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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第12章 暁天繚乱ーOld Tellerー
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第149話 我らが天下はこれにあり(3)

 

 満月を見上げながら酒呑童子は手にしたさかずきを傾けて、また酒を口に含む。そうしてしばらく酒の味を堪能してから、不意に話を切り出した。


「私に協力を求めてきた時から聞きたかったんだけどねぇ、お前は何故あの災いに抗う?」


「ん?」


「いや、この問いでは予想通りの答えが返ってくるね。言葉を変えよう。確かにあの化け物を前にして、奴の傲慢ごうまんな言葉に私も腹が立ったさ。しかしね、お前はどうにもあの災いに縛られている気がしてならない。お前があの災いにどんな心情を抱いているのか知らないが、二言三言で片付けられるような因縁ではない気がしてね」


「それは……まあ、そうだな」


「否定はしないのかい」


「したって意味ねえよ。縛られているのは本当だ、嘘じゃない。ここに来たのも、あんたの力を借りにきたのも周りから託された使命のためさ」


「へえ」


 正直に、包み隠すことなく真実を告げる。

 誤魔化したって仕方ないことだ。オレとルージュの、『滅び』との因縁は確かに流れで巻き込まれて、後戻りできないからとここまで来た感はある。それまでは自分の正体も知らず、見た目の歳相応の、至って普通の生活を送っていたのだから。

 ────だが、それでも。オレは憐れみの眼差しを向けられる前に、言葉を続ける。


「オレだって面倒事は嫌いさ。アレに立ち向かったところで見返りなんかありゃしない。まあ、オレらがこうも必死に抵抗してるってのに、その他大勢は何にも知らないからこの世界が危機に瀕してるってこともわかってないし、当たり前なんだが」


「ふん。ならば何故お前は立ち向かう? 今のままでは幾らお前達が努力を重ねて、その先に望む結果を手にしたとして、賞賛されることもなく終わるかもしれぬというのに」


「ああ……傍から見りゃ馬鹿馬鹿しいのかもしれないな。たが、オレの周りにいる奴らはそんな馬鹿馬鹿しいことでも一緒になって立ち向かってくれて、協力してくれた」


「……ふーん」


 仲間がいたからこそ、『滅び』に立ち向かえていた。一緒に付いて来てくれるルージュなどの仲間はもちろんのこと、同行はしなくても協力を惜しまない協力者も大勢いる。形こそ様々だが、今まで会ってきた奴らはオレらと一緒に遠くでも戦ってくれているんだ。

 だからこうしてオレも戦う覚悟ができている。オレ一人じゃきっと今頃投げ出していた。


 酒呑童子の返事は興味なさげなものだったが、オレの言葉を静かに聞いてくれていた。


「オレが背負う使命は確かに強制されたもので、望んで背負ったものじゃない。だが、周りも強いられたわけじゃないのに自分から危ない道通る覚悟を決めてくれた。オレはその気持ちを無駄にしたくないし、このまま黙って『滅び』に消し飛ばされんのも真っ平だ。だから抗う、どこまでも。これはオレと……仲間で決めたことだ」


「そうかい。それならいいさ。私が口出しする隙が無い程、お前達の覚悟は揺るがないらしいからね。ならもう問い質す必要もないってものさ」


 そう言いながら酒呑童子は再び徳利から盃に酒を注いでいく。そしてそれを口に運ぶその前に、オレと視線を合わせてきた。


「口出しはしないが、歳上として助言くらいはしてやろうかね。ルーザ、お前の一番大切だと思うものを思い浮かべてみな」


「は? なんだよ、いきなり」


「いいから言う通りにしな。早く済まさないと、お前が吸いたくない酒の臭いを浴びることになるが、いいのかい?」


「はあ、わかったよ」


 真意はわからないが、とりあえず言う通りにしてみる。

 一番大切なもの……そう言われて、最初に思い浮かぶのは仲間達の顔だ。ルージュにオスク、フリードとドラクと……エメラにイア。それにカーミラとレオン、今も家で帰りを待ってくれているシュヴェルなど、仲間の顔が次々に浮かび上がっていく。


「どうだい、その大切なものは近くにあるものだったんじゃないのかい?」


「それは……まあ」


「近くにあるからこそ、大事にしているものさ。それ故、ふとしたことで見逃しやすい。そんな経験あるんじゃないのかい?」


「……ああ」


 これも、否定しなかった。全くもってその通りだったから。

 近くにいてくれるから、それが当たり前なんだと思いやすくて危ないものだ。ルージュも、いつまた狂気に身を任せてしまうかもわからないし……オスクだってヴォイドを前にして我を忘れた時、オスクがオスクでなくなってしまうような恐怖を覚えた。


「すくわれやすいのも足元さ。目的ばかりに目を向けていると足元見るのを疎かにして、思わぬところでつまずくからね。ゆめゆめ気を付けな」


「……あんたには無いのか? 自分の命すら掛けるくらいの、大切なものは」


「さてねぇ。あったのかもしれないが、とうに忘れてしまった。歳を食うとどうにも諦めが付きやすくてね、今の私には喧嘩と酒があれば充分なのさ。これで良い住処を得られれば文句無しなんだが」


 竹やぶの隙間から覗く、霊峰・フジを見上げながら酒呑童子はため息をつく。諦めが付いたという割には、どこか満足げな表情で。


「昔は欲望の赴くままに女を掻っさらったものだが、今はとんと興味が失せたね。まあそれも、野郎の出世のために利用される女が減ったせいかな」


「は? まさか、お前がしでかした悪事って、そんな奴らを救うために……?」


 ふと零された言葉に、思わず目を見張った。

 やったことは確かに悪事だと捉えられることだ。だが、それを実行した理由が自分の欲を満たすためじゃなかったとしたら。世間で伝えられていることが、こいつが見ていた実際の景色とは違っていたとしたら。

 それを問おうとしたら、先回りするかのように酒呑童子はため息をつく。


「先に言ったろうに。昔のことはとうに忘れたさ。鬼は悪、それは今でも揺るぎはしない。鬼の王はいつかは退治される哀れな王さ。正しき者は勝者、それは昔から変わりはしない。歴史ってのは勝者の都合の良いように改変されるからね」


「……そんなの」


「理不尽かい? しかしそれが現実さ。現世は理不尽に塗りたくられている。いくら声を上げようと、少数派が多数派に押し潰される。そうして現世が成り立ってきたのを私は幾千年と見てきたんでね」


「……」


「お前はまだ若い。まだ現世の汚れに染まりきってない。他者の言葉に惑わされず、信念ってのをしっかり持ちな。信じた道を歩んでいけばいい。万が一間違ったら、お前の大切なものが正してくれるだろうさ」


「……ああ」


 オレはしっかり頷くと同時に、こいつは悪人なんかじゃないと確信する。

 結局、言い伝えを信じるか信じないかは自分次第なんだ。オレはどうしてもこの鬼が悪党だとは思えなかった。


 種族の違いのせいで、色々価値観に差があるのは承知だ。だが、それを抜きにしてもオレを好敵手と認め、迷った時に背中を押して、挙句助言までくれるお節介なこいつをどうして悪党だと思えるだろう。

 こいつは確かに悪事を働いたのかもしれない。だが、自分の目で本質を確かめようともしないで決め付けてばかりでは歩み寄ることも出来ない。だからオレは……オレだけでも、こいつはこんなにも出来たやつなんだぞ、と主張していたい。


 ……こういう奴を、尊敬出来る人物だというのだろうから。


「ありがとな。あんたのおかげでつまずきそうになっても、多少踏ん張りが利きそうだ」


「そうかい。役に立ったかどうかは知らないが、今後の糧くらいにはなったのならいいさ。だがまあ、お前はまだまだ未熟。あの化け物を倒したいならより一層の努力を要するだろうけどねぇ?」


「フン、見てろ。次やり合う時は今度こそ叩きのめしてやる。その余裕かました面を屈辱の色で染めてやるよ」


「ククク、そいつは結構! 私も酒以外の楽しみが増えるというものさ!」


 酒呑童子は上機嫌に笑いながら、盃の酒を飲み干す。

 オレだって、引き分けの結果には納得してないんだ。これからもっと鍛錬を重ねて、力を付けて、次こそこの鬼を負かしてやる。胸の中でそう決意を固めながら、オレは腰を上げた。


「さて、と。そろそろ戻るわ。あの舟盛りとかいうやつ、まだ半分も食べ切ってないし」


「そうかい。おっと、その前にコイツを持っていきな」


「わっ、と!」


 御殿に戻ろうして立ち上がった瞬間、酒呑童子から何かを投げて寄越される。オレは慌ててそれを受け止め、咄嗟とっさに手の中を覗き込んで受け止めたばかりのそれを確認する。

 それは紅と蒼が入り混じる、なんとも不思議な色合いをしたオーブだった。オーブの表面は冷んやりとしているのに、内側にはあらゆるものを焼き尽くしてしまいそうなくらいに燃え盛る蒼炎を閉じ込めていて。そして、オレはこのオーブの意味を知っている。


「こいつは……いいのか?」


「そいつさえあればどこにいてでも喚び出せるだろう? まあ、下手に関与するのも面倒だから頻繁に呼びつけられるのは御免だけどね。だが、喧嘩相手が欲しけりゃいつでも相手になってやるさ」


「ああ。恩に着る」


「ほら、戻るならさっさと戻りな。この甘美な香りをお前は堪能できないんだろう?」


「言われなくてもそのつもりだっての。これ以上嗅いだらぶっ倒れる」


「ふぅん……損な身体だねぇ」


 酒呑童子の哀れむような言葉を無視しながら、オレは元来た道を引き返す。

 手に受け取ったばかりのオーブを強く握り締めながら。





「ここにいらっしゃったのですね」


「おや、来ていたのかい。やれやれ、今日は随分と私を訪ねる者が多い」


「お礼を申し上げておりませんでしたので。宴の席がお気に召さないようですし、わたくしが出向くべきかと」


「律儀なものだね。礼を言われるのは一度でいいというのに、三度目ともなると文句を言う気も失せてくる」


 肩をすくめながら再び酒を注ぐ酒呑童子の横に、次なる訪問者────カグヤは優雅に腰を下ろす。そして2人で目の前に浮かぶ満月を見上げた。


「いつ見てもあの月は憎たらしい程輝いてるね。あそこにいる者共は今でも私らのことを見下ろしてんのかい?」


「さあ……わたくしもわかりません。あそこの地位も、景色も、全て捨ててきましたから」


「そうかい。汚れを嫌う月から見れば欲にまみれたこの現世など居心地悪いだろうに、お前さんも大概変わり者だねぇ」


「ええ。ですが……わたくしはここを美しいと思います。わたくしは見下ろすばかりの暮らしはどうしても好きになれませんでした。汚れていると最初から毛嫌いし、遠ざけて、歩み寄ろうともしない。幾千年と、途方もない歳月を生きるというのに、一切の成長を見せない。だからこそ欲の元に目標を掲げ、試行錯誤を繰り返しながら進んでいく現世の姿勢を、わたくしは恋焦がれたのかもしれません」


「ふん、そうかもしれないね。私もここの者達との喧嘩がやめられないのは事実だ。さて、と」


 おもむろに酒呑童子は懐からもう一つ、小ぶりな盃を取り出してそこに酒を注ぐ。そしてその盃をカグヤの前に差し出した。


「一杯どうだい? 酒を飲み合う相手がいなくて退屈していたところでね」


「ええ、いただきます。こうして貴方とゆったり語らう機会もそうはありませんから」


「クク、鬼の王と月の姫が酒を飲み合う光景を目にしたら……月の者共はどう思うかねぇ?」


「きっと驚くでしょうね。腰を抜かしてしまわれるんじゃないでしょうか」


「ハハ、違いない!」


 盃を片手に、酒呑童子は上機嫌に笑い声を上げる。カグヤもそれにつられて微笑みを浮かべた。

 そして2人は共に月に向かって盃を掲げ、



「────我らが天下はこれにあり」


 自分の居場所を、月に示した。

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