第15話 氷原の兆し(1)
「……せやっ!」
ルージュが光の世界へと戻ってから3日。オレ、ルーザは今現在、鎌を振るって魔物を退治している真っ最中。
先の一振りで、今相手にしている魔物が残り一体となる。今、相手にしている魔物はさほど強くない。次の攻撃で全滅させられるだろう。
……よし、これで最後だ。
「そらっ!」
その一振りをやり終えてオレは鎌を振るっていた手を下ろす。これで相手にしていた魔物は全て片付けた。
身体を動かしていたことで、暑くなって少し汗が滲む。はあ……とついた息は、オレの目の前で白い煙となって視界を白く染めて、やがて消え去った。
何故にこんなことをしているかといえば、生活費を稼ぐためのアルバイトをしているからだ。一人暮らしであるオレが生きていくためには自分自身で金を稼ぐしかなかった。
「……おい、いい加減高みの見物してないで降りてこい」
一旦、オレは鎌を収めると同時に自分の背後にある木を見上げて言い放つ。その木に腰掛けていた、オレを見物するために来たオスクが飛び降りてきた。
「お優しいこったな。他人のためにわざわざ魔物退治なんて」
「別にいいだろ。オレには親なんざ居ないんだから、こうするしかないんだ」
オレには保護者もいないし、ましてや親戚もいない。当然オレが金に困っていても助けてくれる奴なんざいないし、学校は割と気にかけてはくれているものの、世間だっていちいち世話を焼いてくれるほど親切じゃない。生活に必要なものは自分一人で取り揃えなきゃならないんだ。
だが、オレだって他人からの助けなんざいらないからと、手を伸ばすことはしなかった。自分のことなら自分ですると決めているから、こうして空き時間はこのアルバイトに励んでいた。
でもまあ、魔物退治は多少の危険は伴うこともあり、手当の量も他の仕事に比べるとかなり高い。倒せば倒す程給料も上がるし、短時間で稼ぐにはもってこいのバイトだ。オレは実技に関しては自信もあるため、魔物の相手するのは造作もない。オレにとって丁度いい仕事だった。
「お前の分の食糧を買う金だってオレがここで稼いだ分で出してんだ。オレがすっぽかしたらお前だって残飯食うはめになるぞ」
「ほう、そりゃあ困るな。んじゃ精々頑張ってくれたまえ」
今の状況じゃオレの方が立場が上なのに何故か上から目線のオスク。まだ自分の立場が理解しきれていないようだし……仕置きがてら、今日から皿磨きも仕事に追加しておくか。
そんなことを思いながら、奥からまたわらわらと集まってきた魔物に鎌を振り上げた。
「お疲れ様。いつも助かるよ」
やがてここ一帯の魔物を全滅させたことを見計らったかのようにオレのバイトの雇い主である、男の中年妖精が近づいてきた。
そのままの流れで雇い主に今日の分の給料を受け取る。たっぷりと硬貨が入れられている袋を受け取ると、自分の成果がわかるような気がした。こうして結果が形で現れるのは、それだけ達成感もあるものだ。
「大したことない。このくらい、準備運動にもならないからな」
「そう言ってもらえると頼もしいよ。ところで、その後ろの精霊は誰かな?」
雇い主の視線がいつの間にかオスクの方を向いていた。いつもはオレ一人で来るから、雇い主にとっても連れがいるというのは珍しく感じるのだろう。気になるのも当然か。
「こいつはただのおまけだから気にしなくていい。そこらへんに落ちてる石ころ同然に扱ってくれ」
「おい⁉︎」
オレの言いようにオスクは瞬時に反応した。オレを手伝いもせずにただ見物していただけなんだから、何と言われても文句は言えないだろう。
後ろから向けられる、じとー……っという非難の視線をスルーしながら、給料が入った袋の中を確認する。
「ん、いつもより多くないか?」
コインの量を確かめるといつもより増えている。オレの記憶が正しければ、どう見ても普段より二割り増しは確実だ。
「ああ、それかい。君のように自分のところで魔物退治してくれる男の妖精が今日は来れなくなってしまってね。その妖精の分も倒してくれたから、割り増ししておいたよ」
「来れなくなったって、風邪か?」
雇い主からそれを聞いたオレは思わずそう尋ねた。
確かに数日前から雪が積もり始めたし、それによって辺りもかなり冷え込んでいる。風邪を引いたって別に何らおかしいことじゃないのだが……オレの言葉に雇い主は首を振った。
「なんかねえ、聞いたくらいだと気怠くてやる気が出ないんだと。風邪か聞いたら、よくわからないで返されてしまってな」
「ふん……そうか」
雇い主も、事情は結局わからないままで終わってしまったらしい。
オレといつも魔物退治に向かっている男妖精は、オレより2つか3つ歳上の若い妖精で、普段から身体を鍛えているらしく、身体つきもしっかりしている。女のオレに比べたら見た目でも頼もしい。
だからそいつが風邪を引くなんて滅多にないし、怠いからという理由で仕事を放り出すことも驚きだ。いつもやる気満々で、腕も立つからオレも頼ることはあったのに。
気にはなるが……本人がいない以上、理由は聞けないのだからあまり頭を悩ませていても仕方ない。オレは給料をカバンにしまい込んで帰る支度を整える。あとはオスクを連れて帰るだけだ。
勝手について来たヤツなのに、なんでここまでしなきゃいけないのか。……そう思うとなんだか苛立つ気がした。
「ん?」
声をかけるべく後ろを振り返ると、オスクはもうオレを睨んでいなかった。何故だか、今度は北の方角へ視線を向けていた。しかもさっきとはまるで違い、敵を睨むかのようにそれは鋭く緊張を孕んでいて。
「おい、オスク」
「……! あ、なんだ?」
「なんだじゃない。帰るぞ」
返事からして、オスクは北の方角に集中しきっていたらしい。返事も数秒遅れていたのが何よりの証拠。
だが、辺りはまた雪が降り始めている。以前から漏れ始めている死霊の通りの霧のことも相まって、余計周りが白く見えた。雪のせいで体温も奪われるし、これ以上は長居せずに2人で足早に帰り道を歩き始める。
降り出した雪はもう道に積もりかけ、一歩踏み出す度にシャクシャクと音を立てる。もうすっかり真冬だな……なんて思いながら、オスクにさっきのことを尋ねることに。
「なあ。さっき北を睨んでいたが、あの方角じゃ氷河山くらいだろ? 何か知ってんじゃないのか?」
「まあね。そこにいる大精霊とだって一応は知り合いだし。この霧だってあいつが周りで何かやってんじゃないかってな」
あいつ……それは氷河山にいる大精霊のことを言っているのだろう。そんな言い方だから、名前まではわからないが。
それでも今はいい。名前を知ったところで進展する訳でもない。
「お前の同僚っていう妖精も気の毒なこったな。ま、原因なんて下等な妖精にはわかりっこないだろうけど」
「おい、まさか霧のせいだってのか?」
思いもよらない言葉にオレが反射的にそう聞き返すと、オスクは「ご名答」とうなずいた。
「霧がなんのためにあるのか考えればすぐわかることっしょ?」
「そりゃ、死霊のため……」
「そう。だから生者にとっては微毒ってわけ。吸い込み続けて身体に蓄積すると、そいつの体力とか気力をじわじわ奪っていく。最後は死霊みたく、げっそりするんじゃないの?」
オスクはそんな話をニヤニヤ笑いながらしてくるものだから不快で顔が歪む。そんなことを言いながら笑うなんて不謹慎だし、全くもって悪趣味だ。
だったら、このままじゃまずいって話になる。だがなんで急にこんなことになったんだ? 確かにオレがここに戻ってきてから霧はどんどん濃さを増しているし……異常を感じ得なかった訳ではないのだが、そんなに大事になるなんて思ってもいなかった。
考えだしたら疑問が尽きない。だがオレだってただの妖精。オスクが言う下等ってのも全否定できる程には力は強くない。
「チッ。見てるしかねえってのか……」
前より明らかに濃さを増した霧を見据えながら舌打ちし、己の無力さを痛感した。自分には解決する力なんてない……それがわかっているからこそ余計に悔しくて。
だから────オレがそのことに関わるなんて思ってもみなかった。




