第146話 赤散らす花魁道中(1)
モミジとフユキと別れてから、オレらはカグヤの転移の魔法で目的地であるオイラン島から最も近い港まで移動した。
そこでオレとルージュはオーブを使ってそれぞれオーブランと、ドラゴンのフレアを呼び寄せる。そして2体の背に跨って島まで飛行してもらい、オレらは無事にオイラン島へ侵入を果たした。
「ふう。ここまでは無事に来られましたね」
「……それがかえって不気味だけどな」
フリードは到着できたことにほっとしているが、オレは不安が拭いきれない。
飛行している最中、敵からは何の迎撃も無かった。島に近づいて行く度に、『滅び』の淀んだ空気は嫌でも強まってきていたというのに向こうからのリアクションは一切無し。まるで早く来いとでも言わんばかりに無傷なのはもちろんのこと、武器だって一度も抜かないまま島に辿り着いてしまった。
これは何かの罠なのではないか……そう思わずにはいられない。
そんな風に、意識しなくても後ろ向きになってきてしまう気持ちをなんとか切り替えようと、オレは辺りをぐるりと見渡してみる。
ここがオイラン島……成る程、空を覆うどんよりとした分厚い雲といい、頬を撫でる生暖かい風といい、良くないものが潜んでいそうな雰囲気が嫌でも漂ってくる。雲のせいで日が射さないために、吸血鬼であるカーミラも問題なく歩けるものの、それが返って不安を煽る。
それに、この島自体も。妖精の手が入っていない土地はあちこち雑草が好き勝手に伸びまくって荒れ放題で、お世辞にも綺麗とは言い難い。道だって当然整備されてないから、進むだけでも苦労しそうだ。
「ったく、なんでこんなところで最期迎えたいと思ったんだか……」
フユキから聞いた、この島の名前の由来となったオイランとかいう妖精の話を思い出してため息をつく。
崖に身を投げるような奴だ。誰にも見られたくなかったんだろうが……オレはこんなところでくたばるなんて真っ平御免だ。
「フレアもオーブランも、この島の空気は気分が悪いみたい。ここにいるだけで頭がクラクラしてくるって」
「魔物の方が『滅び』の影響を受けやすいのかもな」
オーブランとドラゴンの様子を見てみると、ルージュの通訳の通りに2体はぐったりとしていた。ここまでの飛行疲れもあるだろうが、大型の魔物で体力も高い2体がここまで消耗するのは異常だ。やはり元凶の存在がこいつらにも悪影響を及ぼしているようだ。
こいつらの力を借りられるのはここまでか。まあ、どのみち元凶は自分達の力だけで叩き潰さなきゃならないし、今も辛そうな2体にこれ以上無理させるわけにはいかない。
「ありがとな。お前らの仕事はここまでだ、もう戻っていいぞ」
「これ……取っておいた木の実だけど、良かったら廃坑にいるみんなと食べて。オーブランも」
ルージュから協力の見返りとして木の実を貰った2体だが、心配そうに鳴き声を上げている。
こんな気分が悪くなる場所にいるオレらのことを気遣ってくれているのだろう。オレは礼代わりに2体の頭をそっと撫でた。
「ありがとな。だが、オレらだってそう簡単にくたばるつもりはない。全部片付いたら、また様子見に行くから」
渋々、だったのかもしれないが、2体はその言葉でようやく納得したように後ろに下がる。すると、2体の周囲に魔法陣が現れ、光が2体の身体を包み込み……それが晴れるとあの巨体はすっかり見えなくなっていた。
これであいつらはそれぞれ元いた場所に戻った筈。さて、次は……
「……どうやら互いにここまでは無事に辿り着けたようだな。まだ進んではいないが、喜ばしいことには変わらない」
「っ!」
聞き覚えのある声にハッと振り向くと、そこには長い銀髪をたなびかせながら新月の大精霊であるシルヴァートが佇んでいた。
水鏡で姿を見ることは度々あったが、こうして直接顔を合わせのは前回シノノメに来た時以来だ。オレらの無事を確認して、シルヴァートもホッとしたように息をついている。
「よお、堅物。久々に対面したけど、そのしかめっ面は変わってないっぽいな」
「久方ぶりに再会したというのに、第一声がそれか。……まあよかろう。それにしても、我らがどれ程手を尽くしても見つけられなかった元凶の在処をこの短時間で掴んでしまうとは……相変わらず、末恐ろしい男だ」
「だーからみっともなく縋り付いたんだろ? 全く、ヒト使い荒いったらありゃしない」
「フッ……お前ならきっとまやかしに屈さず、真実を見抜いてくれると判断したまでだ。無論、それは今まで幾度も災厄と対峙してきたお前達も」
シルヴァートはオレらに優しく微笑みかけてくれた。
シルヴァートに頼りにされている、それは素直に嬉しかった。オレらははそれぞれ、自分が未熟者だということは自覚しているが、それでも役に立てることがあるのだということが分かって。
「ククク、こいつは壮観! まさか姫さんだけじゃなく、その対である大精霊までここに来ていたとはねぇ。益々この先の喧嘩が楽しみになってきたよ」
「其方が酒呑童子か。噂は耳にしていたが……成る程、あの玉藻前に劣らぬ力を持っていることは間違いないな」
「あの化け狐と一緒にしないでおくれ。同じ妖といえど、あんな醜態晒した奴と同列に並べられるのは屈辱でしかないからね」
「ふむ、それは失礼した。短い時間ではあるが、其方と歩みを共に出来ること光栄に思う」
シルヴァートと酒呑童子も一応は挨拶を済ませる。両者の間にはそれ以上交わされる言葉も握手も無かったが、2人ともそれで満足のようだ。
後は……そうだ。ここに加わるべき奴はもう一人いた。
「さーて、この辺りがいいかな。そらよっ、と!」
オレが何か言う前に、オスクはさっさと適当な木陰に移動していた。そしてゲートの術で異界を繋ぐ魔法陣の門を作り、その中心を足で蹴破る。
するとそこから光が溢れ出し……その中から見知った人影が出てきた。
「……ふん、ようやく到着か。全く待ちくたびれた」
マントを翻しながら魔法陣の中から出てきたのはレオンだ。相変わらず口の減らない奴だが、その表情はもう既に覚悟を決めたものとなっていた。
「もう、あなたってヒトはいちいち文句言わなきゃ気が済まないの?」
「文句を言われるような状況を作る貴様らに落ち度があるだろう。僕を責める暇があるならもっと精進しろ、この失格吸血鬼が」
「ほんっと可愛げないんだから……」
「ま、まあまあカーミラさん。今はそんな場合じゃないないから」
「ああ……これで役者は揃ったな」
オレとルージュとオスク。エメラとイアに、フリードとドラク。カーミラとレオンに、カグヤとイブキ。それとシルヴァートと……そして酒呑童子。全部で13人。これだけの人数が『滅び』を倒すために集まったんだ。
オレらも浴衣からいつもの服装へと切り替え、準備は万端。もう立ち止まっている理由はない。絶対に、勝つ。勝って、無事にモミジ達の元へと戻ってやる……!
「行きましょう、もう災いの好きにさせてはなりません」
カグヤのその言葉で、オレらは島の奥を目指していく。
合戦が、いよいよ始まる────




