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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第12章 暁天繚乱ーOld Tellerー
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if.風来坊の恩返し(1)

それは、あり得たかもしれない可能性。

 

 シノノメに来た目的を果たし、夜の宴会を全員で興じている頃。会話を楽しんだり、大量にあるシノノメ料理に困りつつも味わっていたりして、各々が数時間前とは打って変わって表情を綻ばせている。

 そしてその中で、


「うう、全然減らない……」


 私、ルージュも絶賛舟盛りとやらと格闘中だった。


 この舟盛りはサシミの種類は豊富なために飽きはしないのだけど、いかんせん量が多すぎる。おまけにこれ一つが一人前というのだからみんなも一度は頭を抱えていた。

 見た目自体は綺麗なんだけど……。メインのサシミが規則正しく盛り付けられているのはもちろんのこと、その周りにはギザギザの葉が添えられていて、あちこちに小さな黄色の菊の花が散らされているのも華やかさを際立たせていた。極め付けは赤い魚の頭がまるごと器に乗せられていること。飛び上がるようなポーズで盛り付けられているそれは、今にも動き出しそうな迫力がある。

 だけど、やっぱり多いものは多い。この舟盛り、普通なら何人かで分けるようなものなんじゃないかな……。


「まあ、美味しいんだけど」


 使われている魚は全て臭みがなくて、新鮮なのがすぐに分かる。確かに量は物凄いけど、どれもあっさりしていて食べやすく、いつも口にしている料理であれば既にお腹いっぱいになってそうなくらいの量をもう食べていると思うのに、まだまだいけるし。

 今を逃せばシノノメ料理を口にできる機会なんてそうそう無い。今の内に味わっておこう、そう思いながら私は震えるハシで掴んだ赤身の魚を口に運んだ。


「ルージュ、こっちにテンプラっていうシノノメのフライがあったの。食べる?」


「あ。ありがとう、カーミラさん」


「どういたしまして。この国とも明日でお別れだもの、全部は無理でも一口だけでも食べなきゃ損よね」


「だね」


 カーミラさんの言葉に頷きつつ、渡してくれたテンプラが乗る皿を有り難く受け取る。

 テンプラは私達に馴染みがあるフライとは違って、パン粉を使うのではなくて、丸みを帯びた色味が薄い衣を纏っていた。早速、きのこのテンプラを一口食べてみたけれど、衣はサクッとしつつもふんわりとした食感が新鮮だった。中のきのこの出汁が出ているのか、深みがある味わいですごく美味しい。


「お別れ、か」


 テンプラを食べている最中、私はさっきカーミラさんの言葉を繰り返す。

 シノノメに来た目的────行方不明だった妖精達を救出したこと。それに加えて、撃退は無理だったけど元凶であるヴォイドをとりあえず退却させて、結晶がシノノメ中にばら撒かれるのを事前に防いだこと。成果は上々とはいかないだろうけど、一応は使命を果たせて、明日はミラーアイランドに帰ることになっている。


 そう、目的は達成している筈。なのにどうしてだろう。何か一つ、やり残していることがあるような引っかかりを覚えるのは……?

 そんな自分でもよく分からない疑問に頭を悩ましていた、その時。


「シノノメの土産の情報かい? それくらいならお安い御用だよ。ご希望なら簡易的な地図も書いてきてあげるけど」


「そうだな……そうしてくれると助かる」


「んじゃ、早速行くとしますか。対価はその土産をほんの少し頂戴する形でいいかな?」


「ああ、構わない」


「よし、交渉成立だ。では、俺は一旦失礼させていただきますね、カグヤ様」


「ええ。道中お気を付けて」


「あっ……」


 と、ルーザがフユキにお土産の情報提供を依頼している会話が聞こえてきた。善は急げとばかりに、すぐさま立ち上がってこの場を一旦後にしようとするフユキに向かって私は反射的に手を伸ばす……けど、


「あれ?」


 なんで私、フユキを引き止めようとしたんだろう?

 自分の意思でしたことの筈なのに、理由がさっぱりわからない。私、フユキに何か用事があったっけ?

 あ……そういえば姉さんに買ってきてほしいお土産があると頼まれていたような。ルーザの依頼のついでに頼もうかという考えがあったための行動だったのかもしれない。確かメモがあった筈……そう思って脇に置いておいたカバンの中を確認する。


「お茶菓子に良さそうなもの買ってきて、とか言ってたかな」


 メモを探している最中、仮にも妹が大変な仕事をしに行くというのに、ちゃっかりお土産を要求してきた義姉の言葉を思い出してため息をつく。まったく呑気なんだから……と内心で愚痴をこぼしつつ、中を弄る。

 が、行く前に応急処置用の薬を大量にしまったせいか、メモがかなり奥に追いやられてしまったようで中々見つからない。どこだったっけ、と入れたと思う場所を思い出しながらカバンをゴソゴソしていたら……


「ん?」


 コツンと、何かが指先に当たった。

 メモじゃない。硬い、小さい何か。なんだろう……それが何なのか気になった私はそう思いながらそれを取り出してみる。


「これ、は……?」


 入れた覚えがないものだった。少なくともここ最近は。

 真っ白で艶やかな、摘めるほど小さいそれ。白以外の色はなくて少し質素に見えてしまうけど、光を浴びるとたまにキラッと光って、手触りも良い。私はそれをいつの間にかまじまじと見つめていた。

 これ、どこで手に入れたんだっけ。確か、誰かから貰って……そうだ、お礼にくれたんだ。その相手は……


「────‼︎」


 そこまでたどり着いた時、記憶が一気に流れ込んでくる。『これ』を貰うまでの体験も、今まで抜け落ちていた思い出も、何もかも。

 そうだ、私……なんで今まで忘れていたんだろう。


「ご、ごめんなさい。ちょっと席外します!」


「なんだ、忙しない。一体どうした」


「あ……えと、用事思い出しちゃって。しばらくしたら戻るから!」


「あ、ちょっとルージュ!」


 私のいきなり行動に不思議そうに首を傾げるレオンと、咄嗟に訳を聞こうとするカーミラさんを背に、私は立ち上がって広間を出て行く。カーミラさんには申し訳ないけど、今は説明している暇がないし、何より説明したって分からないだろう。

 今はとにかく追いかけなきゃいけなかった。だって、今を逃したらもうチャンスは無いかもしれない。私はただひたすら、先に出て行った人物の姿を求めて足を動かしていった。


「まだそんなに遠くに行ってない筈……!」


 さっきの会話内容からすると、町に向かったのは間違いない。ライヤの姿を写したことで多少行使出来るようになっている大精霊の力で気配を探ってみたけれど、やはり竹やぶから町に出るための道を通っていた。私はその気配を辿るように竹やぶの中を全速力で駆け抜ける。

 そしてしばらく走っていって、竹やぶを抜けそうなところまで来た時────探していた背中をようやく視界に捕らえられた。


「待って!」


「あれ、君は……」


 私の引き止める声に、すぐさまその人物は振り返ってくれた。竹やぶの出口まで来ていた、今にもルーザからの依頼をこなそうとしていたフユキは私が追いかけてきたことに疑問を感じてそうにしながらも、愛想良く笑いかけてくる。


「どうかしたのかい? 宴の途中だっていうのにわざわざ追いかけてくるなんて。あ、もしかして依頼の追加かな」


「えっと、そういうのじゃなくて」


「あれ、違ったか。えっと……ああ、まだ名前聞いてなかった。良かったら聞かせてくれないかな?」


「うん。私はルジェリア。ルージュって呼ばれてるけど」


「……そう。良い名だね」


 そう言って、フユキは私に微笑んで見せる。まさに営業スマイルというような、そんな笑みを。でも、その笑みが一瞬寂しげなものに感じたのは、きっと気のせいじゃない。

 聞かなきゃ、本当のことを。さっき見つけた、『これ』の意味を。私は決心して、フユキをまっすぐ見据える。


「依頼じゃないけど、一つ聞きたいことがあるの。聞きたいというか、見てほしいというか……」


「うん、なんだい?」


「……これ、見覚えない?」


 私はそう言ってさっき見つけたそれ────丸い、小さな白い石をフユキに見せる。フユキはそれを目にした途端、今まで笑顔だった表情が一気に驚きのものへと塗り替わる。


「え。それ、って……」


 何か知っているかのように目を見開くフユキ。

 当然だ。だって、これをくれたのは紛れもなく正面にいる、フユキ自身なのだから。


「思い出したの、ついさっき。ゆびきりげんまん……だっけ、それしたよね。絶対、また会いに行くって。だから……」


 そう言って、私もフユキに精一杯の笑顔を向ける。そしてその石を、私達の友情の証であるそれを握りしめて、


「約束、果たしに来たよ。すっごく遅くなっちゃってごめんね」


「……」


 それしか、言えなかった。しばらくは状況を把握しきれていなくて呆然としていたフユキだったけど、それは唐突に終わりを迎えて、大きなため息を一つ吐くと……


「プッ、あははっ!」


 いきなり、お腹を抱えて笑い始めた。何かから解放されたかのような、見た目の年相応な明るい笑い声を響かせて。


「あー……もう、あれこれ悩んでた自分が馬鹿みたいだ。こうなるんだったら自分から突撃するべきだったかな〜。まあとにかく、」



「お久しぶりです────師匠」

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