第140話 その名は「創造主」(1)
カグヤに先導されながら、オレらはシノノメの中心を目指していく。とは言っても、この平坦な市街地ではどんなに視線を逸らそうが視界に目的地である山が飛び込んでくるものだから、道を知らなくても迷う心配は無さそうだが。
モミジが貸してくれた浴衣のお陰でオレらの姿も町に浮くことなく、シノノメの雰囲気に溶け込めている。カグヤの格好はまあ……とりあえず目を瞑っておくとして。ようやく無駄な注目を集めることが無くなった今、まだ船旅疲れが完全に抜けきっていないオレらは少々の癒しを求めて、周りの景色を暫しの間堪能することに。
「以前来た時も思ってましたが、シノノメの建物ってなんだか暖かみを感じますよね」
「うん、僕も思った。僕達のところじゃほとんど石造りだけど、こっちは木造なのが新鮮だし。彫刻とか一切無いのに、丁寧に造ってあるんだって一目でわかるよ」
「けどさあ、すぐぶっ壊れそうじゃね?」
「そうね〜。イアとか昔、学校の壁とか天井にすぐ穴開けてたもんね」
「バッ、ここで言うこたねえだろ⁉︎」
フリード達もそんな他愛のない会話をしながら、束の間の観光を楽しんでいた。
文化や服装、建物の造りや街灯など、あらゆるものがオレらの過ごしていた町とは異なるというのに、買い物に勤しむ奴ら、客の呼び込みに精を出す商人、ただ散歩を楽しむ通行人など、文化が違うだけでやることは皆同じなのだということが見ていて分かる。
これだけ見れば至って普通の光景だ。そいつらの表情も穏やかで物騒な空気を感じさせる要素も無く、町に『滅び』が迫っているとはとても思わせないものだった。それが平和なのかは……残念ながらはっきり言えない状況下ではあるが。
「まったく、のん気なもんだな。これからシノノメで最大最強のバケモンに会いに行くってのにさ」
「よろしいではありませんか。このような時だからこそ、暫しの安らぎは必要なものです。山に着くまでの間、住人達の暮らしぶりを眺めるのはわたくしとしても有意義な時間です」
「でもまあ、ここにいる大多数の奴らはこの国が今どんな状況に置かれているのか知りもしないんだろうな」
「うん……本当に、なんでもないって感じ」
オレの言葉で仲間達もそれまでの楽しげな会話をピタリと止めて、周りを見回す。
町に行き交っている妖精や精霊達は何でもないようにそれぞれの日常を過ごしている。ここで世界を脅かしている災いの存在なんて一切知らないように……いや、本当に知らないというよりも知ろうともしないのだろう。被害を受けたのはほんの一部、所詮は他人事だから自分には関係ない────暗にそう言われているようで、何となく気分が悪かった。
「拙者達が行方を追っている間も、そうだった。モミジなどの接点がある者は心配していたが、他はいなくなっていることさえ気付いていなかった。いや……気付いていた者も稀にいたが、武士達がその内見つけてくるとしか思っていなかった様子であった」
「あたしも……。アンブラの火山の時も、地震が多くなったことに不安を感じてた住民は多かったけど、怖がるだけで何かしようとはしてなかったわ。その内収まるくらいにしか思っていなかったんでしょうね……本当はもっと深刻だったのに」
イブキもカーミラも、それぞれ異変に直面していた時の周囲の様子をあまり好ましく思っていないようだ。
自分達が世界に迫り来る脅威に危機感を抱いていた間、周りは知らん顔していたのだろう。それを強要しようとは思わないが、アンブラのようにどうせ誰かが何とかしてくれる……そんな風に思っていたのなら良い気分はしないものだ。
真実に気付いて、なんとかしなくてはと行動を起こしている存在は、フユキなどの本当にほんの一握りだけ。『その他大勢』はこの世界の危機なんて、考えてすらいないのかもしれない。
「腑抜けた野郎どもだな。平和ボケが過ぎるっての」
「オスク……オレらはどうするべきなんだ? 『滅び』のことを伝えて注意喚起するべきか、それともこの状況のままでいくか」
「さぁてね。どうせ非力な奴らに教えたところで不安煽るか、それか他人任せにするしか選択肢が無い。現時点では信頼できる者達だけで情報共有するに留めときなよ。混乱に乗じて何かやらかすふざけた奴が出てくるかもわかんないし」
「ええ。貴方はそれを危惧し、悪役を演じてまで下々の者達を鍛錬させ、災いを乗り切られる程の力を付けさせていましたね」
「……あのさあ。さっきの情報屋といい、僕の身の上話ベラベラ喋んないでくれる?」
「本当、オスクって大精霊としての責任はしっかり果たすよね」
ルージュの言葉に他の仲間も感心したように頷く。オスクの境遇はオレとルージュでも断片的にしか聞いてないが、決して良いものとは言えなかった筈だ。
異端者と罵られ、多少改善した今でも『支配者』のせいで一部じゃお尋ね者扱い。それなのに、カグヤが言うには誰よりも早く『滅び』の危険性を感じ取り、大精霊として部下達を周りのように他人任せにしないため、自分の身を守れるだけの力を付けさせて『滅び』を乗り越えられるようにしていたらしい。
自分より周りを優先しているのは今でも変わらない。光の大精霊のことや、オレとルージュの保護者など、オスクはいつだって周囲のことばかり気を配っている。
「もっと己を大事にしてもいいのですよ。本来ならばオスク様も王笏を行使する権利を持っていたというのに」
「え、オスクさんが王笏を行使するって……」
「あー、もううっさい‼︎ これ以上は黙秘する!」
「あら、残念です」
「あ……そうだ。王笏で少し気になったことがあるんですが、いいですか?」
「ええ、もちろん。それで貴方方の知識が深まるというのなら、わたくしも協力は惜しみません」
「じゃあ……王笏を前回使った人物は何者なのかな、って。王笏を返してもらった時にオスクから説明は受けたんですが、それについては知らないみたいだったので」
オスクが不貞腐れている横で、ルージュがおずおずと挙手してそんな質問をカグヤにした。
カグヤは大精霊の中で最年長だ。他が持っていない情報を、オスクでさえ知り得ない知識ですらカグヤであれば知っているかもしれないとルージュは考えたのだろう。実際、シャドーラルの城で王笏を返還された時、オスクから説明は受けたものの、造ったやつも前回使った人物も知らないと言っていたし。
いつかはオレとルージュが行使することになる杖だ。理解を深めるため、知識は多く仕入れておくに越したことはない。
「……成る程。オスク様が存じ上げないのも無理はないですね。それを前回行使したことは、わたくしがまだ若人であった時代ですから」
「え! ということは……」
「何千年も前、ということです。わたくしが確か……数百歳代の頃でしょうか」
「若いって言えんのか、それ……?」
「桁が違いすぎて感覚がおかしくなりそうだよ……」
「でも、それじゃあ前回王笏を使った人物は……?」
「……ええ。わたくしより、遥か昔から存在した人物。もしも今現在でも存在していたとしても肉体はとうに限界を迎え、滅びている筈。しかし、その力は計り知れないものでした。わたくしなど、足元にも及ばないでしょう」
その言葉に緊張で思わずゴクリと鳴らす。
あのカグヤが、自らをその足元にも及ばないと言わしめる人物。以前王笏を振るった、前代の救世主。オレらとは明らかに次元が違うのだということを、目の前に突き付けられたかのような感覚に陥った。
「そんな凄い人物が、どうして記録に一切残ってないんですか?」
「そ、そうです! 僕も大精霊のことについて調べる上で様々な文献に目を通しましたが、そのような人物については全然載っていないなんて……」
「それは、その人物は目立つことを極端に嫌ってましたから。自分は見届ける者だからと、記録に残すことすらも自ら拒んだので。わたくしが持つ知識は、彼の名前とその役割のみ」
知らず知らずの内にオレらは身を乗り出していた。それはどんな人物なのかと、これからのことなど関係なしに興味がある。
記録に一切残されていない、カグヤですら圧倒する力を持つかつての英雄。それは、
「────『ゼフィラム』。起源の大精霊とも称される、この世界の創造主です」




