第144話 鬼神に横道なきものを(2)
結局、カグヤの変装はオレの白のマントを頭から被ってもらうということで妥協し、本気でルージュの服に興味があったらしいカグヤは少々残念そうにしながらもこれを了承。イア達もようやく落ち着きを取り戻したところで、オレらは酒呑童子を連れて霊峰から下山し始めた。
元々が険しい山だから下山も一苦労だが、行きと同じくドラクの道案内のお陰でスムーズに山を降りていくことができた。道中での酒呑童子が仕掛けていたというまやかしの術も無し。一時間もかからないで、オレらはシノノメの市街地へと戻れた。
「さて、と。これで一安心ね」
「まだ気を緩めることは無いように。お疲れのところ申し訳ありませんが、わたくし達は災いに対抗するための手札を増やしたに過ぎません」
「わかってる。ここからが本番、だろ?」
オレの言葉にカグヤは頷く。その言葉通り、酒呑童子を味方に付けるのはあくまで下準備だ。『滅び』に直接殴り込みにいくのはこれから……安心するのはその後だ。
こうしている間にも、『滅び』はこの世界にじわじわと侵食している。『滅び』に囚われている妖精達も何をされているかわかったものじゃない。早く元凶を叩き潰さねえと……!
「意気込むのは結構だけど、くたびれた身体で立ち向かえるなんて甘っちょろいこと考えんなっての。特にルーザ、傷も癒えてない癖に突っ込むつもり?」
「ん。まあ……確かに表面的なものが治ってる程度だが、のんびりしてられるかよ」
「ルーザさん、悪いことは言わないから少し休んだ方がいいよ。さっき、下山してた時もルーザさんが特に足元覚束なかったから」
「チッ……」
オスクに咎められ、ドラクにも指摘されたことで思わず舌打ちする。
……やっぱり、バレてたか。氷河山の案内妖精で、登山者の状態にも常に気を配っているドラクの目は誤魔化せなかった。ルージュのお陰で痛みは無いのだが、疲労は流石に魔法でも誤魔化しは効かない。それが、下山の時に表に出ていたようだ。
魔法でカバーできなかった分のダメージも事前に用意しておいた薬で回復してはいたのだが、それでも全快とまではいかないし……わかる奴にはそれがわかってしまうのだろう。
「一度、モミジの元へ戻ろう。元凶に乗り込むに当たって、拙者達からも話しておきたいことがあるのではなかったか、カグヤ殿?」
「ええ、貴方方に伝えるべき事柄を全て話したわけではありませんので」
「まあ、そう言うのなら」
「私は大本を断つことしか興味無いからねぇ。お喋りならそっちで済ませておくれ」
イブキとカグヤにそう言われては断る理由も無い。酒呑童子は話し合いには参加する気は全くないようだが、一応約束通り付いてきてはくれるらしい。さっき決めた通りオレは戦いの傷を、仲間達は登山疲れをそれぞれ癒すため、モミジの呉服屋へと再び向かった。
やがて目的の店と、その前に立てられた看板が視界に入るとほっと息が漏れる。
来たのはほんの数回といえ、やはり見知った場所が見えると安心するものだ。早く身体を休ませてしまいたい、そう思うと自然と歩行速度が上がる。その店の前ではでかい声で客を呼び込む店主と、店の前で居座る人間体の男が。
「モミジさーん!」
「はーい、いらっしゃーい……って、あんたらかいな。今んとこは無事そうやな」
「一人追加、か。どうやら上手くいったっぽいね」
「フユキ! 戻ってきてたのかよ」
モミジがいるのは当たり前のことだとして、店の前に設置されたベンチではフユキが濃い紫の四角い菓子のようなものを頬張りながらくつろいでいた。
フユキは酒呑童子についての情報を提供してもらった直後にこの店を去っていた筈なのだが……今のセリフからして、オレらが無事に目的を果たせたことを確かめにきてくれたらしい。情報屋を名乗っている癖に随分親切な奴だ。
「ふぅん……ルーザ、此奴は何者なんだい?」
「え? ああ、途中で知り合ったってだけだ」
「へえ。途中で知り合った、ねえ……」
フユキを意味ありげにジロリと睨む酒呑童子。
……間違いなく、フユキを疑っている。戦う前、オレらを手引きした存在について気にしていた。情報を提供をしてもらった時、フユキも敢えて分かりにくい言い方をしなければ危ないと言っていた。
それが分かった今、酒呑童子はフユキに手を挙げるかもしれない……そんな予感がして咄嗟に誤魔化したが、酒呑童子から漂う重い空気は引く気配が無い。圧力に押され、額に嫌な汗が流れる。
その悪い予感は的中。酒呑童子は目にも留まらぬ速さで薙刀を構え、街中ということも気にせずフユキに斬りかかる!
……が、フユキはそれに動揺することなくおもむろに立ち上がる。そして、手にした菓子を器ごと上に放り投げ、
「あらよっ、と!」
どこからともなく抜いた一本のつららで、あの酒呑童子の斬撃を難なく受け止めた。そして、律儀にも放り投げた菓子を空いた左手でキャッチし、それを口に放り込むのと同時にやれやれとばかりにため息を一つ。
「っと、とと……いきなり斬りかかってるとか、穏やかじゃないなぁ。妖同士仲良くしましょうよ、酒呑童子様?」
「フン、名を知っていたということは真っ黒だね。やはり此奴らを手引きしたのはお前か。よくも私が知らない間にあちこち嗅ぎ回ってくれたね」
「人聞き悪いなぁ。俺は只の風来坊、気まぐれに旅してる暇な妖ですって。そこで聞きかじった話を聞かせてあげた、ってだけですよ」
「そんな言い訳がこの鬼の長に通用するとでも思うのかい? それに今の反応の速さといい、私の斬りを片手で受け止める腕っ節といい……間違いなく手練れじゃないか。どこで身につけた?」
「どこで、って言われてもな。旅路の途中でそれなりに危ない目に遭うのでそのせいですってば」
フユキはそう説明するものの、当然ながらそれでは納得しない酒呑童子。薙刀とつららがぶつかり合う音は建物が多くひしめくこの通りに大きく響き、嫌でも注目を集めてしまう。
「ちょ、ちょっと2人とも! けんかは止めて!」
「……え? うわっと⁉︎」
見兼ねたルージュが割って入ると、それまで動揺を見せなかったフユキは何故か慌てふためき、バランスを崩す。そこでしめた、と言わんばかりに薙刀を大きく振るう酒呑童子だったが……その前にフユキが大きく飛び上がり、あっという間にオスクの背に隠れてしまった。
「あはは、やっぱり酒呑童子様じゃ俺一人には手に余る相手だな。大精霊様、助けてくれませんかね?」
「やなこった。誰がお前なんかのために動かなきゃいけないのさ」
「辛辣だな〜。美味しい菓子奢りますから、ね?」
「え、お菓子⁉︎ ホント⁉︎」
「ほんとほんと。あーでも、君相手ならこっちが甘味処まで案内して、その対価として一つ菓子を奢ってもらう方がいいかな?」
「うんうん、それでいいなら是非!」
「ちょ、ちょっとエメラ。今はそんな場合じゃないでしょ!」
フユキの言葉にすっかり流されそうになっているエメラにカーミラが止めに入るものの、『菓子』という単語にすっかり乗せられてしまってまるで聞く耳持たず。今の今まで殺伐とした雰囲気だったというのに、呑気に自分の財布の中身を確かめる始末だ。
それにしても……今のはなんだったんだ? さっきの、ルージュを見た途端にやけに動揺したのといい、情報を提供してもらった時にルージュに思うところがあるように目配せした時といい、何故かフユキはルージュに対して妙な態度を取る。
まあ、本人も口を割りそうな雰囲気でも無いし、その後は特に気にする素振りも見せないために、オレにはどうにも出来そうにないのだが。今はとにかく、酒呑童子を落ち着かせることが優先か。
「酒呑童子、あんたは今だけはオレらの望むように動いてくれるんだろ?」
「ああ、そう言ったが」
「なら、その物騒なもの収めてくれ。黙ってたのは悪かったが、フユキは敵じゃない。倒すべきは他にいる」
「……ふん、そうかい。まあ、私もやる気がない奴と斬り合っても面白くないからねぇ。ここはお前に従っておくとしよう」
オレがそういうと、酒呑童子は意外と素直に言うことを聞いてくれた。
そして今度こそ落ち着きを取り戻し、訳がわからずポカンとしていたモミジもハッと我に返ったところで、カグヤが話を切り出した。
「皆様、よろしいようですね。では始めましょう。
────ここからが、本当の合戦です」




