第149話 我らが天下はこれにあり(1)
……大量の結晶を浄化してからも、数分はその場に立ち尽くしていた。しかし、いつの間にか大剣を収めていたオスクに「……行くぞ」と不意に告げられ、その場を後にすることに。もちろん、浄化したばかりの大量の結晶も持って。
オスクと共にあの荒地に戻ってくると、カグヤの『月光招来』が既に解除されていた。周りを見渡してみたが……ヴォイドの姿はもう無かった。
カグヤ達も少なからずダメージは負っていたが、全員五体満足だ。攫われた妖精達も保護し、結晶も浄化された今、ヴォイドはここを用済みと判断したのかもしれない。レオンすら捨て駒として扱ったヤツのことだ、あり得なくはないだろう。
「オスク様、ご無事でしたか」
「ああ、ちょっと……な。そっちは?」
「隙を突かれ、逃してしまいました。見えていた結果ではありますが……やはり悔やまれます。それで、先程慌ててどこかへ駆け出していたのが見えましたが、あれは?」
「……オスク」
「わかってる。隠したって仕方ないっしょ」
一応確認を取ってから、オレは問題の木箱を全員に見せる。
術の効果でドス黒い色こそ消え去っているが、この透明な結晶がなんなのかわかるやつにはわかる筈だ。予想通りカグヤやシルヴァート、この結晶を幾度となく目にしてきた仲間達は木箱の中にある大量の結晶に目を見開く。
「……ルージュが気付いたんだ。商人妖精を攫ったのは、コイツをシノノメ中にばらまく下準備。こいつらの商人って立場を利用して、これを装飾品として売り出して手駒を増やそうって魂胆だったんだろうさ」
「成る程……姑息な真似をしてくれる。何故あのような者達を『滅び』が手出ししたのかずっと疑問に思っていたが、まさか国全体を陥れる前段階だったとは」
「ふうん。それで、何も知らない間抜けな妖精どもがそれを買って、あの化け物の手に堕ちた者がそれを近しい者に広めて、同じところへ堕としていくと。放っておいたらねずみ算式並みにヤツの駒が増えるというわけかい。おお、怖い怖い」
酒呑童子は軽い口調で口にするが、実際にそれが起こったらとんでもないことだ。
見た目なんて、氷河山での騒動でどさくさに紛れて掠め取られたシルヴァートの幻術でどうにでもなる。外見だけは美麗にしたものを、これらを今までにないアクセサリーだとか言われれば流行に敏感な女が簡単に落ちることが予想できる。次にその女の身内。その中に男がいれば、その次は力ずくでも結晶を押し付けることだって可能になる。
それに、結晶自体を身に付けなくても結晶から発される力によって徐々に正気で無くなっていく筈。酒呑童子の言う通り、あっという間にシノノメ全体がヴォイドの手中に収まってしまうというわけだ。
あの結晶を以前押し付けられたことがあるレオンと、そんな状態に陥った者がどうなるかを目の当たりにしたことがあるカーミラは、特に表情を曇らせていた。
「レオンみたいな目に遭う妖精達がどんどん増えてくことになってたってことでしょ? 考えただけでもすごく怖い……」
「一度ならず二度までも己の意思を踏み躙るような真似を……。だが、それを回収したということは間に合ったのだろうな?」
「恐らくは。あの者がここを離れた影響か、オスク様が船に向かった後にシノノメを覆っていた気配も消え去りましたので。流出している可能性も捨て切れないため、暫くはその捜索に当たる必要もあるかと思いますが」
「しかし、行方を追っていた妖精達は拙者が見た限りではそこにいる者で全員確認できた。商人達が島を出ていない以上、確率としては低いだろう」
「そっか。良かった……」
イブキからそう言われてルージュも胸を撫で下ろす。
まだ確率が低いというだけだが、それでもアレがばら撒かれていた時のことを考えればその言葉が聞けるだけでもかなりの安心感をもたらす。ギリギリだっただろうが、間に合ったようで良かったとほっとするばかりだ。
「それにしても、さっきのことルージュが気付いたんだよな? いきなり気付いたことも不思議なんだけどよ、今回はなんか回復すんの随分早くねえか?」
「あ、それ思った。前に暴れた時なんて一晩寝込んでたのに」
「あ……うん、私もちょっと朧げなんだけど」
確かに、言われてみれば疑問だ。今まで『裏』が出てきた時は、ルージュはそこから回復するのに暫く時間を要した。だが、今回はイレギュラーもあったとはいえそれがほとんどなく、すぐに立ち直ってさっきの結晶のことをオレらに伝えたんだ。
前回の、フェリアスでの騒動のこともあってイアとエメラも不思議に思ってたらしい。気が付いたのが早かったとはいえ、ヴォイドと『裏』という2つの脅威に翻弄されたルージュはやはりまだ万全ではないらしく、表情に若干疲れを見せながらも説明し始める。
「ヴォイドに何かされた後、目の前が真っ暗になって……何か、『怖いもの』にずっと追われてるみたいに感じて、それを振り切ろうとしてた……。その時にヴォイドの意識みたいなものも流れ込んできたから、それで企みに気付けたの。たまに意識が消えかかる感覚もあったから、その時に『裏』が出てたんだと思う、けど」
「けど……なんだ?」
「……私と一緒に抵抗してくれてるように感じた。その何かをなんとしてでも追い出しそうとしてるみたいで。はっきりは覚えてないんだけど、『手を出すな、駒にはならない』って聞こえたの」
「抵抗するって……『滅び』にか? だがアイツ、前に『滅び』が世界を壊してくれるなら願ったり叶ったり、って」
「……アイツが憎んでんのは『外』だ。だから、自分にまで害が及ぶのは嫌なんだろうさ。まあ、あくまで憶測だけど」
オスクにそう言うが……本当に、それだけなんだろうか? アイツは今まで『表』を押しのけて出てきては好き勝手に暴れていた。アイツの全てを絶つ力があれば、『滅び』を振り切って身体を乗っ取ることだって可能だっただろうに。
アイツは『外』を憎んでいる……つまり、外部から弄られるのも不快だったのか? そうだとしたら、今回ばかりはこっちに味方してくれたってことか……。
「私としてはその辺りの話はどうでもいいんだけどねぇ。さあてと、」
オレらがあれこれ考えてる横で、問題はひとまず片付いたというのに何故だか再び薙刀を握り直す酒呑童子。そして、まだ横たわっている商人妖精達の元まで歩いていき、そいつらを見下ろして「チッ」と舌打ちを一つ。
「まったく、いつまで呑気に惰眠貪ってんだろうねぇ……。さっさと起きな‼︎」
「ひえっ⁉︎」
力任せに、酒呑童子は薙刀を地面に叩きつける。それは地響きのような音と砂煙を巻き起こし、それを至近距離で食らった商人妖精達は飛び起きた。
「へっ? ここは……おれ達、一体……?」
「え、えっ⁉︎ な、なんで鬼の頭領がここに⁉︎」
「あ、あんた達、助けてくれ! 死にたくないんだ!」
「……全く持って予想通りの反応ときたもんだ。元よりそのつもりも無かったが、やはり妖精なんて助けてやるべきではなかったね」
鬼の頭領を目にした途端、商人妖精達は他のオレらに縋り付くような反応を見せる。
何も見ていない、何も知らないとはいえ、『鬼』というだけで遠ざけようとするそいつらの態度にオレらは思わず表情が不快で歪む。状況を飲み込めていないにしても、これは差別以外の何物でもない扱いだ。
……これでは、一体何のために酒呑童子に協力を求めた意味があるというのだろう。怒りでみるみる内に拳に力が入っていく。そして、
「いい加減にしろッ‼︎」
感情に任せ、そいつらに思い切り怒鳴りつけていた。
場の空気が凍りついた気がするが、知ったことか。こいつらの態度にもう我慢ならなかった。
「オレはシノノメの精霊じゃない。だから、あんたらの妖との諍いも何にも知らない。部外者が口出しするべきことじゃないんだろうが、それでも口出ししたくなるくらいに不満なんだよっ。鬼の頭領がなんでこんなところにいるのか、少しは考えるって気持ちすらねえのかよ!」
「え、っと……?」
「そっちは覚えちゃいないかもしれないが、あんたらはとんでもない化け物に利用されかけた。オレらはそんなあんたらを助けたかったが、戦力不足だと思ってこの鬼を連れて来たんだ。ここにいるのはそういう訳だ」
「だ、だが……鬼は昔から大悪党だと」
「そんな大悪党が、なんでここに来たんだよ? 経緯は省くが、酒と喧嘩にしか興味ないこいつが国のために動いたんだぞ? それが大悪党のやることだって、あんたらはそういうのかよ!」
そう声を張り上げて、ようやく黙ってくれた。オンボロな考えに囚われた頭にはこれくらい言ってやらないと聞こえないのだろう。そうしてうつむき、考え込む。
そうだ、考えろ。昔からの胡散臭い言い伝えじゃなくて、自分の頭で。今までのやり方が本当に最良なのか、もう一度。
そして、前に進むんだ。いい加減、歩き出さなくちゃいけない。新たな道を切り拓かなくちゃいけない。
「あ、あの……酒呑童子、様」
「……ん?」
……その状態で何わか経った頃だろうか。商人妖精の集団から一人の、あの中で一番若いと思われる男妖精が酒呑童子に向かって一歩前に踏み出す。
「あ、ありがとうございます……助けていただいて」
「……へえ?」
「あ、あと、何も知らずに不敬な発言をして、すみませんでしたっ!」
「……」
声は震えていたが、それは確かに感謝と謝罪の言葉だった。酒呑童子も訝しげに眉をひそめていたが、静かにその言葉を聞き届ける。
そして、それを起点に次々と他の商人妖精達が礼と謝罪を述べていく。数人、なかなか前に出てこようとしない頑固なヤツもいたが……それでも結局、全員が酒呑童子に向かって頭を下げた。
それを後ろで見ていたオレらはほっとしたり、嬉しそうに笑ったり……はたまた、やれやれと肩をすくめていたり、どこか安心したように微笑んでいた大精霊もいた。
「……なあ、ルーザ」
「ん?」
「私はやはり、妖精どもは嫌いさ。こうして自分の得になることをしなければいつまでも遠ざけるし、他人に口出しされなきゃ自わから踏み出すことすらできない馬鹿どもだ。現在もこの先も、それは揺るがず一生馴れ合うことはないだろうさ。今は感謝を述べていたとしても、所詮は口先。やがて忘れ去るもの。そういう輩であることはこれまでも嫌というほど見せられ、その認識は改まることはないと断言できる」
「ああ……」
「けど、ね。こうしてやったことに感謝されるのはまあ……悪い気はしない、ね」
「……っ、そうか」
酒呑童子からそんな言葉が聞けて、オレも口角が自然と上がる。
確かに、『滅び』は大きな爪痕と変化を残した。だが……今まで頑なと動かなかった鬼の心も、少し揺さぶった程度に影響をもたらしてもいた。




