第145話 切り札は最後まで取っておく(4)
……店からぞろぞろと一行が出て行くのを見送るモミジとフユキ。やがてその後ろ姿が見えなくなったところで、モミジは大きく振っていた腕を下ろす。
「行ってしもうたなぁ。何か寂しいけど、こればっかりは仕方ないことやね。フユキはん、理由は分からんけど残ってくれておおきにな」
「いやいや、俺も話相手がいるのは退屈しませんからね。店主さんからもいい情報貰えそうですし」
「お、ウチのことまで商売道具にする気? 言うとくけどなぁ、ウチはフユキはんが思うほど安くないんよ。精々覚悟しとき!」
「あはは、どうかお手柔らかに」
「でも、一体何のために残ったん? あの鬼さんの攻撃受け止めるくらいやん、フユキはんもめっちゃ強いと思うんやけどね。それやったら、一緒に行った方がええんとちゃう?」
「それも考えたんですけどね……これも依頼ですから。さて、と」
ふと、モミジとの会話をやめて周りを見渡すフユキ。
そこには妖精や精霊達が行き交い、買い物に勤しみ、2人と同様に会話を楽しんでいる光景が広がっている。これだけ見れば、それぞれが何の変哲も無い普通の日常を送っている穏やかな景色だ。
……だが穏やかだからこそ、そこにある異常はよく目に付くものだ。
「えっと店主さん、お茶用意していただけませんかね? 喉乾いちゃって」
「うん、どないしたの急に? ええけど、さっき出してからそう時間経ってへんやん」
「いやぁ、喋ってるとどうしても。あ、なるべくゆっくりでいいですよ」
モミジはフユキのおかしな要求に首を傾げながらも、お茶を用意しようと店の奥へと戻っていく。フユキはそれを見届けると、再び通り側へと視線を移す。
そしてその先をジッと見据え……さっきまでとは打って変わり、フユキの声は氷のように冷たい声を発した。
「……ねえ、こそこそ隠れてないで出てきたら? そもそもさ、俺だけじゃなくて割と複数人にバレバレだから」
そう言い放つと……人混みを掻き分けてゆらりと現れる影が一つ、二つ、三つ。次々と影は現れ、その数を増していく。
その影の姿形は妖精ではあるが……その目は虚ろで、どんよりと深い闇に覆われ、正気ではないことは明らかであった。
「あちゃー、意外と多かったな。まあ、数増えようが変わらないからいいけど。それだけ敵さんも大人しく待ってるわけが無かったということかな?」
囲まれているというのに、フユキは一切動揺を見せない。そればかりか相手を観察し、出方を冷静に分析し始める程だった。
「何でバレたか、教えてあげようか? さっきの吸血鬼さんの話じゃ、島に『特に』気配を感じたって言ってたんだ。それはつまり、その島じゃなくても気配自体は感じていたということだ」
そこまで言うと、フユキはやれやれとばかりにため息をつく。
「大体ね、こんな街中で俺が斬りかかられたっていうのに、君ら注目する程度でちっとも騒ぎ立てないんだもの。それにあの時、酒呑童子様の頭巾取れかかって角が見えてたってのに驚きゃしないし。単に見逃した線もありだけど、あれだけ注目されてる中でそれは不自然すぎる。シノノメであの角の意味知らない奴なんていないだろう? 隠れるならもっと上手くやりなよ」
自分達の正体がバレた理由を次々に並べ立てられ、影達は少なからず動揺したような反応を見せる。フユキはそれを見て肩をすくめ、再びため息を一つ。
「わかった? ちょっと観察すればすぐ分かるんだよ、こんな子供騙し。全く、こんなになってもその他大勢は見向きもしないなんて、幻でも見せてるの? どういうわけか俺には効いてないっぽいけど。残念でした」
そう軽口を叩きながら、フユキは手元に冷気を集めていく。そして次第に冷気は氷と化し、やがて大きくなり……何かを形作っていく。
それは柄を成し、それを軸に刃が現れて、みるみる内に武器となる。しかしその武器は刀のような片刃の形をしていなかった。
「さっきまで聞き込みをしてた時も色々引っかかっていたからね。この国、最近やけに失踪者が多いそうじゃない。それなのに近しいヒトまで俺が指摘するまで気付いてなかったみたいだし。そのヒト達、なんて言ったと思う? 『さっきまでそこにいたのに』……だってさ。ずっと幻見せられて、あたかもずっと一緒にいるかのような気にさせられてたんだ。全く悪趣味だよね」
氷を構えつつ、フユキはそう呟く。
誰も返事をしない、相槌をうたない中でのこの言葉は最早独り言だ。元々、フユキも敵に聞かせるために言葉を紡いではいなかった。それは今置かれている自分の状況に重ねていたことからくる言葉であったから。
「気付かれないなんて一番寂しいことだと思うよ。気付いて欲しいのに、そのまますれ違いで終わっちゃうなんてさ。でも、いきなり真実を伝えても相手は戸惑うだけだから……強くは出られない。それって悲しくないかな」
影は相変わらず何も答えない。それでもフユキが武器を構えたことで、そこから漂ってくる殺気は明らかに強くなっていた。
「だから、精々ここでは俺を潰すために全力でかかってくるといいさ。でも俺には生憎この夜を明けさせるまでの力は無いからね。それは『向こう』の役割りだ、せめて夜が明ける前に全部片付けよう」
フユキは影に切っ先を突き付ける。そしてゆっくりと目を閉じ、その瞼の裏の向こうに「あるもの」を思い描く。
「師匠、貴方の技を使わせてもらいます。だからどうか────」
その呟きに続く言葉はなんだったのか。それは誰にも知られることなく終わる。
別れた双方は、互いにもう一方がどんな行動を取っていたのかは知ることはない。しかしそれでも、その心だけは一致していた。
災いを退けるため、この国に真の意味で夜明けをもたらすため……双方はそれぞれの得物を握りしめ、駆け出していく。




