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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第12章 暁天繚乱ーOld Tellerー
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第139話 偽証めいたわらべ唄(3)


「俺も直接会った訳じゃないから、掻き集めてきた話の中で信憑性が高いものを選んで話していくけど。まずさっきも言ったように酒呑(しゅてん)童子(どうじ)は酒好き、そして勝負好き。強欲がそのまま形になったように自分の欲望に正直で、男女問わず惑わす程のあまりに美しい容姿を持っている、というのはよく聞くね。あと、奇襲は駄目だ。闇討ちとか卑怯ひきょうな手は大っ嫌いらしくて、多分バレた瞬間首を切られる」


「わかってはいたけど、厄介者は嘘じゃなさそうだね……」


「それは仕方ないさ。俺だって仲良くなるのに苦戦したし、種族の違いは壁になりやすいからな。これらの話もほとんど妖精視点からの伝承だから、都合よく改変された可能性も否定できないけど」


「提供しておいてそれ言っちゃうか?」


「まあまあ、そう言わず。俺だってちゃんと信憑性あるものを選出してるから。では重要項目、酒呑童子の元へ辿り着くための正しい道順をこれから教える」


「えっ、正しい道を通る必要があるの?」


「相手は妖の最強格だからな、油断すると妖術の餌食えじきだ。目的が不明瞭(ふめいりょう)だと自覚はしてるけど、俺だって依頼人を死なせたくない。この情報だけは正しいと胸を張って言える。信じる信じないはこの際放っておいて、頭から丸かじりされないようにこれだけは胸に刻んでおいてよ」


 フユキのその言葉にはふざけた様子は微塵みじんもない。さっきまでの愛想の良い笑顔が消えて、まさに真剣そのものの表情。雪の妖らしい、少し薄ら寒さすら感じる顔だった。

 聞き逃せば命取りになり兼ねない……それを本能的に感じ取り、ゴクリと喉を鳴らす。ルージュが咄嗟とっさにカバンからメモを取り出して書き留める用意をしたところで、フユキはゆっくりと口を開いた。


『────一に進め、天見て進め。

           夜明けの光、目指して進め。

 ────二に逃げろ、走って逃げろ。

            大地の涙、跨いで逃げろ。

 ────三に探せ、歩いて探せ。

     頂き見据え、迫るお日様、背を向け探せ。


 進んで、逃げて、探した先、求めるものは日沈むそこにあり』


「────そして、『後ろの正面、だあれ』だ」


「はあ……?」


 フユキから伝えられた手順を聞き終えてから、全員が首を傾げた。

 正しい道順どころか、フユキが教えてくれたのは意味のわからないわらべ唄のようなもの。これのどこが正しい道順だというのか。ルージュもなんとか一字一句漏らすことなく書き写せたようだが、書き終えたメモを見て表情をしかめて考え込んでいるし。


「悪いね、こうでもないと口に出すのでさえ危ないんだよ。こういう遠回しな伝え方じゃないと、何されるかわからなくて」


「そんなに危険なのか? 口に出すのは」


「ま、言霊ことだまで成立する呪詛は結構あるし。そういう類の術を持ってんじゃないの?」


「まあね。職業柄、恨みを買うことも多くてさ。さっきまでの伝承ならともかく、相手の領域に踏み込むようなものなら尚更だ。でも、進むべき方向はちゃんと指し示してある。それを君らが正しく読み解いてくれることに期待するよ」


 ……そういうことであれば文句は言えない。フユキがオレらを死なせたくないと言ったように、不信感がまだ完全に拭えないとはいえ、協力を申し出てくれたフユキを呪詛の餌食になんてされたくない。

 このわらべ唄が正しいのかはまだわからないし、これをちゃんと読み解けるのかも不明だ。だが、今までだってそうやって進んできたんだ、今回だってきっと上手くいく。


「……情報の提供、感謝致します。これで進むための駒は揃いました。報酬として、最高の御前を振る舞うことを約束しましょう」


「それは有り難い。成功をお祈りしておりますよ、大精霊様」


「……みんな、頼むわ。ウチは戦いはからっきしやから浴衣貸すことしかできへんけど、応援しとくから。だから……絶対に無事で帰ってきてな!」


「ああ。……必ず」


「これ以上、『滅び』の好き勝手にはさせません!」


 ルージュの言葉に、全員が深くうなずく。

 酒呑童子に会うのは『滅び』との戦いの下準備。だが、上手くいけばヴリトラ並みのバケモノ級の強さの持ち主を味方につけられる。

 危険なんて百も承知だ。だが、そのためにレオンの拷問に耐えてきたんだ。絶対に、成功させる。


「行きましょう、霊峰フジに。災いにこの国を、世界を脅かさせてはなりません」


 カグヤを先頭に、オレらは歩き出す。中心に聳え立つ、その頂きを雪で彩る大地の柱を目指して。

 フユキも仕事を終えて、オレらと別れる。お互い踵を返すことなく、次なる目的地を目指して行った。





「……ふう」


 別れてから数秒。雪の風来坊は一人、誰に気付かれることなくため息をつく。


「薄桃色で、紅い瞳……似てるからつい声かけちゃったけど、やっぱり違ったかな。そもそも種族違うし。あーあ、聞き込みで声出しちゃうなんて失態、駆け出し以来だっての」


 頭をかき、自身を咎める。だが、その表情には負の感情は一切含まれていなかった。

 それは何処か、心残りが無くなったかのような吹っ切れた表情で。


「……名前くらい、聞いとけば良かったかな」


 そしてたった一つの後悔を口にし……今度こそ、風来坊は人混みに紛れて姿を消した。

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