if.風来坊の恩返し(2)
「……そう。フユキの師匠って、私のことだったんだ」
「うん。あなたは俺の歩むべき道を示してくれた。今の俺があるのはあなたのお陰だから。その感謝の意を込めて勝手ながら、ね」
あの後、私とフユキは立ち話もなんだからと、竹やぶの一番近くにあったベンチに座ってお互いの今までの話を聞くことに。
そして色々話を聞く前に、フユキが言っていた『師匠』なる存在が私だということも知った。
「師匠、なんてそんな。私がしたことなんてそんな大したことじゃ」
「いいや、大したことだから俺はあなたを師匠と呼ばせてもらってるんだ。あなたにとって小さなことでも、俺には大きなことだからさ」
「そっか。だけど、それを聞くと余計に申し訳なくなっちゃうな……。フユキは今まで私を散々探し回ってくれてたのに、私は綺麗さっぱり忘れていたなんて」
「うーん……まあ、確かに中々気付いてくれなくて俺も別人なんじゃないかって自信無くしかけたけど。でも、あなたはこうして思い出して、俺を追いかけてきてくれた。これ以上望むことなんてないよ」
「うん……ありがとう」
私が感謝の言葉を口にすると、「お礼するのはこっちだ」と言ってフユキは明るく笑いかけてくれた。さっきまでの営業スマイルとは違う、心からの笑み。それはあの時の……フユキが妖精達と打ち解けた時に見せた笑顔とまるっきり同じだった。
見ない内に私の背を追い越す程にまで立派に成長して、性格も少し変化はしていたけど根本は変わっていなかった。皆と仲良くしたいと願う、思いやりの心を持った雪の妖がそこにいた。
「ふふっ、やっぱりフユキはフユキだね。全く同じって訳じゃないけど、ちょっと安心した」
「まー、俺もあれから色々経験してさ。多少捻くれてこうなっちゃった訳だけど、妖精とかと仲良くしたいってのは変わらないから。あなたの助けのおかげで得たものを、俺は絶対手放したくないんでね。それに比べて、師匠は全然お変わりないご様子で」
「う、うーん……フユキにとってあの出来事が数百年前のことだったとしても、私には割と最近起こったことなの。今でも不思議なんだけど、あの時、確実に一晩は過ごしてた筈なのに、みんなからは一時間しか経ってないって言われて。おまけに村はもう土砂に埋もれていたし……訳がわからなくて」
「ふーん……思い当たる現象だと神隠しくらいだけど、数百年の差を弄るなんてそう簡単にできないのになぁ。そんなこと実行に移せるとしたら余程力が強い妖か、はたまた神様みたいなものしか……。でも、ガキの頃の俺にまでわざわざ首突っ込むとか、そりゃまた随分とお節介だ」
「で、でもそのおかげで私達は出会えたんだし、いいんじゃないかな。えと、それで今までフユキはどう過ごしてきたの? その、情報屋なんてやってる経緯が主に知りたいんだけど」
「おっと、いきなりそれ聞いちゃうか」
意外とグイグイ来るね、なんて軽口を叩きながらフユキは少し照れ臭そうに頭をかく。そして、どこから話そうか……と少し考え込むような仕草を見せた後に、その口をゆっくり開いた。
「しばらくはあの村に厄介になっていたんだけど、この見た目でお察しの通り、俺も妖といえど成長したわけでさ。子供の遊びに付き合うだけじゃ、村の妖精達に申し訳なく思ってきちゃって。そこであなたが村を襲った魔物にしたように、注意深く観察することを試してみた。初めは失せ物探しとか、小さな仕事をね。でも、そんな小さな仕事でも果たした時はお礼を言われた。それがもう嬉しくてさ、もっと役に立ちたいがために、観察眼を養う努力した。あなたをお手本にね」
「そう、だったんだ。そこまで褒められるような凄いことしてないと思うんだけど……」
「村を魔物の群れから守った、これが凄いことじゃないなんて思えないけどなぁ。あなたはそう思っていたとしても、あの場で慌てずに状況を冷静に分析して、俺に指示を出してくれたあなたの背中は俺にとってそりゃもう立派だったんだから」
「う。褒められすぎてどう反応すればいいのかわからなくなってきた……」
「あはは! すみません、反応が面白くてちょっとからかいました。そんな訳で、記憶に残っていたあなたの姿から技を全て盗む気で努力していって、なんとか仕事に出来るくらいの技量に出来た訳でね。そのおかげで村の近くの山の異変にも気付けて、誰一人欠けることなく住人を避難させることが出来たし」
「あ……村が土砂崩れで埋もれた時の」
「ああ、もう一瞬だった。全てが土に埋もれてしまったのはやっぱり悲しかった。俺にとってあそこはあなたとも出会えて、住人達と仲良くなれた大切な場所だったのにさ。割と長命な妖でも自然には敵わないってのを思い知らされて、悔しくて泣いちゃったな」
「……フユキは、自分のできる限りのことをちゃんと果たしたよ。普通ならきっと犠牲が出てしまったであろうことを、フユキは一人も取り零すことなく救ったんだから。自分の思い出の場所が埋もれてしまったのを悲しむのは、フユキが暖かい心を持ってる証拠だよ」
「光栄です。師匠にそんな評価をいただけるなんて」
私の言葉に、フユキは本当に嬉しそうに微笑んだ。土砂の下に埋まってしまった村はもう戻ってこないけど、妖精達は全員助けられたんだ。これは当然の評価だ。
ただ、その後村の妖精達は散り散りになってしまったらしい。逃げた先での元々の住人を追い出してまで暮らす訳にはいかないし、それなりの人数がいた住人達がまとまって生活するのは残っていた土地の広さを考えても難しいと判断した、苦渋の決断だったそうで。
フユキも、まだその頃のシノノメでは妖への警戒が強かったために、みんなと離れざるを得なかったとのことだ。
「その後はちょっとした力仕事を引き受けたり、悪さする妖と魔物退治をしながらシノノメ中をふらふらして、その道中で聞きかじった話を役立てたいと思って今の情報屋を始めたんだ。仕事と護身のために戦う術も身につけてね。ここだけの話、俺の戦い方って師匠の模倣なんですよ?」
「え、模倣って剣術も? 私、流派とか無視した自己流だったから大変だったでしょ?」
「まあね。だから記憶と照らし合わせながら、あなたが使うものと似たような型の指南書を取り寄せてなんとか形にした。多少ズレはあるだろうけどね」
「な、なんか照れ臭いな……。そこまで私のやり方に合わせてくれていたなんて」
「あなただからこそ、俺はその技を模したかったんだ。俺にとってあなたは自分から踏み出す勇気をくれた英雄みたいなものなんだから」
そう、フユキは再び微笑んだ。言いたいことを言い切ったような、すっきりとした表情で。
「俺は神様とかは信じないタチだけど、今回だけは感謝してるな。運命とかただの偶然とかって済ませてたけど、そんな偶々引き合わせてくれたヒトがあなたで良かったって、頭下げて拝みたいところだね」
「ふふっ、そうだね。私も災いから世界を救え、なんてとんでもない運命に巻き込んでくれちゃったけど、フユキと出会えて本当に良かったって、そう思えるもの」
「ええ、本当に」
私とフユキは顔を見合わせて笑い合った。お互いに運命とか言い伝えとかに縛られて翻弄されてきた身だけど、出会えて、また再会出来たことだけは素直に嬉しくて。
明日、私はシノノメを去ることになる。となれば、またフユキとはしばらくお別れとなってしまう。だからせめて、今のこの時間をゆっくり堪能したい。
「ルーザに依頼されてたよね? 良かったら付き合ってもいいかな。2人で町を歩いてみるのも楽しそうだし」
「ああ、俺は構わないですよ。2人の方が退屈しなさそうだ」
「うん、ありがとう」
フユキは私が付いて行くことをすぐに許してくれた。明日、買うためのお土産の下調べもできそうだし、頼んでみて良かった。
なら早速出発しよう、と一緒にベンチから立ち上がると、
『ど、泥棒ーっ‼︎』
「……ん?」
そんな悲鳴に近い、叫び声が聞こえてきた。
「あー……、またか。全く懲りないなぁ」
「フユキ、今のは……?」
「簡単に言うとスリだよ。シノノメは割と治安が良い国ではあるけど、その中でもやっぱり暗闇に乗じて悪さする輩はどこにでもいるものでさ」
「そう、なんだ」
「それで師匠、どうなさいますか? このまま黙って見過ごす?」
「……まさか」
フユキの試すような質問に私は「否」の答えを返すと同時に、一応護身にと腰に下げておいた剣の柄を握りしめる。
……初めてシノノメに来た時の、私がお気に入りの髪飾りを盗まれてしまった時のことが思い浮かぶ。あの時はまだイブキとはお互いに見知らぬ関係だったのにもかかわらず、イブキは当然のように泥棒を成敗してくれて、髪飾りを取り返してくれた。なら、私だって知ってしまったからには見逃せない。
「ははっ、それでこそ師匠だ!」
そう言って笑うフユキと顔を見合わせ、頷き合う。『あの時』以来の、この2人での共同戦線だ。2人でなら、きっと負ける筈が無い。
「さあ、行こう!」
────ヒト助けをするために。




