第150話 今も恋しよ我が故郷(2)
オスクがまさかオレの体質を知っていたとは思わず、穏やかな時間の筈だった朝があのカミングアウトのせいで大分引っ掻き回されてしまった。せめてもの仕返しとばかりにジトーッと精一杯恨みを込めた目でオスクを睨みつけるものの、これくらいのことでこいつが動じる筈が無く。結局それは徒労に終わることになってしまったのが、余計に悔しさを煽る。
だが、オスクは原因が分かっていると言っていた通り、それ以上追求する素振りは見せないし、『支配者』に付けられたものというせいか、からかう気は微塵もないようだった。こんなことならさっさと白状しておけば苦労しなかったんだろうが……そこは気にしたら負けというやつだ。
「そろそろ時間だろ。さっさとその粗末な身なり、なんとかしたら?」
「うっせ、お前に言われなくてもやるっての」
オスクがいう時間、それは朝食が用意されると聞いていた時刻のことだ。オスクと水飲みながら駄弁っていたら、いつの間にかそれなりに時間が経っていたらしい。
早起きしたというのに、朝食に遅刻しては格好がつかない。潔く、オレは立ち上がって着替えてこようとその場を後にする。
寝ていた部屋に戻ると、一時間前までぐっすりだったルージュ達も流石に起きていた。そこからさらに無駄話をしながら身支度を整えて、だらだらと4人でカグヤが待っている広間へと向かった。
どうせ暫くしたらミラーアイランドに帰ることになるんだ。今だけは少しくらい、こうしてぐずぐずしたっていいだろう。
「今日でここともお別れか〜。来た目的がアレだったけど、やっぱりちょっと寂しい」
「急いでて一日で片付けちゃったからね。大きな被害が出てないだけ良かったんだろうけど」
と、エメラもルージュもこの地を去ることを少々残念がっていた。
結局、シノノメに滞在していた期間は今日も合わせて2日しかない。昨日は『滅び』のこともあって、まともに観光も出来てないことも手伝い、余計に過ぎた時間が短く感じられる。
だが、せっかくデカい脅威を退けた後なんだから、出発までの時間を使って昨日出来なかったことを楽しむのも悪くない。帰ってももうすぐに冬休みも終わってしまうんだ、昨日の労いに少しくらい羽目外してもいいだろう。
「お買い物は楽しみだけど、この着物も今日でおしまいだなんて残念。いっそ買ってちゃおうかしら」
「別に他人の買い物には口出さないが……結構な値段するだろ、それ。大丈夫なのか?」
「平気よ。いざとなったらエメラのカフェでバイトしてなんとかするわ!」
「……無理すんなよ?」
着物のためだけに自分の懐を無理に圧迫しようとするカーミラに一応釘を刺しておく。
まあ……こんな会話が出来るのも無事に帰ってこられたからこそなんだろうが。
「ねえねえ、それよりも早く広間に行こーよ! わたしお腹減っちゃった!」
「ん、そうね。オスクさん達も待ってるだろうし」
エメラとカーミラの言葉を合図に、一旦会話を切り上げて朝食が用意されている広間へと急ぐ。
広間に着くと、玉兎達が既に配膳を終えていた。一人一人に用意された席の前に置かれた膳にはチャワンとやらに入れられたライスと、深緑の葉野菜が何かに浸されているようなサラダが乗せられていた。それに加えて焼き魚と、やけに四角いオムレツのようなものに、小さめのピクルスらしきものが並べてあるという、昨日の宴の時と比べて随分控えめなラインナップ。
流石に朝からボリュームのあるもの出されても食べ切れそうにないから、当たり前の量ではあるんだが。
「お料理全部並べたのー!」「準備できたのー!」
「ありがとうございます、玉兎達。さあどうぞ、お召し上がりください。口に合えば良いのですが」
「ああ、遠慮なくいただく」
カグヤの言葉に頷きながら全員、自分の前にあるザブトンの上に座り込んで、食べる前に手を合わせる。
ハシを使うのも今日が最後だ。未だこの2本の棒を使うのにプルプルと震えてしまう手で、オレらは各々のペースで朝食を食べ進めていく。シノノメの料理はどれも味付けが控えめで素朴なものがほとんどだったが、一品一品が丁寧に作られていてどこか暖かみを感じるものばかりだった。
……ちなみにシノノメ出身の奴以外全員、みんな揃って焼き魚の小骨をハシで取り除くのに大苦戦していたのは全くの余談だ。
「これで終わり、だな」
朝食を済ませた後、オレらはシノノメを出発するまでの時間を使って暫しの観光を楽しんでいた。オレも自分用のものと、シュヴェル宛に少々の土産を買い終えて満足していた。
モミジに借りていた着物もカーミラ以外は全員返したし、これで帰る準備も完了だ。
「買い物はこれで充分かな? シノノメでの人気の土産は大体紹介したけど」
「ああ、情報提供ありがとな。これで留守番任せてる奴も喜ぶだろ」
「うんうん、甘いものいっぱい教えてもらってわたしも大満足!」
「いえいえ、お気に召したようでなにより。顧客に喜んでもらえるのは情報屋冥利に尽きるってものさ」
そう言って土産の情報の提供を依頼した相手、フユキは人が良さそうな笑みをオレらに向ける。
昨日の食事の最中に観光ついでに買い物に行く計画はしていたのだが、多くの種類が揃えられている土産にどんなものを買えばいいのかオレらは迷ってしまうだろうと考え。文化がまるで違うこの地での土産の良し悪しなんざ分かる筈もないから、素直に現地の情報に詳しいこいつを頼ったんだ。情報屋を生業としているフユキなら、お勧めの土産くらいは分かるだろうと。
そして、その判断は大正解。流石は情報屋なんて名乗るくらいにあちこちから話を聞き回っているだけのことはある。フユキはこの国で人気が高い土産を、昨日の宴会にて観察することで得たオレらの好みに合わせて、呆れるくらい丁寧に教えてくれた。
「それにしても、君らもせっかちだね。まだこっちに来てから一日しか経ってないんだろう? もう少しゆっくりしていけばいいのに」
「そうしたいのはやまやまなんですが……カグヤさんに頼まれたことを果たしたからには帰らなくてはいけないんです。僕達はまだ学生の身なので、学業を放り出すわけにはいきませんから」
「私も、もう少しみんなと話したかったんだけど。酒呑童子とはあまり話せなかった上に結構失礼なこと言っちゃったし。それに……あなたとも」
「……そうだね。俺も、もう少しだけじっくり話したかった」
心底残念そうに、フユキはそう言った。フユキもまた、何百年も生きる妖ではあるが、別れることにはやはり寂しさを感じるらしい。
フユキはルージュの言葉に深く同意するかのように……しかし直後にはさっきと同様に人当たりの良い笑顔をオレらに向けながら、脱いでいた笠をかぶりなおす。
「さて、俺も行くとしますか。あんまり引きずってると仕事に支障をきたしちゃうし」
「なんだよ、お前だってせっかちじゃねえか」
「恨みを買ってなんぼの情報屋だからね、一箇所に留まってる方が危険でさ。それに今回、首突っ込ませてもらったことで新しい仕事が見つかったんでね。この国にある『滅び』とかいう災いの爪痕……それを探すことが俺に出来る精一杯のことだし」
「そっか〜、残念」
「なぁに、このナリでも数百年は生きてる身なんでね。妖術でも何でも使って、君らに情報提供するなんて造作もない。俺は気紛れに旅する風来坊、その内また君らの前に顔出すよ」
「うん。約束、だからね」
「ああ、破ったその時は針千本でも呑んでやるさ。あとついでに、餡子と珈琲って意外と合うんだよ。帰ったら是非ご賞味あれ、なんてね」
「ご丁寧にどーも」
「じゃ、今度こそお別れだ。俺が会いに行くその時まで、どうか無事でいてね?」
と、フユキはそれだけ言い残してオレらの元を離れ、人混みの中に入っていき……景色に溶け込むように姿を消した。
最初から最後まで隙をなかなか見せない油断出来ない相手ではあったが、今となってはあいつに対する警戒心はすっかり無くなっていて、別れが寂しいと思える程になっていた。あいつを、今ではもう仲間と認めているからこそだろう。
……あいつはさよならを言わなかった。多分、それは意図的に。近い内にまた会おうと、そう言っているんだと思う。
せめて、その時までには今よりもう少し成長出来ているように努力していかないとな。そう思いながら、フユキが去っていった方向に背を向けてオレらも歩き出していった。




