第145話 切り札は最後まで取っておく(1)
合戦だと、カグヤは言った。その表情は穏やかな雰囲気が鳴りを潜め、まるであの時の────オレらを試すために自らが矛を向けた時と同じものだった。それはつまり、カグヤの本気を示している。
それはオレらも同じ。今まで騒いでいたが、ふざけている場合でないことを全員が察して、表情も真剣なものへと塗り替わる。とりあえずここでは目立つからと、フユキも含めてモミジの店に上がらせてもらうことに。
「こんな大人数だと客間一つで収まるか微妙やね。ちぃと窮屈やけど、勘弁してな」
「いえ、中に入れてもらえるだけで助かりますから」
「ええんよ。ウチの商売仲間助けてもらうんや、これくらいせんと対価にならんやろ?」
礼を言うルージュに笑いかけながら、店の看板を片付けるモミジ。話を邪魔されては堪らないと、わざわざ早めに店仕舞いしてくれてまでオレらに協力してくれていた。
モミジも表では明るく振る舞ってはいるが、内心不安で仕方ない筈。これは意地でも失敗できないな……。
そうして店仕舞いを終えたモミジに店で一番大きな部屋に案内され、オレらはそこで話し合いを円滑に進めるために全員の顔を見渡せるよう輪を作って座る体勢を取る。そしてオスクが一人一人の顔を視認し、「よし」と確認の声を一つ。
「さて、早速始めるとしますか。さっさと済ませた方がいいっしょ」
「それはいいんだけどねぇ。私は話し合いに参加するつもりは無いと言っていたからね。だけどそこの小童までいるのは気に食わない」
「あらら、随分嫌われちゃったようで。大精霊様といい、俺ってそんなにいけ好かないかな? あんまりいじめられると悲しいんですけどね」
フン、と不機嫌そうにそっぽを向く酒呑童子に対して、困ったように眉を八の字にしているフユキ。妖2人の争いは一旦落ち着いたかのように見えたが、そんなことは全く無かったようだ。
フユキはなんとか機嫌を直そうと愛想の良い笑顔を見せているが、酒呑童子の視線は鋭いまま。まだフユキに対しての警戒心が拭いきれてない様子だ。
「まあ、俺も色々言いふらしたことに責任はありますからね。ここに百年もののとっておきの秘酒があります。これで手打ちにしませんか?」
「……フン、ご機嫌取りかい。でもまあ、酒の選定は悪くないじゃないか。今後一切、私に関わることを口にしないと誓うならこの酒を受け取ろう」
「念押されなくても言いませんって。俺だって呪われるのは御免ですからね」
どうやら、フユキが上手く機転を利かせたことで酒呑童子も今のところは許すようだ。
……あんな貴重な酒なんて一体いつ用意したのやら。オレにとっては天敵なために酒の価値なんざさっぱりだが、そんな年代物ではかなりの値が張るだろうに。
「職業柄、恨みを買うことも多いって言っただろ? 保険の一つや二つ、用意しておかなきゃ今頃くたばってるだろうからね」
「それとこれとは話は別だろ……。お前の懐どうなってんだよ」
「それはこっちの台詞。さっき見てない精霊が2人いる点について説明お願いしたいんだけど」
「ああ、これか。説明といわれてもな……」
「さっき薄ピンクと灰色のウサギがいたっしょ? そいつらが変身したってだけ。何らおかしいことでもないじゃん」
「誰がウサギだ!」
「……ふーん、そう」
明らかに馬鹿にしながら説明とも言えない説明をするオスクにすぐさま抗議の声を上げるが、当の本人といえば愉快そうにケラケラ笑うばかり。変身魔法自体は難しいものでもないが、それとは訳が違うのだからこれでフユキの疑問が晴れる訳がないだろうに。
だが、フユキはオレとルージュを興味深そうにじっと見据えた後……何故かそれ以上聞くことはなかった。今まで何かと自分から首を突っ込むような態度だった癖に。何か不自然に思えてしまうのは気のせいだろうか。
「ともかく、災いを退けるために策を練らなくてはならない。カグヤ殿、『あのこと』を先に話しておくべきかと」
「ええ……わたくしもそのつもりでしたから」
「『あのこと』って?」
「……一つ、貴方方に重要なことをお話ししてなかったのです。確かに、『滅び』と失踪した妖精の気配とその足取りは掴みました。しかし……それが途中からシノノメに存在する島という島に分散してしまっているのです」
「え? それって……」
「『滅び』がシノノメの近くに潜んでいることは承知している。しかし、滅すべき元凶がどこにあるのか見当が付いていないということだ」
イブキの言葉に、オレらの目が見開かれる。
そりゃ当然だろう。今までてっきりカグヤ達はもう元凶がある場所を突き止めていて、それを知った上でオレらに協力を要請してきたのだとばかりに思っていたから。まさかその意味が根本からだったとは。
それも、オレらより遥かに上回る力を持つカグヤ達がそこまで苦戦しているというのも驚きだった。
「あ、あの、手間はかかりますが、潜んでいる可能性のある島を一つ一つを調べるというのは……」
「ウチもそれ提案したんやけどなぁ。却下されてしもうたわ」
「何せシノノメにはこの本島を含めて、確認できるだけでも三千余りの島が存在するのでな。しらみつぶしに探り当てるのは現実的ではない」
「さっ……⁉︎」
「もちろん、その中には生き物が踏み入ることが叶わないような、元凶が確実に存在しないと断言できるものも多数あるのだが……いかんせん数が多すぎる。いくつか候補を絞ってはいるが、相手が相手なので直接確認するのは困難なのだ」
「実は、シルヴァートに頼んであるの仕事は監視の他に元凶が存在する島の特定もあるのです。しかし、今も連絡がないということは、」
「……まだ掴めてない、ってことですね」
フリードの言葉にうなずくカグヤ。その表情が申し訳なさそうなのは言うまでもない。
……今まで夢の世界の時のように被害を広範囲に及ぼしていても、あの黒い結晶はただ一つだけだった。今回も同じなら気配が複数あっても、結晶があるのは一ヶ所だけな筈だ。
問題はそれをどうやって突き止めるか、だ。カグヤ達だって、結晶がある場所を特定するのにあらゆる手段を駆使したのは想像に難くない。オレらにできることがあるというのか……?
全員で頭を悩ませている中でただ一人、オスクだけは呆れたようにため息をつく。
「おいおい、なーに難しく考えてんのさ。これだから未熟者は。もっと視野を広く持て、っての」
「ええっと……? そう言うからには、何か打開策があるのかしら」
「その場でなんとかしようとするから駄目なの。なんでカグヤはわざわざ僕らを呼んだ? それはもうこの場で、シノノメで解決はできないってことじゃん。僕らは以前に同じような問題に直面した時、僕らだけができる打開策を実行した筈だけど」
「それって……!」
「やっと気付いた? そもそもさぁ、行く前なんのために裏側へ蝙蝠潜らせたと思ってんのさ。今になってやっとそれが役に立つってわけ」
「お前……まさかそこまで考えてたのかよ⁉︎」
「切り札ってのは最後まで取っておくものっしょ?」
驚くオレらに、ニヤリと笑って見せるオスク。それはまさに型にはまることを知らない、場を引っ掻き回すトリックスターというべき笑みで。
だが、それは決して『支配者』が言うような、『大罪人』という意味ではない。あいつは狡猾でありながらも、そのずる賢さをオレらのために生かしてれる、いざという時はとことん頼りになる『愚者』というべき存在なのだから。
「────このシノノメ公国の裏側、アンブラ公国に答えはある。そして、真実は吸血鬼が知ってるだろうさ」




