「うん。周りは見逃しても、私達がそうはさせないから!」


 フユキが集めた冷気で氷の剣を形成する傍らで、私は思い切り動くために早着替えの術でいつもの黒のローブに腕を通す。

 ……やっぱり、こっちの方が落ち着く。そしてフユキも、過去に見たことがある服装に少し目を見開いていた。


「懐かしい姿だなぁ。やっぱり、師匠は師匠だ」


「動き回るならこっちの方がいいから。さあ、そろそろいこう!」


「ええ、上手く合わせてご覧に入れましょう!」


 そうして、私達は同時にそれぞれの剣を構えた。


 もちろん……全く同じ構え方で。

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