第138話 渡来と出会いと(2)
以前来たとはいえ、完全に道を覚えた訳ではないためにイブキに先導してもらいながらモミジの呉服屋を目指していく。すぐに着替えるつもりだが、まだオレらの服装はいつも通りのもの。注目されるのは避けられず、前回と同様に周りからジロジロという奇異なものを見る目に晒されるハメに。
着慣れた服だが、やはりそんな目で見られるのは恥ずかしい。オレらが道の端で縮こまりながら歩いていく中で唯一、そんな視線を全く気にせず堂々と歩いていくオスクはある意味尊敬する。
そんな状態で、イブキの後をついて行くこと数分。ようやく待ち望んでいた看板と建物を視界に捕らえられた。
「あ、来た来た。こっち、こっちやんね!」
見つけたのは向こうも同じようだ。その建物の前で待っていた呉服屋の店主妖精・モミジがオレンジの着物の袖をバタバタさせながら、オレらに手招きをするかの如く腕を大きく振っている。
早く周りの視線から逃れたい。そんな気持ちもあって、モミジのもとへと向かう足が自然と早くなった。
「ようやっと到着やね。恥ずかしそうに縮こまる集団客なんておもろいもんやねぇ」
「笑い事じゃねえよ……。いいからとっとと着替えさせてくれ」
「そう焦らんでもええのに。ウチの着物は逃げへんよ……て、そちらは初めましてやね」
モミジの視線がカーミラへと向く。
シノノメに初めて来たカーミラは、当然モミジと初対面。非戦闘員であるモミジは同行こそしないが、服装という面で世話になるのだから自己紹介くらいはしておいた方がいいだろう。カーミラもそれは思ったようで、令嬢らしくドレスの裾を摘んで優雅に一礼する。
「初めまして、カーミラよ。ちょっと前からみんなと同行してる吸血鬼なの」
「へえ、吸血鬼なんてほんまにいたんやねぇ。ウチはモミジ、よろしゅうな」
「……って、あんまり驚かねえんだな。吸血鬼ってとこに」
「ま、妖も似たようなもんやし。それに、あんたらと一緒にいるってことはいい子なんとちゃう? ウチにはこないな可愛い笑顔ができる子が悪人とは思えんよ」
そう言って、カーミラに向かって愛想良く笑って見せるモミジ。吸血鬼という種族はその在り方もあって、どうしても嫌悪感を向けられがちだ。レオンのような気難しい奴でもちゃんと話し合えば友好を深めることも出来るが、先入観で遠ざけてしまう者も少なくないだろう。
だが、モミジはカーミラを偏見で遠ざけようとはしなかった。自分自身の目で確かめて、キッパリと悪人ではないと判断してくれたことに、カーミラもホッと息をつく。
「吸血鬼はべっぴんさんが多いって聞いてたけど……ほんまみたいやね。着物の見立て甲斐あるわぁ、しっかり働いてもらうから覚悟しとき!」
「え、どういう意味?」
「タダで着物を貸してもらう代わりに、オレらは宣伝道具に使われるってことだよ」
「ああ……なんか話が美味しすぎるとは思ったけど、そういうことだったのね」
モミジの真意を知ったカーミラは苦笑い。
まあ、宣伝道具っていってもオレらがすることはシノノメの町を歩き回るだけの簡単な仕事。それで本来ならとんでもない額の着物を貸し出してもらえるのだから、有り難い話ではあるし文句は言えない。
「そうと決まればちゃっちゃと着付け終わらせたるわ。イブキはそこで待っといてな!」
「承知した。カグヤ殿はそのままで良いのか?」
「市街地を出るまで着替えるつもりはありません。このままで行かせていただきます」
カグヤはどうやら頑なに着替えたくはないらしい。あのオンボロな着物を気に入ってるとは思えないが、普段竹林の御殿に篭りきりのカグヤには大っぴらに町を歩けるのが新鮮なのだろう。モミジも複雑そうな表情を浮かべているが、大精霊に口答えするのは気が引けるようでそのまま店の奥へと戻っていった。
前回、着物を借りた時は一人一人に似合うものをモミジに見立ててもらったが、着る着物が決まっている現在はその必要も無し。今回は以前より早く着替えが済みそうだ。
「カーミラはんだけは新しく見立てんとね。なんか柄の希望とかあったりせえへんの?」
「そうね……あ、雪の結晶柄とかあるかしら?」
「ん? なんでまたそんな」
「あ。カーミラさんって吸血鬼と氷の精霊のハーフだから」
「そうそう! 普段のドレスもお気に入りだけど、お母様みたいな雰囲気も憧れてたのよね」
「ああ、そういうことか」
「でも似合いそう!」
オレとエメラには初耳であるその情報に、ルージュの説明で納得がいく。何処かで予想はしてたが、カーミラは純血の吸血鬼じゃなかったようだ。カーミラの吸血鬼らしからぬ蒼い瞳は母親譲りということか。
カーミラの普段の服装は紅か黒が基本。だから、氷や雪のような涼しげな色遣いの服装もしてみたかったんだろう。銀髪とも雰囲気が合いそうだし。
「雪の結晶柄なら奥に在庫があった筈やね。今、取ってくるわ」
「ふふ、楽しみ〜!」
「そこまではしゃぐことか?」
「女の子だもの。当然でしょ?」
「そうだよ。2人はもうちょっとその辺気にするべきだと思うんだけど!」
「「別にいいだろ(でしょ)」」
「ハモんないでよ……」
「こうして見ると、2人って本当に双子よね」
「「何を今更」」
自分の趣味嗜好を他人に口出しされる筋合いは無いと、口を揃えて抗議するオレとルージュ。そんなオレらに最早諦めたようにエメラとカーミラはやれやれと肩をすくめていた。




