第143話 暁天繚乱(2)
鎌を握り直し、キッと鋭く睨みつけるように酒呑童子を見据える。緊張と不安が同時に襲いかかり、ドッドッと心臓が早鐘を打つ。
さっきの攻撃で一つわかったことがあるとすれば、真っ正面から攻撃を仕掛けてもまず当たりはしないということだ。相手は恐らく、カグヤとほぼ同等の歳月を生きている筈。その中で積み重ねた経験と力の前では、中途半端な攻撃じゃ当たる前に掻き消されてしまう。
オレも元は大精霊とはいえ、記憶も力も抜けてしまっているために外見の歳相応の力を出すので精一杯。今はレシスの姿を写して多少力を取り戻せているとしても、それだって限界はある。こんな未熟者に、鬼の頭領というシノノメ中から恐れられている大妖の相手なんて馬鹿正直な戦い方ではまず勝てるわけが無い。
だが、オレはルージュみたく一歩下がって戦略を練るという戦い方は苦手だ。余所見していては即敗北しかねないこの状況で、慣れないことに手を出してる暇はない。
……なら、オレがやるべきことはただ一つ。
「『ディザスター』!」
「甘い甘い、その程度で私に当てられるとでも……」
「『ダークスラッシュ』!」
「……ほう、そう来たか。いいねぇ」
手数を増やして、攻める……!
オレが使う魔法は攻撃系ばかりだ。それも、正面からぶつけるしかない馬鹿正直なものだらけ。ルージュのように応用次第で姿形を変えられる汎用性も無いし、オスクのように補助から攻撃に転じられる器用さも無い。酒呑童子の前ではほぼ通用しないもののみなんだ。
だが、それでも戦い方は一つじゃない。自分の手札をどう使うかは自分次第。連続で魔法を重ねがけしてみたり、魔法が着弾した直後を狙って斬撃を仕掛けてみたりするのもありだ。同じ魔法を使っても、その次に仕掛ける攻撃によってパターンは何通りにもなる。
思いつくもの全て試して、あいつに少しずつでもダメージを与えていけば……!
「『ダークネスライン』!」
「ほほう、まだ持ってる技はありそうだね。出し惜しみなんかせずに全部私に見せてみせな!」
「言われるまでもねえよ!」
魔力の塊で成したトゲを地表から出現させて一瞬動きを止めた後、すかさず斬撃を喰らわそうと鎌で斬りつける。しかし、これも薙刀で軽くいなされてしまった。
思わず舌打ちするが、これで終わりじゃない。
「ルーザ、まずは必ず当てられるような状況を作らないと!」
「わかってる! 『セインレイ』!」
ルージュの言葉にうなずき、オレは攻撃を弾いた反動の隙を狙って光弾術を連発することで弾幕を張って退路を絶つ。
ルージュがよく使用するこの魔法は威力こそ低いが、使い方次第で補助にもなる点が強みだ。オレが使う魔法は威力重視のものが基本。それをルージュの魔法で補いつつ攻めていけば……!
酒呑童子も、今までオレが仕掛けてこなかった攻撃法に多少狼狽た様子だった。弾幕のせいであいつが動けないところを、オレはここぞとばかりに鎌を振り上げる。
「『ルナティックサイス』‼︎」
魔力を込めた斬撃は軌跡で三日月を描きながら、酒呑童子の像を切り裂く。鎌を持つオレの手に、ようやく確かな手応えを感じさせながら。
背後に控えている仲間達もそれによって一気に盛り上がる。
「あ、当たった……!」
「よっしゃ、これは効いたろ!」
「ええ、わたくしから勝利をもぎ取っただけはあります。諦めなければ勝機は必ずあるでしょう」
「フ、ククク……一発だけとはいえ、痛いものだねぇ。私が見込んだ通り、お前とは記憶に深く刻める良い喧嘩ができそうだ!」
傷を負ったというのに、さも楽しそうに笑い声を上げる酒呑童子。やはり妖、傷ついて喜ぶなんて傍から見れば頭がイカれているとしか思えないだろう。
だが、その言葉が少し自信にもなる。酒呑童子から発されたそれは嘲るものでも、見下したものでもない純粋な賞賛から来る言葉。オレに価値を見出した上で、勝負を吹っかけたことが今改めて分かる言葉だった。
「のらりくらりと避け続けるのもそろそろ飽きてきたところだ。そろそろ私も本気を出させてもらうとしようか……!」
薙刀を構えながら、ニヤリとさらに笑みを深める酒呑童子。魔力とはまた違う、肌がジリジリと炙られるような高圧的な力を全身から漂わせながら。そしてそれは、徐々に薙刀へと集められていく。
ブンと力強く振りかざされた薙刀が、大量の火の粉を振り撒く。確かめるまでもない、いよいよ酒呑童子が攻撃を仕掛けてくる。しかもいきなりヤバいやつが……!
「焼き尽くせ、『煉獄華刃』‼︎」
「ぐっ⁉︎」
火の粉が一気に膨れ上がり、炎を纏った薙刀で酒呑童子はこの空間を思い切り薙ぎ払う。直撃こそ免れたが千切れた炎が身体を炙り、オレの髪を僅かに焦がす。
さらに炎は周りの雪を溶かし、草をも焼き尽くす。そして、炎がオレらの周囲をぐるりと囲うように広がり……ただでさえ広いとは言い難かったこの空間をさらに狭くしてしまった。
「くそっ、これが狙いかよ!」
「その通り。さあ、小細工なしでどちらかが倒れるまで存分に殺し合おうじゃないか!」
これは最早、火の檻。燃え盛る炎のせいで大きく動きにくくなるばかりか、仲間と完全に分断されてしまったせいで声が聞こえづらくなっている。
共に戦わないにしても、仲間の声が士気を上げる助けになっていたオレにとってそれはかなり痛手だった。パチパチという炎が燃える音の向こうから、仲間達の心配しているらしいぐぐもった声が、言葉として受け取れないままオレの耳に届く。
その後も何度か一発目で逃げ場を無くしてから攻撃という二段構えの戦法を取っていたが、同じ手は何度も通用はしなかった。光の弾幕でさえ、多少の被弾を覚悟で突破してくるものだからたまらない。炎の壁を避けつつ、酒呑童子が繰り出してくる斬撃を必死でかわした。
くそっ、どうする……⁉︎
「おやおや、どうしたというんだい。お前の力はそんなものじゃないだろう。このまま終わりなんて興醒めもいいとこだ、私を退屈させないでおくれ」
「わかってる、っての!」
このままでは勝利を掴み取る以前に、酒呑童子に大した傷を与えられないまま終わる。まだこいつは実力の半分も出していない筈……勝つのなら、それを全て出させなくては意味がない。
片手でオレの攻撃を軽くいなせる酒呑童子にダメージを与えるのなら、足止めをしてからの二段構えでないとまず当たらない。だが、オレが知っている魔法で他に足止めできるものなんて……
「……いや」
一つだけ、ある。衝撃波よりも、弾幕よりも確実に敵の動きを止められるものが。
だが、知っているだけで使った試しは無い。今までその魔法の使い手が率先して発動させるか、オレらの意思を汲み取って使うかしてくれていた。だから、自分で使う必要も無かったんだ。
しかし、今の状況は一対一。一切の邪魔を許さない真剣勝負。その魔法の使い手を頼ることも今は不可能。
ならばどうする? 簡単なことだ、今ここで────
「……っ」
鎌を握りしめ、酒呑童子を真っ直ぐ見据え。そして、空いている腕を伸ばして構える。
……ずっと見ていた。隣で、誰よりも多く、その魔法を使うところを。口では色々言ってるが、姉と同じくらい信用して、信頼しているその相手のことを。
その魔法の効果を、使う姿勢を思い描き、再現しながら術を編んでいく。見よう見まねだが、必ず成功させるという意志だけはしっかり持ちながら。
「ワールド……」
相手を縛る。縛るものは無数の鎖。それを、目の前の鬼に……!
「……バインド‼︎」
詠唱を終えたその刹那────ガシャン! と金属音が耳をつんざく。反射的に目の前にいる酒呑童子の方へと視線を向けると、その四肢が数本の魔力で成した鎖で縛られている光景が目に飛び込んでくる。
本物と比べて鎖の本数こそ少ないが……それは確かにオレが真似ようとした魔法のそれだった。
「……えっ、オスク⁉︎」
「さーてねぇ?」
炎の向こう側で、その魔法をよく知るルージュは驚いてオスクを見たが、当の本人はニヤニヤしながら無罪を主張するかのように両手を広げている。
当然だ。これはオスクが使ったものじゃないのだから。
「オスクが使ったんじゃないなら、じゃああれって……!」
「あいつの土壇場での実行力と執念の産物ってとこ。見よう見まねで必死こいて組み上げたんだろうさ」
ルージュにそう説明しながらオスクはため息をつく。呆れたようで……それでいて何処か嬉しさを含むような、そんな表情を浮かべながら。
「全く。術式滅茶苦茶なせいで再現度低いけど、形だけは成ってる。……やるじゃん、あいつ」
いつものように貶しながらも、そこには僅かながらに褒め言葉も混じっていた。咄嗟にやったことではあったが、挑戦してみたことは決して無駄ではなかった。
もちろん、この隙を逃すわけが無い。酒呑童子が鎖に囚われ、動けないところにオレは思い切り『ルナティックサイス』を叩き込み、酒呑童子を縛る鎖ごと吹き飛ばした。
「クッ、ククク……こうでなくちゃねぇ。これこそ勝負の醍醐味、喧嘩が止められぬ理由というものだ! 面白い……もっともっと私を楽しませて見せろ!」
「望むところだ!」
渾身の一撃だったが、そう簡単にやられてくれる相手では無かった。酒呑童子は難なく立ち上がり、手にした薙刀が再び炎を纏う。
もちろん、黙ってやられる訳にはいかない。オレも鎌を構え直し、諦めずに酒呑童子に向かっていく。
────互いに、『勝利』という報酬を貪欲に狙いながら。




