第138話 渡来と出会いと(1)
ミラーアイランドの港から出航してから数時間……やがて海賊船は目的地であるシノノメ公国へととうとう辿り着いた。船が再びイカリを下ろし、その動きを完全に停止させるのを見計らってオレらは船を降りた。
地面に足を付けると、オレにとって天敵である揺れからやっと解放されたこともあって、安心感から思わずため息が漏れる。そして、薬を飲んでいても軽く酔ってクラクラする頭を支えながら、オレは気分転換がてら辺りを見渡してみた。
荘厳な雰囲気を纏いながら静かに佇む赤い門────確か鳥居といったか────が最初に目に留まり、道の両脇には灯篭とかいう背が低い明かりが立ち並ぶ。そして、その奥には特徴的な木造の建物で構成される町が見え……他の国にはない異色な、それでいてどこか懐かしさを感じさせる雰囲気がオレらを出迎えた。
……また来たんだな、ここに。その風景を見据え、そんな感想を抱いた。行動を起こす前に、まずはカグヤ達と合流したいところだが……
「無事に来られたようだな」
「ええ。お待ちしておりました」
「ああ、カグヤ……って」
タイミングを見計らったように、オレらに駆け寄ってきた人影を見つけて振り返った途端、オレらは固まった。その一人……侍の家系であるらしいイブキはまだいい、問題はもう片方。
妖精であるイブキと比べて身長が高い体型から精霊であることは瞬時にわかるのだが、その身体に纏うのはごわごわとした麻でできた、見るからに着心地の悪そうな服。形こそ着物に近いがあちこち茶色く汚れているし、お世辞にも綺麗とは言い難い。おまけに同じ布地で作られたらしい、頭には頭巾を被って顔が見えづらいのが余計にみすぼらしさを際立たせる。
が、その頭巾の下から覗くのは、服装とは不釣り合いな艶やかで上質な黒髪。おまけに瞳は星の光が宿っているかのように煌めいて大きなもので……
「ええっ、カグヤさん⁉︎」
「どうしたんですか、その格好!」
仲間が驚くのも無理はない。中身は確かにカグヤなのだが……以前見た、夜空を染め上げた美麗な着物姿は見る影もない。
大精霊ともあろうものが何故そんな格好を、とオレらが疑問に思っている中、オスクだけは「ハッ」と鼻で笑う。
「随分な変装じゃん。絶世の美女ってのは大変だなぁ?」
「そうでしょうか。シノノメでは身分を誤魔化す時、身をやつすのが一般的と聞いたもので」
「ううむ……確かにそれは正しくはあるが、大精霊殿にそのような格好をさせるのはどうかと。モミジも大分狼狽している様子であった」
「わたくしが望んだことです。あの呉服屋には感謝してます」
「えっと……つまりカグヤさんのその格好は目立たないための変装だと?」
「ええ、その通りです」
「別の意味で目立ってる気もするがな……」
服は確かにオンボロで、いかにもな貧しさを漂わせているが、中身はあのカグヤだ。元からの魔力の高さは相変わらずだし、大精霊のオーラというべきか……そういった気配はダダ漏れだ。多分、勘のいい奴は気づいてしまうだろう。
そもそも不自然過ぎて周りの景色に溶け込めてないし、ゆったりとした優雅な歩き方など、立ち振る舞いが貧民のそれとはかけ離れていて逆に注目を集めているような……。まあ周りが大騒ぎになっていない辺り、今のところ成功しているようだが。
「シノノメの変装って大変だな。オレ達のとこじゃ、帽子被って、マスクして、サングラスでもしてりゃオッケーなのに」
「間違ってはねえが……」
「思いっきり不審者の格好だよね、それ」
「ともかく、こうして再び顔を合わせられたこと、大変喜ばしく思います。御足労、感謝します」
「はい、僕達も嬉しいです」
「拙者も同感だ。経緯は不本意であるが、再会できたのは嬉々たることだ」
カグヤもイブキも、ここに来た経緯は複雑な感情を抱いてはいるようだが、再会出来たことには喜んでくれた。
それはオレらも同じ、全員の表情が自然と明るいものへと変わる。
「異変の根っこは掴めてるっしょ?」
「はい、昨日にお伝えした通りです。急ぎたくはありますが、敵は強大……こちらも万全の体制で向かわねばなりません」
「ま、それはわかってるけど。あと、堅物はどこにいるのさ」
「シルヴァートには別行動をお願いし、見張りを任せています。少しでも異変を感じたら連絡するように、と」
「堅物で通じるのか……?」
「よくそう呼んでいらしたので」
「ああ、そう……」
どうやらシルヴァートは後に合流することになっているようだ。今は別行動を取って、敵の出方を伺っているのだろう。
ミラーアイランドで別れたレオンも、今頃アンブラで様子見してくれているところだろう。姿こそ見えない2人だが、頼もしいことには変わらない。
「それに、其方らの服装も。モミジに着物の手配を頼んである、まずはそちらに向かうとしよう」
「うん、そうだね」
オレらの今の服装はシノノメでは異国のものということもあって、目立って仕方ない。それが大勢では余計に注目を集めてしまう。郷に入れば郷に従え、行動に制限をかけないためにも服装の切り替えは必須だ。
そうしてオレらはロバーツに一旦別れを告げて、シノノメの町へと歩き出す。初めてシノノメへと来たカーミラは興味深そうにあちこちをキョロキョロと見回していた。
「わあ……今まで見てきたどんな国とも違うのね、シノノメ公国って!」
「ああ、独自の文化で発展してきたようだからな」
「服装とか建物とか全然違うし、まさに異国って感じね。でも……」
そう言いながら、カーミラが取り出したのはシノノメとアンブラの地図。こことは真逆の文化と雰囲気をもつ常夜の国だが……二つの国が『繋がっている』証拠が、そこには確かにあった。
「……本当にアンブラとそっくりなのね、ここ。直接見ても信じられないところあるけど、こうしちゃうとお手上げだわ」
カーミラはシノノメとアンブラの地図を、視線を行ったり来たりさせて交互に見比べている。
アンブラの地図の方は南を上にして見ているが、両者は鏡に合わせたかのように地形が瓜二つ。中央に高い山が鎮座しているところから、台地や谷などの細かい部分までほぼ同じ。ミラーアイランドとシャドーラルもそうだったが、やはりこうも似ているのは驚くところだ。
横から地図を覗き込むドラクも、感嘆のため息を一つ。
「本当だ、何から何まで同じだ。以前は他のことに気を取られてたからあまり気にしてなかったけど、やっぱり不思議だなぁ……」
「ここ、アンブラと雰囲気真逆だし……これ見てなかったら『繋がってる』っていうのもなんだか信じられない」
「それはお互い様だろ。ミラーアイランドとシャドーラルだって、常夏の島に極寒の谷だぜ?」
「そうだったわね……。まさに光と影なのかしら」
カーミラの言葉に、思わず頷いていた。
雰囲気こそ異なるが、二つの世界は支え合い、影響し合っている……それは以前に火山の異変を解決した時に証明済みだ。光と影は切っても切れない関係、この世界の在り方はそれを体現しているかのようだ。
だからこそ、裏側のアンブラに悪影響を及ぼさせないために、この世界のためにシノノメに潜んでいるらしい『滅び』をなんとかしなくてはならない。
「事が片付き次第、其方らにシノノメの地を案内したいものだ。異変も災いも何もない、本来の姿のシノノメを」
「……ああ」
そう言うイブキにオレは迷う事なく同意する。今のシノノメは、表立ってはいないが『普通』とは言い難い状況だ。以前も今も、少ないとはいえ妖精が失踪してしまうなど、確かな被害を出してしまっている。モミジだって表では明るく振舞っていたが、内心では不安で仕方ないだろう。
……あの時、悲しさで流した涙は偽物なんかじゃないのだから。
早く、平和に戻ったこの国の姿を見てみたい……そう思いながら、オレらはモミジが待つ呉服屋へと急いだ。




