第145話 切り札は最後まで取っておく(3)
「……ここだ、吸血鬼殿の情報に合致する島はこの『オイラン島』しかない」
『ふむ……丁度僕が見てきた島と、形も方角も一致する。その島で間違いないだろうな』
「よ、よりによってその島かいな。嫌な一致の仕方やね」
「ふぅん、オイラン島ねぇ……。納得するところではあるけどね」
「ん、どういう意味だよ?」
その『オイラン島』やらがイブキの口から告げられた瞬間、モミジやも表情を不安そうに歪め、酒呑童子でさえも思うところがあるように眉をひそめる。
どうやらこの島、ただの島ではないらしい。カグヤも、妖であるフユキさえも顔色を変えたくらいだ。恐らく曰く付きという言葉では片付けられないような……そんな『何か』が、この島にはあるのだろう。
島のことをよく知らないオレらを見兼ねてか、フユキが「じゃあ、オレから説明するかな」と口を開いた。
「この島は元々、何の変哲も無い島だった。だけど昔、生きるのが嫌になったらしいオイランという女の妖精が崖に飛び込んだらしくてね……。その飛び込んだ淵が後にオイランと名が付いて、島もその名前になったのさ」
「うわ……」
「話はまだ終わりじゃない。それからというものの、その淵に近づくと急にそこへ身を投げたくなるらしくてね。……まあ俺が考えるに、その女妖精の魂が妖よりタチの悪いものになっちゃったってとこだろうけど」
「ひいっ……!」
「相変わらずこういうの駄目なんだね、エメラ……。ともかく、その話が今でもシノノメに伝わっているということは、まだその島に悪霊が存在してるってことかな?」
「だろうね。じゃなきゃここまで話が広がらないし、そんな悪霊が自然に成仏してくれるとは思えない。全く、自分から飛び込んだ割に現世に未練たっぷりなんて可笑しな話だよね」
「そんなことで片付けられるなら苦労してないだろ。てかそんな話、明るい顔しながら話すものでもねえって……」
「あー、ごめんごめん。生憎、こちとら妖なんでね。直接斬られても平気だと、なんか『死』に対しての見方がズレちゃうというか」
お顔真っ青でガクガクと震えるエメラとは対照的に、しれっとなんでもないような顔で語るフユキ。態度こそ親しげではあるが、やはりそこは種族の違いというべきか……酒呑童子と同様にオレらとは考え方も異なるようだ。
だが、この話を聞いて可能性程度だったものが確信へと変わる。そんな曰く付きの島ならば、妖精や精霊もまず近づこうとしない。隠れ場所としてはこの上なく最適な場所なんだ。
問題は飛び込みたくなるという淵だが……避けて通るしかないな。
『フン、どうやら行き先が決まったようだな。ここまで人数と情報を揃えておいて敗走するなど以ての外だぞ』
「分かってるっての。それで、お前はどうすんのさ吸血鬼。お前に任せた仕事は終わったし、ここからは自由だけど」
『決まってる、僕も貴様らと共に行く。災いに爪痕の一つでも残さなければ気が済まない』
どうやら、ここから先はレオンも同行するらしい。いつものメンバーである8人と、イブキとカグヤ。そこに酒呑童子とレオンも加わり、後でシルヴァートとも合流するから……合計で13人。作戦としても今までで一番大掛かりなものになっていたが、その人数も過去最高だ。
分かってはいたが、それだけこの戦いが今後を左右することなのが改めて分かる。今までで唯一、『滅び』に関わる事件で被害を出してしまったことだ。……必ず、勝って帰らなくては。
「へえ、大分賑やかになりそうだなぁ。なら、か弱い俺はここで大人しくしてますかね」
「嘘付け、お前だって相当手練れだったろうが」
「いや〜、あれはあくまで護身程度だって。自分から突っ込んでいくなんて無理無理。今まで護ることしかしてなかったし」
「そっか、護ることなら……」
「ん……?」
ルージュが、不意に店の外に視線を向けながらそう呟く。何か気がかりなことがあるように……その紅い瞳に、何か決意をしたような感情を写しながら。
「ねえ、フユキ。護るだけなら大丈夫なんだよね?」
「ん、そうだけど。それが何か?」
「……なら、モミジさんを守ってくれないかな? みんな出払っちゃうから、今の状況下で一人残すのもどうかなって」
「……ああ、そういうこと。いいんじゃない、お前が待ってる間の暇つぶしにもなるし」
「……へえ。優しいんだね、君は。オスク様からもお願いされたところ悪いけど、流石にタダでは動けないなぁ。君は対価に何を支払ってくれる?」
「え! えっと……」
「この国でいいじゃん。この国を必ず救って帰ってくる、それで充分な対価になるっしょ」
「あははっ! 流石は大精霊様、これはまた随分大きく出るね。いいでしょう、その話乗った。責任持ってここを守ってるよ」
フユキはそんな対価にならないような対価を提示されながらも、笑いながらルージュの願いを聞届ける。
が、オレにはその意図も理由もさっぱりわからない。一体何故、ルージュは急にそんなことをフユキに頼んだのだろう。
「では、わたくし達も参りましょう。一刻も早く、災いを退けなくては」
「おっ、ようやく突入かい。全く待ちくたびれた。精々その災いとやらに楽しませてもらわなきゃねぇ?」
「お、おい、さっきのは一体……?」
「ハイハイ、いいからとっとと行く。……ま、一つ言っておくとすれば、他人の話はよーく聞いとくんだね」
「はあ?」
訳がわからず、オレも他の仲間も揃って首を傾げる。メンバーの中で唯一、ルージュの意図を理解してるらしいオスクがそう言ったものの、それだけでは当然分かる訳がない。
だが、カグヤがさっさと出発の準備を済ませてしまったことで、いよいよのんびりしていられなくなった。オレも出遅れる訳にはいかず、渋々オスクに従うことに。
目的の、元凶が潜んでいるらしい『オイラン島』を目指して……オレらは店の出口へと向かった。




