第144話 鬼神に横道なきものを(1)
「あ、相打ち……⁉︎」
「う、嘘だろおい、ルーザ大丈夫か⁉︎」
……ぼんやりとした視界の中で、人影が慌てふためく様子がうっすらと見える。駆け寄ってくる奴もいたが、それが誰なのかを判別出来るほどオレの頭ははっきりしていない。
痛い、な……腕が足が、全身が。それに熱い。もう周りの火は鎮火しているというのに、身体が日照って仕方ない。痛みと熱でどうにかなりそうだ。
酒呑童子との勝負の結果は────同時に倒れるという形に行き着いた。即ち、引き分け。勝者が決定されることなく、この戦いは終わった。
敗北するよりはずっとマシな結果を得られたと思うが、こんなズタボロな状態では嬉しさも何も込み上げてこない。仲間の呼びかけに答えようにも、口が思ったように開いてくれなかった。
「ルーザ、ルーザ! 大丈夫⁉︎」
「ぅ……ぐ、そ……」
「あーらら、随分手酷くやられたな。ほらルージュ、出番出番」
「あ、うん! えと……『命天の光』!」
オスクに指示を出され、ルージュは手を祈るように組み合わせて詠唱を開始する。
すると、ルージュの背から光輝く神々しい白い翼が現れ……その光はオレの身体を優しく包み込む。癒しの光はオレの傷を一瞬で治していき、身体に溜まっていた熱も徐々に引いていく。精神的なものはまだ時間がかかりそうだが、なんとか口を利ける状態にまでは回復した。
「いっつ……悪い、助かった」
「良かった……そこまで酷くないみたいで」
「ぶっちゃけギリギリだがな。急所に入ってたらやられてた」
「でもすげぇよ! あんな強いヤツ相手に引き分けに持ち込むなんてさ」
イアのその言葉を合図に、他の奴らもそうだそうだと次々にオレを褒め称える。正直、照れ臭くて仕方ないのだが、賞賛の言葉をかけられることに悪い気はしない。口元がニヤつくのを誤魔化すため、指先で頰をぽりぽりと掻く。
だが、この場合どうなる? 敗北という最悪の結末だけは回避出来たが、それでも引き分けだ。勝てていれば問題なかっただろうが、この結果ではどうなるかわからない。酒呑童子がもし納得しなければ、この勝負自体が無かったことになる可能性も捨てきれない。
勝ちたかった、というのが紛れも無い本音だが……オレの今の力量ではこれが限界だった。
「とにかく、話をしないと。えい!」
「えっ⁉︎ 向こうも回復しちゃうの?」
そういって、ルージュは酒呑童子にも回復魔法をかける。突然の行動にエメラ達が咄嗟に止めようとするが、「私達は酒呑童子を倒しに来たんじゃないから」と最もな言い分を告げられたことでエメラ達はむう、と口籠った。
ルージュの言う通り、今のオレらに必要なのは酒呑童子との会話だ。酒呑童子がこの結果を踏まえてどう動くのか、それを知る必要があるから。
「ふう……やれやれ、まさかこの私が他人に傷を治されるとはねぇ。こうして傷を治されたら不意打ちする危険もあるというのに、お前も詰めが甘いね」
「あなたが、そんなことはしないと確信してるからです。そんな手はルーザとの戦いの時だって、いくらでも出来る機会はあっただろうけど、あなたはそれを一切せずにあくまで正々堂々という部分にこだわった。それに、本当に不意打ちする気があるなら自分からそれを仄めかすことを口にするなんてヘマはしないでしょう?」
「フン、随分知った風な口を利くじゃないか。何の汚れも無いようなその風貌……私が一番苦手としている系統だね」
酒呑童子はルージュへの興味が失せたように顔を背けると、その視線をオレに向ける。さっきまでの小馬鹿にしたような笑みは薄れて、少しばかり真面目な表情になっていた。
「それで、女。お前はどうしたいと言うんだい?」
「どう、って……オレはあんたに勝てなかった。だからあんたの力を借りることなんて、」
「おやおや、随分弱気じゃないか。さっきまでの威勢は何処へやったというんだい。勝負を始める前に私は何と言った?」
「は? それは……」
酒呑童子にそう言われ、オレは記憶の糸を手繰り寄せていく。
確か、酒呑童子に戦いの前に告げられたことは……『私の膝をつかせたその暁には鬼の誇りにかけてお前達の望み通りに動いてやろう』、だったような。
「そうさ、私がお前達に力を貸すために提示した条件は『私に膝をつかせること』だ。私は先程の通り、無様に地に倒れ伏した。お前は条件を充分に満たしているのだけどねぇ」
「いや、だがそれは……」
膝をつかせるということはつまり、相手を負かしたということに繋がる。だからこそ、オレはてっきり勝たなければ力を借りられないと思っていたのに。
「確かに、勝敗を決めるのも勝負の要素さ。私も若かりし頃は勝ちにこだわったものだが、その過程が一番面白いと気付いてね。どんな攻撃を仕掛けるか、次はどうするか、自分が強者と認めた相手との間で力と知恵比べをすることこそ勝負の意味がある」
「……そんなものか?」
「そんなものさ。お前こそ、途中から勝負自体を楽しんでいたじゃないか。本気と本気をぶつけ合って、その結果が相打ちというのなら私に悔いることはない」
……話を聞く内にオレは「ああそうか」と悟った。
こいつは確かに、種族の違い故の価値観の差異があって、オレらの常識が通用しない。浮世離れしている印象は今でも離れない。だが、こいつにはこいつなりの曲げられない信念があるのだと、そう思った。
オレらにも譲れないもの、曲げられないものは何かしらある。酒呑童子も、鬼もそれは変わらないんだ。オレらとこいつも、この世で必死に今を生き抜く『生き物』なんだ。
「では、女。改めてお前に問おう。お前は私をどうしたい」
「オレは……オレらはあんたの力を借りたい。妖精のこともそうだが、オレらはデカい災いを倒さなきゃならない。だが、オレらだけじゃ心許ないからあんたの力が必要なんだ」
「ほう、それがお前の望みかい」
ニンマリと酒呑童子は笑みを深める。何処か満足したような、そんな笑みを。
「わかったよ、私から言い出したことだ。喜んでとは言わないが、その災いとやらを倒すまではお前達に力を貸してやろう」
「……そうか。一応、礼は言っとく。あと、女はやめろ。呼ばれてる気がしない」
「ふぅむ、そうは言ってもねぇ。私はお前の名前をまだ聞いてないんだが」
あ……そうか。オレが警戒して名乗っていなかったんだった。言霊を用いた呪詛で縛られるんじゃないかと思って、今も言ってないままだったんだった。
「ルーザだ」
「それ本名じゃないだろう」
「……っ、ルヴェルザだよ! 呼びにくいんだからこっちでいいだろ!」
「ククク、そうかい。ならばよろしくお願いするとしようか、ルーザ」
「……ああ」
その言葉と同時に手を差し出され、オレは少し迷ってから……その手を取って、握る。随分と遅い、友好から交わされる握手だ。
酒呑童子の手は硬く、強く……それでいて生き物らしい、暖かさも含むものであった。
「さて、妖精共の町に降りるのは癪だがこうなっては仕方あるまい。しかし、角を隠す外套くらいは欲しいところだねぇ」
「でしたら、わたくしが羽織っていた麻の着物を。頭巾もあるので隠すのによろしいかと」
「ほほう、ではお言葉に甘えるとしようか」
「あ。でも、カグヤさんはどうするんですか? 変装道具がなくなっちゃいますよ?」
「そうですね……ルジェリア様の服を貸していただけませんか?」
「えっ、私の!?」
「待て待て待て。無理だろ、絶対!」
オレが咄嗟にそう言った判断は間違っていないと思う。
まず、見るからに各部の寸法が合わない。オレもルージュも精霊の姿でもそこまでチビじゃないとは思うが、カグヤの方が背が高いし。それに、あくまでオレらは互いの半身の姿を『写した』だけなのだから、服も姿に合わせて大きくなったように見えてるだけだ。そう言ったのに、カグヤは一時的に服を大きくすれば問題無いとか抜かしやがるし……。
だが、それでも部分的なものはどうしようもないだろ。その中でも特に、
「む、無理ですよ! カグヤさんじゃ入りませんよ。特に胸!」
「ああ、絶対押し込もうとした瞬間はち切れるだろ……」
「問題ありません。サラシを強く巻き直せばいいだけですので。それに、あのような型の服装に憧れを抱いているのです」
「の、ノリノリね、カグヤさん……。ていうか2人共、思春期男子達の前で言うことじゃないでしょ!」
「あ」
カーミラに指摘され、イア達の方へ視線を向けると……そこには顔を必死に背ける男共が。
イアはまあ、予想通りだとして……フリードとドラクもそれは同様で。あろうことか、3人程ではないものの、イブキまで顔をほんのり赤らめているし。オスクだけは意味がわからないとばかりに首を傾げていたが。
「うわぁ……男子って単純~」
「し、仕方ねえだろ! てか、元はといえばルーザ達が変なこと言うから!」
「ぼ、僕はそのっ、決してそのような意味では……! これはその、火が熱くてですね!」
「ぼ、僕も……これは誤解っていうか、他意っていうか、その!」
「必死すぎるでしょ、あなた達……」
「拙者は……煩悩などに惑わされる訳には! こ、こうなれば直ちに出家して捨て去る他には……」
「い、イブキ落ち着いて……」
「ねえ、どういう意味?」
「……お前は純粋なままでいろ、ルージュ」
……うん、これはルージュが知らなくていいことだ。自分の姉を汚れさせてたまるか。
まあ、意味がわかっていないのはもう一人いるわけで。
「はあ、さっきから訳わかんないし。なに一斉になって慌ててんだか」
「失恋万年童貞大精霊は黙ってろ」
「その呼び方止めろ! なんか腹立つ!!」
「すごい、韻を一回ずつ踏んだ」
「そこじゃないでしょ、ルージュ……」
ルージュの的外れなコメントに、カーミラがたまらず突っ込む。
……結局、最後はいつもの騒がしい日常に戻ったようだ。




