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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第12章 暁天繚乱ーOld Tellerー
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第148話 深淵なる悪夢(1)

 

 目の前で、ルージュが持つレオンから渡されていた浄化の結晶石の破片が四散する。白く濁った色の結晶石は、まるで雪のようにキラキラと輝きながら地面に落ちていくが、それを綺麗とは到底思えなかった。

 あの結晶石が前回、フェリアス王国での一件で効力を発揮した後は真っ二つに割れていた筈。しかし、今はそれが木っ端微塵……レオンに聞かなくても、この現状がどういう意味を持つのかなんて嫌でも分かってしまう。


 ────結晶石で、無効化できる力の許容範囲をとっくに超えてしまっている。それはつまり、


「────‼︎」


 思考がまとまる前に、ヒュッとオレのほおを何かがかすめる。

 それは剣の刃だった。本来なら目の前いるヴォイドに向けられる筈だったそれが、オレを斬り伏せようと迫った。それが示す答えはただ一つ。


「くそっ、またかよ……!」


「ぁ……ゥが……?」


「は……?」


 ついさっきまでヴォイドに剣を向けていたルージュがオレを斬ろうとしてきた、それは間違いない。確実に今、ルージュは正気じゃない……だが、様子がおかしかった。


 アルヴィスの時のように、『滅び』に意識を支配されているのかといえばそうじゃない。右目はいつもの通りのルビーのような輝きを宿しているというのに、左目は『裏』のように狂気に満ちた血のような濁った色を写している。

 抵抗しているようにも見えるし、目に付くものを壊そうとしているようにも感じられて……要するに表と裏、片方ずつが半々になって表出し、『ルージュ』という存在がちぐはぐなんだ。


「クソッ、厄介なことしてくれやがって……!」


「オスク、これどういうことだよ⁉︎」


「……イレギュラーにイレギュラーが重なった。『裏』が出てきた時、少なくとも今まで『表』は意識を委ねるか気絶してた。だが、今回はルージュの意識がはっきりしてる時に無理矢理『裏』を表に引きずり出したんだ。見ての通り『表』と『裏』が同時に出てごっちゃになってる。おまけに結晶で無効化できなかった分の『滅び』まであの中で悪さしてるときた」


「って、ことは……!」


「『表』の方は抵抗しようともしてるし、ヤツを……ヴォイドを倒そうともしてる。だけど『滅び』で歪められた意識と、『裏』の破壊衝動まで混在してる現状だと、敵意を向ける対象がぐちゃぐちゃになって多分どっちが敵か判別できてない。今のルージュは極度の混乱状態にあるんだよ」


 オスクの説明を聞いて、ルージュを見据える。

 確かに、ルージュはオレらに向かって剣を振るい、魔法を放ってはいるが、それはヴォイドに対しても同様だった。というよりもむしろ、訳がわからずに手当たり次第に暴れているように思える。極度の混乱状態……言われてみれば確かに納得だ。

 オレらとって、ルージュが味方でも敵でもないこの状態は辛いところがあるが、それはヴォイドにとっても同じことだ。結局、ルージュは自分の手駒にはならなかったのだから。


「いや……違う。ヤツの様子を見てみろ」


「は?」


「ヤツはルージュに剣を向けられても全く動じてない。それどころか、予想通りだと言わんばかりだ。ヤツはこの現状に直面しても冷静すぎる」


「狙ってやったってことかよ……この状況を⁉︎」


 レオンの言う通り、確かにヴォイドは全く動じてなかった。ヴォイドにとって、王笏を扱えるオレとルージュは未熟だとしても天敵だ。だから自分の脅威となる前に、自分の支配下に置くか潰すかするのがヴォイドにとって好都合だというのに、それをしなかった。


 ……オレらに対して、この状況は同士討ちも同然だ。ヴォイドはそれを分かってて、オレらが潰し合うように『裏』を無理矢理引きずり出して、こうなるように仕向けた……。

 クソが、どこまで性根が捻じ曲がってやがる……!


【ソウ、コレガ運命。滅ビハ平等、互イガチ果テルマデ終ワラナイ】


「どこが平等なのよ! こんなの不利益被るのあたし達だけじゃない!」


【我ハ滅ビ()ノ物……コノ世界全テニ終焉ヲ与エルマデ我ガ滅ブコトハ無イ。受ケ入レヨ、貴様ラニ逃レル術ナド皆無】


「────成る程ねぇ、なら覆してやるまでさ!」


【……!】


 不意に、ヴォイドに斬りかかる影が一つ。

 それは炎を纏った薙刀なぎなたを振り回す酒呑しゅてん童子どうじだった。この現状におくすることなく、暴れるルージュを振り切ってその刃でヴォイドに一太刀浴びせようと迫っていた。その表情は動揺してばかりのオレらとは対照的に、不敵な笑みを貼り付けていて。


「お、おい、そんな不用意に飛び出したりなんかしたら……!」


「危ないって? どうかねぇ、誰が見てもその場でビクビクしてる方がよっぽど情け無いと思うだろうけど。『滅び』とやらは相変わらずさっぱりだが、黙って聞いてりゃ随分傲慢な野郎じゃないかい。私にはコイツの方が、お前達よりも余程ちっぽけに思えるね」


【何ダト……】


「虚無なんだろう、お前は。文字通り空っぽじゃないか。生きる意味も、意思も感じられない。そこに存在している理由も知らず、ただ壊すだけしか能がないなんて、これをちっぽけといわずどう言うというのかい?」


 ヴォイドに向けている、薙刀に力を込めながら酒呑童子は言葉を並べていく。攻撃こそ弾かれているが、その笑みが消えることはなかった。


「私は妖精どもが嫌いさ。弱い癖して私ら妖をいつまで経っても受け入れようとせず、自分だけが栄えてりゃいいと思っている大馬鹿者だ。……けどねぇ、心ってのは不思議なもんだね。虫のような短い命しか持たないというのに、その短い生の中で大きく変化していく。大半は相変わらず私らを嫌悪してるが、その中でも歩み寄ろうとした変わり者もいたもんさ」


【……】


「短い命だからこそ、その一瞬だけ高く燃え上がる炎はどの種族よりも儚いが、それを私は強く美しいとも思った。だからこそ、私はそいつらが吹っ掛けてくる喧嘩けんかを何よりも好むのさ! おい、ルーザ!」


「……っ!」


 不意に名を呼ばれ、ビクッと肩が跳ねる。酒呑童子はヴォイドに薙刀を向けながら、オレにニヤッと笑いかける。


「こんな臆病者にいつまでうじうじしてんだい! それでもこの私の膝を付かせた好敵手か。その御魂に宿る蒼い業火、今こそ燃やさなくてどうする!」


「……知れたこと!」


 ヴォイドが腕を払ったことで酒呑童子の身体は吹っ飛ばされてしまったが、してやったりとばかりにその不敵な笑みは消えなかった。空中で体勢を立て直して着地し、そのままオレらの元へと戻ってきた酒呑童子と仲間達と顔を見合わせうなずき合い、ヴォイドと対峙し、ルージュと改めて向き直る。

 ────まだ、終わっちゃいない。ルージュを正気に戻し、ヴォイドには一矢報いるために。未熟でも、未熟ながらに精一杯抗ってやる……!



 そう気持ちを新たにオレらはそれぞれ武器を構え、目の前の強大な敵に向かっていった。

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