第139話 偽証めいたわらべ唄(2)
鬼の頭領────酒呑童子。カグヤから告げられた、これから会おうとしている人物の名前。
オニ……恐らく妖の一種なのだろうが、シノノメ出身ではないオレらにはそいつらがどれ程の力を持っているのかさっぱり想像がつかない。だが、大精霊のリーダー格といってもいいカグヤがその力を借りようとしているくらいだ、恐らく妖の中でも飛び切り力が強いに違いない。
フユキも、その名を聞いた途端に「成る程ね」と納得したようにうなずいた。
「酒呑童子とは大きく出たなぁ。流石は大精霊様、やることが違いますね。それともそれだけ敵が強大、ってことかな?」
「貴方が察した通りです。わたくし達が今、立ち向かおうとしているのは世界をも脅かす強敵。お恥ずかしながら、力不足が故に鬼にも縋りたい程なのです。しかし、わたくしは外界との接触が少ないがために名前くらいしか存じ上げていないので……」
「それで下準備がてら、情報を得たいと。……いいでしょう、こっちが引き受けると言ったからね。俺が知る酒呑童子のことについて、全てをお話ししますよ」
フユキはカグヤからの依頼を快く引き受けてくれた。オスクは表情には出さないものの、自分の出自を知られている上に暴露されたこともあってまだ身構えている様子だが、フユキはカグヤでさえ知り得ない情報を持っているかもしれない、貴重な情報源だ。
情報だって立派な武器、手札は多く揃えておいて損は無い。酒呑童子と会うのは『滅び』との戦いの前段階に過ぎないし、そいつとの交渉を円滑に進めるためにも少しでも多く相手のことを知っておきたい。
「早速、酒呑童子本人のことについての情報提供をするのもいいけど、君らは異国のお客さんだからね。最初に『鬼』っていう種族の説明から始めようか」
「あ、はい。そうしていただけると助かります」
「素直でよろしい。まず、鬼の姿形としては額にツノがあるということ。後はそうだね……シノノメでは妖といえばまずは鬼、という程に妖の代表格として認知されている。果たしてそれは何故でしょう?」
「うえ、いきなりクイズとかそりゃねーだろ!」
「えっと……それだけ妖の中でも強い力を持つから、かな?」
「正解。『鬼に金棒』なんて言葉があるくらい、シノノメで鬼は古来から強さの象徴として扱われてきた。妖の種類全てを知らなくても鬼だけは全員が知ってくらい、妖の中でも別格なのさ」
「それを束ねるのが、酒呑童子ってことか」
オレの呟きに、フユキはうなずく。
鬼自体が強い力を持つのなら、その頭である酒呑童子は鬼の中で最強の筈。カグヤが力を借りようとするのも自然と納得がいく。
それにしても、酒呑……「酒呑み」か。嫌な予感しかしないのだが。もしかしたらオレはこのまま回れ右した方がいいんじゃ。
「なあ。ついでに聞いておきたいんだが、その名前の由来って……」
「ああ、鬼は大抵酒好きだからさ。酒呑童子はその中でも特に酷くてね。詳しいことは省くけど、そのせいで命落としかけたくらいだし」
「……なあ。帰っていいか、オレ?」
「はあ? この期に及んで何言ってんのさ」
「ル、ルーザ。気持ちはわかるけど、これも『滅び』を止めるためだから……」
「そう言われてもオレにとっては死刑宣告も同然なんだよ……!」
やっぱり、オレの予感は思いっきり悪い方向で的中だった。鬼が元々酒好きだという時点でオレとの相性は最悪だというのに、酒呑童子はさらにその上をいくときた。
そんな奴に会えばオレなんか数秒で酔ってぶっ倒れること間違いなし。たとえ目が覚めても頭がクラクラして使い物にならないしで完全に戦力外、お荷物になる前に撤退しておいた方がいいよな、よし帰ろう!
そうして背中を向けて逃げ出そうとした……が、ルージュに腕をがっちり掴まれて拘束されてしまい、徒労に終わる。オレの姉は気遣い屋な癖して、時にとても残酷だ。
「そんな訳だから、妖の代表格である鬼は特に妖精との諍いが特に根深いんだ。強さの象徴でもあるけど、同時に災いや悪心の権化とも昔から言われていてね。君らのとこでそれらを悪魔と称するのと同義さ」
「成る程。仲が悪くなる訳だね……」
「まあ、鬼が全く悪行を働かなかったと言われればそうじゃないからね。でも鬼が悪と決めつけられて、その中でも最大最強の鬼である酒呑童子は飛び抜けて厄介者扱いされてしまっていることはちょっと同情するけど」
「ん、厄介者?」
厄介者という単語……聞き覚えがあった。それはこのシノノメの『裏』であるアンブラでヴリトラのことについて触れた時、カーミラからこう言われたんだ。
────『アンブラに昔から生息する大型の魔物で厄介者よ。吸血鬼殺しなんて呼ばれることもあるくらい、吸血鬼でも手こずる魔物なの。お父様でも倒すのはやっと』……と。どちらも国の中心に聳える山にいて、その強さを恐れられて厄介者扱い。しかもその強さは計り知れないもの。
共通点が多いし、シノノメとアンブラの関係を考えると、単なる偶然とは思えない。
「なあオスク。この世界って、繋がってるのは地形だけじゃないんだろ?」
「まあね。裏側まで『滅び』の影響出るくらいだし、見えない繋がりってのは結構深いものだからな。例えば堅物のとこの氷河山と、ドラゴンのいる廃坑の山。大精霊の力が魔物如きで到底届く訳ないけど、自然の力の結晶である宝石が大量にあることで釣り合ってんだろうさ」
「その理屈で酒呑童子とヴリトラが繋がってるのだとしたら……」
「じゃあ、上手くいけばヴリトラ並みの強さを持つやつが味方してくれるってことか⁉︎」
イアの声が興奮で上ずっている。
それも当然か。あのヴリトラの強さは正面からぶつかったオレらがよく知っている。今まで巨大な魔物やらガーディアンを相手にしてきて、その中で唯一倒すことが出来なかった強敵。敵にすれば恐ろしいものだが、味方になってくれたら心強いことこの上ない。
だが、その過程に辿り着くまでにかなりかかりそうだし、あとオレに至ってはは酒呑童子の酒好きな点を上手く回避しなければならないという難題は待ち構えているが……やっぱ帰ろうかな。
「駄目。薬と袋は大量に用意してるから、いざとなったらそれで凌ぐ!」
「心読むなよ……。てか、なんでこういう時だけ厳しいんだよ。オレはバレたくないんだっての!」
「さっきから何の話してんのさ、あの双子は?」
「え、えっと……そんな強い相手と会うから緊張しちゃってるんじゃないかしら! フユキ君、続けて?」
「そうだな……鬼についてはこれくらいでいいか。じゃあ、いよいよ酒呑童子本人についてだ」
それまで小競り合いしていたオレとルージュだが、フユキのその言葉でピタッと手が止まる。
いよいよ、鬼の頭領の情報が出てくる。そう思うと緊張で少し身体が強張った。




