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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第12章 暁天繚乱ーOld Tellerー
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第147話 我、破壊者ナリ(2)

 

【愚カナ……我ノ前デハアラユルモノガ無力ニ等シイ】


 ……が、ヴォイドは大剣が迫ってきているというのに、少しも動じていなかった。感情など、まるで彼方に放り出してしまったかのように。言葉は嘲るものであるというのに態度が一切一致しておらず、その空虚さがより不気味に感じられた。

 そして大剣がヴォイドを引き裂こうとした瞬間……ヴォイドはその枯れ枝のような腕をかざすだけで、いとも簡単にオスクの攻撃を受け止めてしまった。


「こ、いつっ……!」


【我ハ虚無……我ノ前デハ如何イカナル力モ通用シナイ。大人シク退ケバ苦シムコトナク葬ッテヤロウ】


「誰がっ、退くか! テメエだけは、ここで潰すッ‼︎」


【ナント浅マシキコトヨ……我ニ歯向カウトドウナルカ、身ヲモッテ知ルガイイ】


 大剣を受け止めているヴォイドの腕が僅かに動く。

 それに気付いた時にはもう遅い。次の瞬間、オスクの身体は吹き飛ばされ、地面に背を思い切り叩きつけられた。


「お、オスクさんっ⁉︎」


「ぐっ、このっ……!」


「馬鹿、たった一人で相手に出来る敵じゃないだろ!」


「うるさい……邪魔、するナッ……!」


「……ッ‼︎」


 オレは今度こそオスクを止めようとその肩を掴もうとしたが、殺意がこもった目で睨まれたことで手が引っ込んでしまう。

 今まで向けられたことのない眼差しだった。オスクとは散々小競り合いをしてきたが、それでもそこには絶対に殺気なんて無かった。だが、今は違った。鋭い、刃物のような……それこそ、手出しすればすぐさま切り捨てるとでも言わんばかりのもので。


 ……オスクは今、確実に正気じゃない。いくら『滅び』の元凶を目の前にしてるからといって、この殺意は異常だ。原因は分からないが、何にせよ止めなきゃマズいことになりそうな予感がする。

 あのまま放っておいてはオスクがオスクでなくなってしまうような……そんな予感が。


「くそッ……来い!」


「オスクッ……!」


 諦めずに手を伸ばしたが、オレの手はまた何も掴めなかった。再びヴォイドに一人で向かっていってしまったオスクは、暴走したまま魔力を高ぶらせて今は持ち得ない長い後ろ髪を出現させる。

 ルージュの『裏』とやり合った時、一度見たことがあるものだ。やはりあの時見た光景は見間違いじゃなかったんだと分かったが、状況が最悪なのは変わらない。


「『ゲーティア』‼︎」


【……成ル程、貴様ガ「ソウ」ナノカ。ダガ、我ノ前デハ無意味】


「ほざけ‼︎ ここで潰す……絶対にッ……!」


 オスクが放った闇をすぐに掻き消してしまうヴォイド。オスクの力も強化されているというのに、全く意味を成していない。

 そもそも相手が相手だ、真っ正面から突っ込んでも返り討ちに遭うだけ……それは考えればすぐ分かることの筈なのに。理性が削がれ、ただ殺意に翻弄されるままにオスクはヴォイドを潰すことに執着してしまっている。


【我ノ脅威トナルソノ前ニ、芽ヲ摘ミ取ラナケレバナラヌ。ココデチ果テロ……】


「テメエだけはあァァアッ‼︎」


「……! なりません、オスク様!」


「オスク止めろ‼︎」


 今までピクリとも動かなかったヴォイドの身体がゆらりと不気味に揺れる。何かしてくるのは明白……しかしオスクは気付いている気配すらない。


 オレらが止める声も、今のオスクには届かない。ドス黒い魔力を帯びたヴォイドの手が、オスクに迫り────





「────『ブレイク』!」


「なっ……」


「ルージュ⁉︎」


 ……が、ヴォイドの攻撃はオスクに当たる前に掻き消された。瞬時に割って入ったルージュによって。


「ぐっ……だ、めっ……!」


「……っ! お前、『裏』が……⁉︎」


 しかし、攻撃は確かに弾いたというのに何かから抵抗するように表情を歪ませるルージュ。

 今、使ったのは絶命の力だ。使い過ぎるとどうなるかはオレが一番よく分かってる。ルージュが今、出ていかないように抑えようとする存在なんて「それ」しか思い当たらない。


「流石に、絶つ対象の力が強くて……ギリギリセーフみたい。あと少し加減を間違えてたら危なかった、けど」


「ぐ……な……?」


「……それは私だけじゃない。とりあえず、えいっ!」


「いてっ⁉︎」


 ベシッと響き渡る痛々しい音。その直後、オスクは弾かれたように頭を抱え、その拍子に伸びていた後ろ髪も消滅して元に戻る。

 その音を発した張本人は剣を逆手に握っており……どうやらオスクの後頭部を剣柄で引っ叩いたらしい。そして、殴られた本人はようやく我に返ったようで、ぽかんとしながらルージュを見据えていた。


「何度も迷惑かけてきた私が言えた義理じゃないけど……これだけは言わせて。一人で突っ走らない、ちゃんと周り見る!」


「え、はぁ……?」


「なんでオスクがあそこまでアイツを倒すことに執着したのかはわからない。そりゃあ、『滅び』の元凶だから仕方ないかもしれないけど、まずは落ち着くの。じゃないと、私の二の舞になっちゃうから……」


「……っ」


 苦しげに絞り出したような、それでもはっきりと紡がれたルージュの言葉にオスクは少しばかり驚いたような反応を見せる。

 感情に任せるばかりに一人で突っ走って、暴走して、挙句自分が壊れかけた経験があるからこその言葉だった。それを知っているオスクも、言い返すことなく大人しくその言葉を受け入れる。


「『滅び』と戦ってるのはオスクだけじゃない。オスクから見れば、私達は未熟者で頼りないかもしれないけど……支えることぐらいは出来るから」


「……」


「アイツを倒したいのはみんな同じ。だから、一人で全部抱え込もうとしないで?」


「……悪い」


 ルージュの、場違いとも思えてしまう程の優しい説教によって、やっとオスクは冷静さを取り戻した。あの殺気立った眼差しも、今はもうない。普段より大分しおれてはいるが、そこにいるのは確かにいつもの、オレらの頼れる保護者であり、オレにとっては悪友とも呼べる存在である大精霊だった。

 ルージュはそれに満足そうに微笑むと……不意に振り向き、馬鹿にしたようにオレらを見下ろしているヴォイドをキッと睨みつける。


「やっと、やっと対面出来たんだ。未熟者で、王笏も不完全な今じゃ倒しきれないかもしれないけど……ここでお前を見逃すわけがない。未熟なりに抗って、せめて一つだけでも傷痕を付ける……!」


「あ、ああ! やられっぱなしでたまるかよ!」


「貴様には都合のいいように利用してくれた借りがあるからな。あの時は油断したが、今回はそうはいかない。貴様の喉笛を噛みちぎってくれる……!」


 ルージュが剣を突き付けたことを合図に、仲間達もそれぞれ武器を構え、いつでも応戦出来る体勢を取る。

 あのヴリトラですら、軽く振り払えるような奴だ。それに匹敵する力がある酒呑童子と、オレらの力を合わせても敵うかどうかは分からない。それでも世界を脅かす災いの元凶が今目の前にいるんだ、逃げ出そうとは思わない。

 ここで少しでも奴の戦力を削ぐことが出来れば、侵攻を少なからず抑えられるかもしれないのだから。


 だが……ヴォイドは、そんなオレらの覚悟を嘲笑うかのように揺らめく。


【滅ビユクノハ定メラレタ運命……滅ビハ万物ニ平等デアリ、何者ニモ逃レルコトハアタワズ。抵抗シタトコロデ徒労ニ終ワル……苦シミヲ望マヌノナラバ、今スグ平伏セヨ】


「ふん、誰がそんな馬鹿げた話に乗るというんだい。私は喧嘩と酒があればいいとは思っていたが、お前のような身勝手を押し付ける輩をのさばらせておくのは何とも不愉快だ。『滅び』だか何だか知らないが、すぐ降伏を命じる辺り臆病なもんだねぇ。私がその捻じ曲がった根性、直々に叩き直してやるとしよう」


「ええ……苦痛から逃れたいがために、貴方の言いなりになるのは一生の恥です。ここに集った皆が皆、苦痛を覚悟した上で立ち向かおうとしているのです」


小癪コシャクナ……ナラバ、ソノ愚カナ選択ヲ身ガ朽チ果テルマデ悔イルガイイ。……破壊出来ル『モノ』ハ我ダケデハナイ】


 そう呟くと、突如ヴォイドのフードに包まれた顔らしき部分がぐらりと傾き、ある方向へと向く。そしてその視線が指す先にいるのは……自分のすぐそばで剣を突きつけるルージュが。

 破壊出来る『モノ』……まさかそれは、


【サア……サラケ出セ】


「え────」


「しまっ……!」


 一瞬だった。ドス黒い魔力……いや、瘴気という方が近いそれを帯びた腕がルージュに向けられ……



 ────バキンッ、とその懐にあった白い結晶が粉々に砕け散った。

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