第147話 我、破壊者ナリ(1)
「っと、ここは……」
茂みを抜けた先、そこはだだっ広い荒地だった。
あるのはゴツゴツとした石や岩ばかりで、雑草の一本も見当たらない。辛うじて隙間から覗く土の地面はヒビ割れ、水分が全く無いことを示す。奥には木もあったが……葉なんて一枚もなく、唯一残っている枯れて黒くなった幹だけが寂しげに佇んでいる。
雑草が伸び放題だった茂みも凄まじいとは思っていたが、ここはそれ以上だった。まるでここだけ生命力が吸い尽くされてしまったように……この周囲だけ異様なまでに荒れ果てていた。
「なんだ……ここ」
「ふん、ようやく到着か。こんな時でものろまな奴らめ」
「……」
……最早すっかり慣れた憎まれ口に、オレは若干うんざりしながら振り返る。
確かめなくても分かる。島に突入するなり、酒呑童子と一緒になって単騎特攻をかけていってしまったレオンとようやく追いつけて、向こうもオレらが到着したことに気付いたようだ。
「やあっと見つけた……。もう、少しは後ろ気にしなさいよ」
「フン、敵を前にしてグズグズしている暇はないだろう。ましてや『滅び』相手に、一瞬でも気を抜けば命取りになり兼ねないというのに」
「そうかもしれないけど……もうちょっと、ね? 連携しようっていう気持ちくらいあってもいいんじゃないの?」
「ふぅむ、そこの小童と意見が合うとは不愉快だけど、目的を果たすなら急いだ方がいいとは思うけどねぇ。何やら嫌な予感がする」
「ん、そりゃ『滅び』の結晶があるから嫌な雰囲気がすんのは当たり前だろ。酒呑童子、あんたは見たことがないから仕方ないとは思うが」
「いんや。その結晶とやらがどんなものか私は確かに知りもしないが、そんな石ころでは収まらないような強大な邪気がここを中心に発されているんだよ。鼻先がチリチリする……この私でも恐怖を覚える程にね」
「……っ!」
酒呑童子のその言葉によって、仲間の空気が一気に変わる。酒呑童子が恐怖を覚える程の敵がいるなんて相当だ。
直接斬り合ったオレだからこそよくわかる。戦いの時にこいつはいくら自分の身に刃が突きつけられようが、衝撃波が迫ってこようが一切動揺を見せず、寧ろ傷付くことこそが生きてる証だと喜んでるような奴だ。そんな恐怖の概念がオレらとは外れまくっているこいつが、ここに乗り込んできてオレらと同じように『滅び』の邪気に臆しているだなんて。
……ここに、元凶は確かに存在する。しかも今までに類を見ない大物が。
「この気配は……あの時と似ている。ヤツと対面した時とまるで、」
「いいから先行くぞ。そこで答えは分かる」
レオンが思案を巡らそうとするのを遮って、オスクが一歩前に踏み出す。
オスクの言う通り、色々考え込むよりも実際に自分の目で確かめた方がいいに決まってる。その言葉を合図に、オレらは元凶のある場所へと急いだ。
「あ、あれ!」
「あいつらは……っ!」
そうして進み始めて数分も経たない内に……果たしてそこにはいた。ルージュの指差す先に、倒れ伏している数人の妖精達が。
「あっ、あの妖精達って……!」
「ええ、きっとモミジさんの!」
「おい、大丈夫か⁉︎ しっかりしろ!」
イア達が咄嗟に駆け寄り、妖精達に呼びかける。……が、妖精達はいくら声をかけても、肩を叩いても全く反応が無い。
妖精達に手を出されていることも可能性として最初から考えていた。しかし、こうして何をしても応えることなく、気を失っている原因までは不明だ。オレの大精霊としての力の効力のせいか、生きていることだけはわかるのだが……。
「……どうやら、催眠の術の類で眠らされているようです。しかし、術によって精神そのものを縛られている……この者達が覚醒する気配を見せないのはそのせいでしょう」
「チッ、やっぱ元凶を潰さねえと駄目なのか……!」
「……っ、何か来る。構えろ!」
「……っ!」
シルヴァートにそう指示されたことで、オレらは一斉に武器を構える。シルヴァートの視線の先……島の北端である崖から、一つの影が音も無くぬらりと現れる。
「あ、アイツ、は……!」
レオンの赤い目が、驚きで見開かれる。
現れた影……その姿は、ボロボロの黒いローブのようなものに身を包んだ、人型の『何か』だった。袖らしき部分から覗く腕と思わしき部位はドス黒く、骨に皮が張り付いているだけのよう。肝心の顔といえばフードに隠れ、その中にある闇はどこまでも暗く、見ることは叶わない。
そして……そこから漂ってくるのは、どこまでも淀んだ邪気。精霊のような形はしているが、正確には精霊じゃないだろう。もっと禍々しい……辛うじてその形に留まっているだけのように思える。
その出で立ちは醜悪で、見るに堪えない────まさに災いそのものというべきもの。だが、圧倒的なプレッシャーだけははっきりと感じられる。
「貴様はっ、あの時の……!」
「や、やっぱりあの精霊が……!」
そいつを見たレオンの言葉から、もう確信出来た。
こいつは以前、アンブラ公国でレオンを脅してカーミラの屋敷にけしかけた張本人。そして、『滅び』の真の元凶として疑っていた存在……
【我ガ領域ヲ荒ラスモノ……今スグ立チサルガイイ】
「……っ」
やっと聞いたそいつの声は、何重にもノイズをかけたような醜いものだった。
言葉として受け取れるのが不思議なくらいな程だった。耳元にいつまでもこびりつき、ぐわんぐわんと頭の中で響き続ける不快さがある。無理に聞き取ろうとすれば表情が嫌でも歪み、思わず耳を塞ぎたくなる衝動に駆られる。
「くっそ、何が領域だよ! 勝手に入ってきて勝手に手ェ出しやがって!」
「そうだよ! 今すぐここから出てって!」
【笑止。貴様ラニ選択ハ許サレナイ。弁エヨ……貴様ラハココデ朽チル運命ナノダ】
「数千年と生きてきたが……なんだい、コイツは。色々ぐちゃぐちゃに混ざり合ってまるで訳がわからない。『個人』として存在しているのが不思議なくらいじゃないか。まさに化け物だね」
【如何ニモ、我ハ愚カナ生ケル者ニ非ズ。我ハ『ヴォイド』────我、破壊者ナリ。万物ニ滅ビヲ与エシ者】
「……っ‼︎」
はっきりと、そう告げられた。ヴォイド……則ち、虚無。そいつこそが、『滅び』の真の元凶であると。
疑ってはいた。覚悟もしていた。だが、こうしてしっかりと言質を取れたことでその意味合いは大きく変わる。
「あ────お、まえ、が」
「え?」
「テメエ、がっ……!」
「オスク……?」
オスクの覚束ない言葉に疑問を覚え、振り返ってみると……オレは凍りついた。
オスクが、今まで見たこともないような殺気立った眼差しをしていたから。紅い目がギラリと鋭く光り、足元からドス黒い闇が這い出してきている。それこそ、目の前にある『滅び』と同じくらいの濃さを孕んで……
「テメエがああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ‼︎」
……このままじゃマズい。本能的に危険を感じ取って咄嗟に手を伸ばしたが、間に合わない。オレが止める前にオスクは空気すらもつんざく怒声を上げて一気に大剣を引き抜き、ヴォイドの元へと一人で走っていってしまった。
そして我を忘れたまま、オスクは大剣をヴォイド目掛けて振り下ろし────!




