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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第12章 暁天繚乱ーOld Tellerー
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第149話 我らが天下はこれにあり(2)

 

 それからオレらはオイラン島を出て、本島へと戻った。

 今回で解決出来たのはほんの一部だけだ。ヴォイドのことや、オスクがヴォイドを前に何故ああも取り乱したのかなど、わからないことは多いが……一番の目的だった商人妖精の救出と、大量の結晶がシノノメ中にばら撒かれる最悪の事態は防げた。今のオレらにはこれで充分だった。


 そして、現在といえば……


「こちらをどうぞ。玉兎達が腕によりをかけた極上舟盛りです」


「……なあ、カグヤ。一応聞いておくが、これって何人前だ?」


「もちろん、一人前です」


「うげ」


 どう見ても一人で食べ切れる量じゃない、馬鹿でかい船の形をした器に盛られたサシミに頭を抱えていた。


 ……どうしてこうなったかといえば。

 本島に戻った後、商人妖精達をそれぞれの家に送り届けてから、呉服屋に戻ってモミジとフユキに目的を達成したことを伝えた。

 商人妖精達の家族がどんな反応をしたのか、それはオレらが知る由も無い。だが、五体満足で帰路に着けたんだ。恐らく心配やら怒りやら色々買ってるだろうが、そこにはきっと喜びもある筈。

 モミジも、その知らせを受けて少しばかり泣いていた。それ程までに心に重荷を抱えていたんだろう、それがようやく取り払われたことで今まで溜め込んでいた思いが涙となって外へ流れ出たんだと思う。


 とまあ、ここまではいいのだが。その後、大仕事を完遂したということと、せっかく大人数が集まったのだからとカグヤが宴を開こうと提案し。オレらも、自分達への褒美がてら少しはそんな贅沢な時間を過ごしていいだろうと軽い気持ちでその話に乗ったのだが……


「えっと……残すのって許されてます?」


「わたくしとて無理強いはしませんが、食材には失礼でしょう。感謝の心を持って全ていただくのが最善かと」


「で? いつまでやるつもりさ、この宴会」


「もちろん、一晩かけてでございます」


「……」


 さも当たり前だと言わんばかりにそう軽く言ってのけるカグヤに、他のオレら全員は唖然とする。

 そう、カグヤが開こうとしている宴は宴でも、それはオレらの想像を遥かに超える豪華な料理を並べ、冗談みたいに時間がかかるものだったという訳だ。

 以前もそんな説明は受けてたんだが……あれ本気だったんだな、と思い知る。今更だが。


「……で、どうするこれ?」


「どうすると言われても……今更止められないでしょ、こんなに料理並べられちゃったら」


「ま、いいんじゃないの。こういう時くらい有り難くいただいたって」


 ……オスクにそう言われ、オレらは視線を並べられた料理に向ける。

 冗談みたいなボリュームには目を瞑るとして……確かに料理自体は魅力的なものだ。ましてやオレらは大仕事を終えたばかりで、昼飯だって口にしてない状態。豪勢な料理を前にして、グウと音を立てる腹の虫を抑えきれそうになかった。


「あはは、気持ちは堪えていても身体は正直っぽいね。お腹と顔に『食べたい』って出ちゃってるよー、君ら」


「うぐ……」


「ウチもあんたらのために料理用意させてもらったんよ。あんたらがしてくれたことには釣り合わんけど、少しはお礼しよう思うてな。まあ、カグヤはんのやつに比べたらしょぼいやろうけど……食べてくれたら嬉しいわ」


「う……そこまで言われちゃうと」


 フユキに指摘され、モミジも料理を用意してくれたと聞いては断りにくい。

 まあ……いいか、今日だけは。全部とはいかなくても、全員でワイワイ騒ぎながら腹一杯食べるのも疲れを癒してくれるだろうから。


「この宴はわたくし達の感謝の気持ち、貴方方の働きに対しての報酬です。どうか受け取っていただけませんか?」


「カグヤ殿も、この料理を用意されていた玉兎殿らも、其方(そなた)らへの感謝の意を込めて宴の用意を進めていらした。拙者ができたことといえば配膳を手伝う程度の小さきことだが、其方らへの気持ちには差異はないと自負している。だからこそ、この束の間の安らぎの時間を其方らに味わってほしいのだ」


「じゃあ……言葉に甘える」


 カグヤとイブキにそう言われたことでこちらが完全に折れる結果となり、そうと決まれば早く始めてしまおうとそれぞれ席に着いていく。

 そしてシノノメの食事の作法であるらしい、食べる前に手を合わせてからオレらは食事を始めた。


「うーん、この紫のゼリー? みたいなの甘くて美味しい!」


「いきなり甘いもん食ってんのかよ、エメラは……」


「いいじゃん、スイーツを食べ逃しちゃうなんて死活問題なんだから!」


「はは、気に入ってくれたようでなにより。羊羹(ようかん)っていうんだけど、昼間食べたそうにしてたからね。たっぷり調達してきたから、良かったら土産にしてってよ」


「わーい!」


「単純なやつ……」


 フユキに大量のヨウカンとやらを見せられて、エメラは飛び上がりそうな勢いで喜び、流石のイアも呆れ顔。あの様子じゃ、エメラは腹のほとんどをフユキが調達してきた甘味で満たし尽くしそうだ。

 オレはあそこまで菓子に興味はないが、目の前でそんなに美味そうに食べられると興味は湧いてくる。後で少しいただいてみるとするか。


「オサシミ、でしたっけ。色々な魚があるんですね」


「うん、種類によって味も歯ごたえも違って飽きないね。食べ切れるかはわからないけど……」


「チッ、この国にはワインはないのか……。ルージュ辺りに血を貰うべきか……」


「やめなさいよ、こんなお祝いの席で」


「別に私はいいけど……首からいく?」


「……結構図太いわよね、ルージュって」


 なんて、食事を素直に楽しんでいたり、約一名お望みの飲み物がないために不満そうな吸血鬼と、それにけろっとしながら首を今にも差し出そうとするような奴がいたり。


「あの……オスクはん、何してるん?」


「んー? このサシミってのにはショウユとかいうソース付けるんだろ? 何もおかしなことなんてないじゃん」


「いや、それは合ってるんやけど、付けるのはほんのちょっとなんよ。オスクはんのお刺身、真っ黒になってしもうとる……」


「折角の刺身が醤油漬けになって台無しになっているぞ……」


「いいじゃん、このままだと味気ないの」


 ……と、明らかに間違った食べ方で食事を進めるオレらの保護者に、その光景を呆然と眺めている同業者と呉服屋もいた。


 若干可笑しなところはあるが、全員がこの宴を楽しんでいる。積もった疲れはまだ消えてはないが、表情は晴れやかだ。

 飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎ……とまではいかないものの、それぞれが会話と料理を楽しみ、互いの苦労を労い合っている。無事に帰ってきて来れたからこその光景だ。オレもそんな明るい空気に当てられて、今までどこか強張っていた頰が緩むのを感じる。


「料理はまだまだございます。存分に楽しんでくださいませ。玉兎達、玉藻、配膳を」


「わかったのー!」「お料理運ぶのー!」


「うう、なんで妾までこんなことを……」


「わたくしが託した伝言を全て伝えなかった罰です。精々反省なさい、玉藻」


「はーい……」


 カグヤに命じられて、玉兎と玉藻前が料理を運んでくる。

 元々多かったというのに、まだ用意してあるのかよ……。夜通しやるというのも本気で覚悟しておいた方が良さそうだ。


「ん……?」


 辺りを見渡していると、違和感が一つ。ここにいるべき奴が一人、見当たらない。

 その存在を忘れる訳がない。直接斬り合って、やっとのことで協力を取り付け、『滅び』に立ち向かう時にそいつなりに励まして背中を押してくれた奴のことを────酒呑童子を。


 あいつは山の頂上に住んでいるくらいだ、慣れ合いはあまり好きでもないのかもしれない。だが、だからといって相席しないままというのはこっちとしても不満だ。

 せめて一言だけでも礼を言っておきたい。あいつに妖精を助けるつもりは無かったとしても、あいつに助けられたのは事実なんだから。


 そう思ってオレは立ち上がり、そっと席を離れた。……この御殿の廊下から酒の臭いが微かに漂ってきている。きっとこの臭いの先にあいつはいることだろう。今回ばかりは酒の臭いに敏感なオレの身体が役に立った。

 まあ、嗅ぎすぎると気絶待った無しだから頼り過ぎも良くない。オレは適度に鼻をつまみながら、臭いが発されている方向を目指していった。


「外に出てたのか、あいつ……」


 臭いが発されていた方向、それは御殿の外だった。

 精霊の姿となってもオレの身長の数倍はある竹が周りにそそり立つ景色は不気味にも感じるが、空に浮かぶ満月の光がその隙間から射し込んでいて……竹やぶの暗さが、この景色をより神秘的なものにしていた。


「おや、来ていたのかい」


「……っ」


 不意に声をかけられ、オレは反射的に振り向く。

 御殿から少し離れたところにある、竹やぶが途切れた丘のような場所に目的の人物は胡座をかいていた。予想通り、酒を注いだデカい盃を片手に。


「酒呑童子……」


「宴を抜けてきたのは理由があるんだろう。突っ立っているばかりなのもつまらん、こっちに来るといいさ」


「……ああ」


 酒呑童子に促され、オレはその丘まで歩いていく。そうして、流れでオレはその隣に腰掛けることになった。


「大方、私に礼を言いにきたってところかい。律儀に伝えなくても、私は好き勝手やらしてもらっていただけなんだけどねぇ」


「いいだろ、別に。オレはあんたに助けられた、それで礼を言いにいく理由になるだろ」


「ふん、そうかい。全く面倒なものだね、礼を言われるのは一回で充分さ。でもまあ、話す機会というのもこの先あるか分からないからねぇ、少しは言葉を交わしながら酒を楽しむのも悪くない」


「ああ。あんたとはまだ拳でしかロクな会話してないからな」


「ククク、それもそうだ!」


 酒呑童子は上機嫌で盃の酒を一気に飲み干す。

 明日にはシノノメを発ってしまうんだ、少しはこいつと会話しておいても損はないだろう……そう思いながら、オレは闇夜に浮かぶ満月を見上げた。





「……ところで、話をしにきたというのにお前は何故無駄に距離を取るんだい?」


「酒の臭い苦手なんだよ……。というか、酒自体駄目なんだ。あまりその臭いの元近づけないでくれ」


「何、お前酒が嫌いだったのか⁉︎」


「今更だな⁉︎」

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