第142話 酒呑童子、酔い覚めの刻(2)
「貴方に言葉遊びは無礼でしょう。単刀直入に申し上げますに、わたくし達がこれから立ち向かう敵との戦いで貴方に助太刀していただきたいのです」
「ほう。この私の力を、ねぇ?」
「ええ、他でもない貴方のお力をお借りしたいのです。最強と称される程の、類い稀なるその才能を」
「ふぅん……それでお前さんがわざわざこんなところに出向いてきたという訳か」
手にした盃の中の酒を口に含みながら、カグヤの話を興味なさげに聞く酒呑童子。さっきの言葉からして真面目に話を聞くつもりはないようにも思えたが、意外と静かに聞いてくれていた。
まあ、オレはそれでもいつぶっ倒れるか気が気じゃないんだが……。今だって酒呑童子が飲む酒の臭いで足元がふらふらだし。周りに気付かれないよう、ルージュからこっそり薬を貰って飲むことでなんとか凌いでいるのが現状だ。できればさっさとうなずいて欲しいところなのだが。
「その敵とやらは何者なんだい」
「この世界すら脅かす、強大な災いです。その毒牙が今、この国に降り掛かろうとしているのです。そして、その災いに捕らえられた妖精達の救出をしなくてはなりません」
「妖精の救出が絶対だと?」
妖精と聞いた瞬間、酒呑童子の表情が歪む。それは望ましくないと言わんばかりに、その顔には思いっきり『不快』の感情が滲み出ていた。
これは……マズい流れかもしれない。
「ええ、その通りでございます。わたくし達はその災いの犠牲者を出したくないので」
「そうかい。ならば私は力を貸したくないね」
「そ、そんな!」
「……理由を、お聞かせ願えませんか?」
……嫌な予感は的中。酒呑童子は考え込む節すら見せず、ほぼ即答でカグヤの協力要請に首を振って拒絶の意思を示した。
多少は考えてくれるだろうと思っていたらしいエメラ達は大分困惑している。反射的に疑問を投げかけるのを遮るように、カグヤは咄嗟に酒呑童子に拒絶した訳を聞いた。
「敵を倒すだけなら構わないんだけどねぇ、妖精を助けなくてはいけないというのが気に食わない。妖精と妖の関係……お前さんも、この場にいる者共も、それはよくわかっている筈だろう?」
「それは……確かに拙者達全員が存じ上げているが」
「あのさあ、さっきこの世界自体を脅かすって言ったじゃん。確執が根深いことはよく分かってるけど、そこまで拒むのはどうなのさ」
「可笑しなことを言うね。鬼は今まで散々妖精共から無下な扱いを受けてきたんだよ。この国は特に酷いもんさ、異物っていうのを極度に嫌がる。住処すら自由に選択できない私ら妖に、危なくなったから助けて欲しいなんて傲慢にも程がある。鬼以上に悪党じゃないか」
「……っ」
オスクにそう返した酒呑童子のその言葉と表情には間違いなく怒りの感情が込められていた。
フユキが言っていた────シノノメで鬼は強さの象徴とされると同時に、災いや悪心の権化とされているとも。そのせいで居場所を追われ、今でもこんな山の頂上でしか暮らせない。
鬼が悪事を全く働かなかった訳でもないらしいが、妖との諍いが多少改善した現代でも鬼だけはずっと厄介者扱いのまま。自分達だけがこんな閉鎖的な生活を強いられている中で、助けを求められても力を貸したくない気持ちは当然かもしれない。
「この山に登ってくる者は久々だったし、私のまやかしの術にも臆することなく進んでくるのは珍しかったから目を向けてみたが……思えば登る手際がやけに良すぎた。一体誰の手引きだい?」
「そ、それは……」
「ふん、言えないのかい。どの道私に妖精を救う気は無いよ」
それはもう、完全に拒否の言葉だった。酒呑童子が妖精を嫌う気持ちも分からんでもないが、その考えを説得出来る力は誰にも無い。カグヤで駄目なら、オレらにはどうすることも出来なかった。
だが、酒呑童子の言葉はまだ終わりじゃなかった。
「まあ、それはあくまで妖精だけさ。その災いとやらは同族の脅威にもなるのかい?」
「ええ。それはもう、種族など関係ありません。この世界に生きとし生けるもの全ての敵です」
「成る程ねぇ……それならば話は別だね。有象無象に正面からぶつかって散るなら本望だが、形無きモノに何振り構わず暴れ回られるのは迷惑極まりない」
「……っ! おい、それじゃあ……」
「勘違いするんじゃないよ。私は妖精のために動くなんて真っ平さ。秘酒や珍品を幾ら並べられようがこの心が変わることはない。けれど、ここまで登ってきた実力と努力……そこだけは評価してもいい」
どうやら酒呑童子は大なり小なりオレらに興味を持っているようだ。まあ、それでもどこか馬鹿にされている感じは拭い切れないのだが……。
だが、好都合なことには変わりない。妖精も混じっている集団だが、ここまで登ってこれたオレらのことは多少認めてくれている。なら、やはり引き下がる訳にはいかない。そんなオレの気持ちを感じ取ったのか、不意に酒呑童子が視線をオレに向ける。
「女、お前に問う。私の力を借りたいなら、相応の対価を差し出して貰おう。お前にその覚悟はあるのかい?」
「当たり前だ。覚悟無しでこんなところまで来れるか」
「差し出すのが己の命であってもかい?」
「……っ! と、当然だ!」
「ちょ、ちょっとルーザ⁉︎」
「いいんだよ。これぐらい言わないとアイツは納得しないだろ!」
取引のためとはいえ、自分の命を天秤にかけることにルージュはオレを止めようとしたが、オレはその答えを曲げるつもりは無かった。あれだけ妖精のために動くことを嫌がった奴が持ち掛けてきたチャンスだ、これくらいしなければきっともう二度と掴み取れない。
オレの覚悟が伝わったのだろうか。酒呑童子はオレの答えにニィ、と笑みを深める。
「クク……いいねぇ、その目。闘志がみなぎった戦士の目だ。私の目を留めさせたことはあるね」
「それで、オレはどうすればいいんだよ」
「なぁに、簡単な話さ。私と正々堂々勝負してもらおう。一対一、邪魔者は一切許さない、サシの勝負をね」
「……!」
つまりそれは、決闘ということか。真正面からぶつかり合う、覚悟とプライドを掛けた戦い。それはシンプルで……とてつもなく高度な取引条件だった。
だが、オレはそれにうなずいた。断る道なんて無いのだから。途端に、フリードやドラクが慌てて止めに入る。
「そ、そんな! 危険すぎますよ!」
「そうだよ! ルーザさんがもしかしたら、し、死んじゃうかもしれないのに……!」
「……んなことわかってる。でも、他に方法があるかよ。多分……いや、絶対今のまま『滅び』に突っ込めば、負ける」
「それは、そうかも……しれませんが」
「なら、尚更やるしかねえだろ。『可能性』じゃ駄目だ、『絶対』に勝たなくちゃいけない。そのためにコイツの力が必須なんだろ、カグヤ?」
「ええ、その通りです」
カグヤはオレの言葉にすぐさまうなずく。止める素振りも見せないその返事は、判断をオレに委ねているも同然だった。
相手はヴリトラ並みのバケモノだ。今までで唯一倒せなかった敵と匹敵する力を持つ相手に、たった一人で挑もうなんてとんでもない無茶だ。それでもコイツの協力を取り付けなければ敗北は必至……ならもう、引き下がる選択肢なんてない。死ぬつもりだって毛頭ない。
……『死』はオレだ。自分の終焉の時くらい、自分で決められる。
「ふーん……お前にそれだけの覚悟があるんなら止めやしないけど、任せていいわけ?」
「当たり前だ。ケンカ売られてんのはオレだ。なら、オレが買うしかないだろ」
「上等。但し、本気で危なくなった場合は保護者として割って入るからな」
「……わかった。だが、それ以外は手出し無用だ」
「知れたこと」
オスクとそんな約束を交わし、オレは仲間達と離れて酒呑童子の前に立つ。それと同時に鎌を突き付けるという、決闘を受ける意思を示したその行動に、酒呑童子はニヤリと笑った。
「どうやら受けるつもりのようだね。その覚悟があるならば私も文句は無い。私の膝をつかせたその暁には鬼の誇りにかけてお前達の望み通り動いてやろう」
「ああ、これ以上無いってくらいの報酬だ」
「クク、その心意気や良し! ならば私も本気で迎え撃とう!」
盃を傾け、酒を一気に飲み干す酒呑童子。そして、その懐からスラリと長い槍を取り出した。
……いや、槍じゃない。形状こそ槍と似ているが、その穂先にあるのは明らかに敵を突く形をしておらず、イブキが持つ刀のような形状をしていた。酒呑童子はそれを器用にくるりを回して見せると、オレにその穂を突き付けてくる。
「薙刀……! 馬鹿な、鬼の武器は棍棒ではないのか⁉︎」
「迷信なんざに流されるんじゃないよ。どんな刃を振るうのかは自分次第だろう。さて女……準備はいいかな?」
「ああ、来い!」
「良かろう、その覚悟聞き届けたり! いざ、尋常に……」
一拍置き、お互い武器握り直す。そして一歩前に踏み出し、
「「────勝負‼︎」」
戦いの幕が、切って落とされた。
ここまで読んでいただきありがとうございます(^^)
実はこの章、サブタイトルにある仕掛けをしてました。気付かれないのも寂しいのでネタばらしします。
サブタイトルを平仮名で並べていくと……
137話 『お』うか、さいりん
138話 『と』らいとであいと
139話 『ぎ』しょうめいたわらべうた
140話 『そ』のなは「そうぞうしゅ」
141話 『う』しろのしょうめんだあれ
142話 『し』ゅてんどうじ、よいざめのとき
最初の文字を繋げて読むと、前回から登場した酒呑童子の出典の1つである「御伽草子」となるように仕掛けてました。
みなさんはお気付きだったでしょうか(。-∀-)




