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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第12章 暁天繚乱ーOld Tellerー
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第148話 深淵なる悪夢(2)

 

「気を付けろ、ルージュは魔法の効果を完全に打ち消す術を使ってくる!」


「ククク、そうかい。それはまた一筋縄ではいかないようで心が踊るねぇ!」


 こんな時でも酒呑しゅてん童子どうじは戦いを楽しもうという気持ちがあるようだ。オレらにとってはまたしてもルージュと望まぬ形で刃を交えることになってしまったというのに……酒呑童子が纏う雰囲気はオレと完全に真逆だった。

 だが、だからといってそのギャップに不安は微塵も感じなかった。酒呑童子はさっき、ヴォイドに斬りかかった時に見せた感情は確かに『怒り』だった。力不足という理由で、こっちから勝手に巻き込んでしまったというのにそこだけはオレらと酒呑童子の心が一致していた。


 ここに集まっているやつらは妖精、精霊、吸血鬼に妖と、種族や生き方もバラバラでごちゃごちゃだ。だが、ここにいる「それが運命だから」という理不尽な理由で全てを踏みにじられ、無かったことにされるのに憤りを覚え、それに全力で抗おうとしているんだ。


「ア、ぅガッ……!」


「それと一緒に、お前を引き戻してやんないとなっ!」


 ヴォイドを斬るその前に、暴れているルージュが振り回す剣を鎌で受け止める。

 ルージュの表情は苦しそうだった。抵抗しようとする気持ちと、全てを壊そうとする衝動が内側で絡み合ってぐちゃぐちゃになっている。ヴォイドにもその剣を振るっていることから、ヴォイドを倒そうという意思もあるのだろうが、結晶の力から免れた『滅び』のせいで時折その意思がオレらへ向けられるように歪められてしまう。


 まだヴォイドの手駒にならなかっただけマシだが……それでも望まぬ状況には変わりない。関係が浅い酒呑童子はともかく、同士討ちなんて出来るなら事が起こってしまう前に食い止めておきたかったのが本心だ。

 しかし、もう起こってしまったことに文句を言っても仕方ない。こうなってしまった以上、自分達で早いとこ落とし前をつけるだけだ。

 なんとか、『表』の方の意識が強く出ている瞬間を狙えれば……! そう思い、オレは鎌を振り上げる。



「『カタストロフィ』!」


「あァア゛────!」


 とりあえず牽制するため衝撃波を放ったが、それが着弾する直前にルージュが苦しげな声を上げながらも『絶命』の力を使ったことにより、ほんの一瞬で衝撃波は霧散してしまった。

 チッ、こんな状態でも防衛本能だけはしっかり働いてるってことか……。いや、こんな時だからこそ、か。


 その後も、なんとか動きだけは止めようとフリードとドラクがそれぞれ足止めの魔法を放つが、どちらも上手くいかなかった。オスクの『ワールド・バインド』でさえ、鎖が絡み付いたことによって一瞬動きを封じられても『絶命』の力によって振りほどかれてしまう。


「チッ、無理に縛ろうとすると恐怖を煽って悪化するか……。僕で駄目なんじゃ、動き封じてこっちのペースに持ってくのは望み薄だな」


「成る程ねぇ、これがその魔法を打ち消す術かい。こりゃ確かに厄介だ。私の妖術も例外じゃないか」


「ああ……多分、あんたの術でもさっきみたいに根本から絶たれて終わりだ」


「ふぅん、それは私の求める喧嘩ではないね。ならば、」


 酒呑童子はルージュに向けていた視線を不意に逸らし、その奥へと向ける。そしてそこにいる存在を睨みつけて、口角を吊り上げる。


「やはり、お前にこの私の相手をしてもらおうとしようかねぇ、化け物!」


【……】


 それまでルージュの後ろでただ傍観していたヴォイドに酒呑童子は再び向かっていく。 さっきよりも大きな炎を薙刀に纏わせながら。


【愚カナ……無駄ト分カッテイナガラ抗ウナド】


「そうさ、私らは愚か者さ! 私とて永い刻を生きてる割に求めるのは酒と良い喧嘩相手のみの馬鹿者さ! だが、それはどんな種族だって変わりゃしない。欲望を満たすためにひたすら足掻き、我慢し、命という炎を燃やしてんだ。空っぽのお前にもそれを身をもって教えてやろう。私の中の『お前を倒したい』という欲を満たすのと共にねぇっ‼︎」


「フン、貴様ばかりにその欲を満たしはさせない。僕も、コイツにはヤツ自身の死をもって返さねばならない借りがある!」


 予想通りというべきか、レオンもヴォイドに向かって剣を振るう。2人同時に相手しているというのに、ヴォイドはまるで動じない。しかし、2人は想定内とばかりに攻撃の手をさらに強める。


「なんだい、小童こわっぱ。横槍を入れないでおくれ。私は喧嘩であればなんでも好きだが、邪魔者が入るのは大嫌いなんだがねぇ。……といっても、現状ではそうもいってられまいな」


「当然だ、貴様の意思など僕には知ったことじゃない。ヤツに使い潰された屈辱を返すためにこの牙を研いできたのだからな!」


【俗物ガ……シカシ真昼ノ蝙蝠コウモリナド、脅威ニ値セズ】


「ならば、夜にしてしまえばいいだけです。『月光招来』!」


 カグヤが手を振り上げると同時に、辺りが暗闇に包まれる。

 分厚い雲によって陽の光が遮られているとしても、昼間では吸血鬼であるレオンとカーミラは力を存分に発揮出来ない。ヴォイドの言葉を受けて、カグヤが此処一帯を夜に閉ざすことでその弱点を打ち消してくれたようだ。


「『月光招来』は結界でもあります。災いの根源というべき貴方にどこまで通用するか不明ですが、わたくしとて大精霊の一人。その誇りを汚さぬために、倒すことは叶わぬとしても簡単には逃がしません」


「フッ……これで満足に踊ることが出来る。力の限り噛み付き、せめて歯形だけでもその身に刻んでやろう!」


「いいね、いいねぇ! この宵闇があるからこそ祭りが盛り上がるというものさ! 前祝いとして久方ぶりに一発上げるとしようか。祭りにゃ花火がつきもんさ! 『粉爆丸』!」


 暗闇に機嫌を良くした酒呑童子がヴォイドに向かって手から何かを放り投げる。そしてその何かを斬るように薙刀を振るった次の瞬間────その何かに炎が燃え移り、ドカン! と派手な音を立てて爆発した。


【……無駄ナコトヲ。一瞬デ散ル火ナド恐ルルニ足ラズ】


「そうだろうねぇ。だが私が言ったことを忘れたかい? この花火は前祝いさ」


「『居合抜き』!」


「『秘剣・影討』!」


【……】


 酒呑童子がそういうや否や暗闇と、爆発で出た煙を掻い潜ってイブキとシルヴァートがヴォイド目掛けてそれぞれの武器を振り下ろす。

 ……が、その不意打ちも予想通りとばかりにヴォイドは立ち位置を横に少しズラすだけでかわしてしまった。


「くっ、やはりそう簡単には通らぬか……。三段構えでも話にならないとは」


【我ハ虚無。貴様ラガ我ニ触レルコトハ不可能。ソレデモ抗ウトイウノナラバ……自ラノ身ガ朽チル苦痛、ソノ身ヲ持ッテ知ルガイイ】


「ぐっ……⁉︎」


 その途端、オレらに襲いかかったのは感じたことがない重圧だった。

 身体ごと潰され、骨を砕かれるんじゃないかという圧力。脳がすり潰されるような頭痛と吐き気が現れ始め、嫌でもヤツの前で膝を付くことになってしまう。


 く、そ……なんだこれ。『滅び』の結晶と対峙した時ともまた違う……!

 オレだけじゃなく、他の仲間もそれは同様だった。どれほど攻撃を受けようと表情を変えなかった酒呑童子でさえもその顔を苦痛に歪め、最初は耐えていたオスクやレオン、カグヤ達も徐々に膝を折っていく。

 ……視界の端で、ルージュがオレに向かって腕を振り上げている様子が映る。マズい、今ルージュにも攻撃されたら……!


 ────ブチッ。


「……は?」


 だが、ルージュの腕はオレに振り下ろされることは無かった。別方向から痛みを感じる代わりに、オレの耳に聞こえてきたのは何かが千切れるような音。それと同時に今まで襲いかかっていた重圧が消え去り……一気に元に戻ったことで身体が軽くなったようにさえ感じた。


「あ、あれ……苦しいのが消えましたね」


「う、うん。さっきまであんなに気持ち悪かったのに。わたしの回復魔法も全然効かなかったし……なんで?」


 仲間達も急に苦痛から解放されたことに不思議そうな表情を浮かべていた。だが……オレとオスクだけは今起こったことに、まさかと顔を見合わせる。

 今の……ルージュがヴォイドの妙な術を絶ったっていうのか? だが、ルージュは今、極度の混乱状態にあって……敵味方の区別がつかない中でオレらを助けることなんて無理な筈なのに。


「ァ……ひ、ぐ……るー……ザ……?」


「……ッ! お前……」


 ルージュは苦しげな声で呟いた。途切れ途切れではあるが、確かに「ルーザ」と……オレの名を呼んだんだ。


 ……オレとオスクは確信を持って頷き合う。ルージュだって、今までのように『裏』に翻弄されるばかりじゃない。内側から必死になって抗って、その中でオレらを助けるために力を使ってくれた。ヴォイドの思い通りにはならない……それは最初からルージュも同じなんだ。


 このまま終わってたまるか。今、勝てるような相手でないことは百も承知だ。だが、勝てないながらも出来るだけのことをして、ここから妖精達を連れて無事に帰るんだ……!

 静かに、それでも揺らぐことのないその意思を改めて表明するが如く、オレは鎌を持つ手を握りしめた。

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