第14話 廻りし暁の姫君(1)
視点切り替え話です。
……明るい朝日が窓から差し込んでくる。
私、ルージュは眠気が残る中、朝日で眠気を飛ばそうとカーテンを開けた。照らしてくる日の光が眩しくて、私は思わず目を細める。
ルーザのところに泊まらせてもらって二日目。今日は光の世界に帰る前に、影の世界を少し観光するつもりだった。
窓から差し込んでくる光は、寒さとは逆に暖かだ。地面に積もった雪が光を反射してキラキラと輝いていて、まるで宝石がちりばめられた白い絨毯が敷かれているよう。
何気にこういった景色は私が住んでる所じゃ雪が降らないから初めてで新鮮な気分だ。ミラーアイランドは常夏故に雪が降ることは全く無いし、魔法で出すような偽物しか見たことがない。だから、自然の雪というのは初めて見た。
眠気も飛んだし、そろそろ着替えよ────ガアンッ‼︎
「……ッ⁉︎」
隣から大きな金属音が響き、ビクッと肩が大きく跳ね上がってしまった。
確か……隣の部屋は、昨日何故だか気まぐれで私達についてきた闇の大精霊、オスクの部屋だ。じゃあ今の音は?
『ほら、とっとと起きろ! 寝坊したら承知しないぞ!』
『煩いな……もう少し寝かせろ……』
……壁越しからそんなやり取りが聞こえてくる。
朝だというのに、怒鳴るような大きな声を張り上げるルーザと、寝起きなのか気怠げに返事をするオスク。そのやり取りからして、ルーザがオスクを起こしにきたらしい。さっきの金属音はテーブルにでもフライパンを叩きつけて出したのだろうか。
壁に挟まれていて詳しい状況はわからないものの、どうやら2人は揉めているようでなかなか会話が進んでない。執事業務を衣食住と引き換えにやらされているオスクだけど、あくまで仕えている主人のルーザに起こされている時点で執事失格だな……。
『……朝っぱらから迷惑なこった。あと5分くらい別にいいじゃん』
『大の大人がなに子供染みた言い訳してんだ! そう言ってまた暫く眠りこけるつもりだろうが。テメ、いくつだよ!』
『600だ。文句あるか』
『は、』
『お前達妖精の物差しで計んなっての。分かったらとっとと出てけ』
『……ああ、そうだな。600歳の大精霊だろうが住まわせてやってる礼儀を身体に叩き込んでやらねえとな……! てな訳で、手始めに今すぐにでも起こしてやる。起床!』
『うわあ⁉︎ こら、毛布を返せ!』
……ルーザがオスクから毛布を引っ剥がすという強行手段に出たらしい。オスクの抗議の声が私の部屋にも響いてくる。
まだしばらく収まりそうにないから、私は朝食の用意をしていよう。巻き込まれない内に私はいそいそと部屋を抜け出す。
その後も『鬼畜妖精!』だの『ニート大精霊!』だの悪口が聞こえてきた。あれじゃあただの口喧嘩だ。……ニートってなんだろう。
とにかく私にまで飛び火するのは勘弁したいと、私はそそくさとキッチンへと逃げ込んだ。
「えっと……サラダとオムレツと、付け合わせにスープもあるといいかな」
そうして私はエプロンを身に付けた後、鍋や木べらなどの調理道具を出して用意を進めていく。そしてパンを皿に出してから卵やレタスなどの材料を並べて、早速作業を開始する。
まずは野菜や卵の下準備。レタスを水で洗い、カゴに積まれていた卵を割って、ボウルに入れてコショウで下味をつけながら黄身を泡立て器でといていく。卵をフライパンで焼き始めると、温かな湯気が立ち上り、冷えていた私の顔をほのかに温めてくれた。
「ん、そういえば……」
作業をしている最中に、ふとオスクは普段何を食べていたんだろうという考えが浮かんだ。
あの地下神殿には水脈はあったけど、それ以外なにもなかった。野草でも摘んでいたのか、他から食料を調達していたのか……あとで聞いてみようかな。
作った料理をリビングへ持っていくと、オスクとルーザも既にリビングへ来ていた。オスクはテーブル拭きをやらされているところで、昨日と同様に相変わらず作業を文句たらたらでやっている。
オスクは布巾を絞るというのも慣れていないらしくて、布巾の絞り方が甘いように思えた。水気の多い布巾はテーブルをびちゃびちゃに濡らしてしまっているし、これじゃあ拭かない方が良かったんじゃ……。
「2人とも、作業は中断して朝食にしよう。冷めちゃうし」
「お、おい! ああ言われているんだからいいだろ⁉︎」
「はあ。仕方ねえな」
オスクは心底ホッとしたように布巾を隅に置いて朝食を食べ出した。私達2人もびしょ濡れテーブルの上に置かれた朝食を食べ始める。
仕事から解放されたオスクは喉に詰まるんじゃないかってくらい、料理を勢いよく口にかきこんでいる。口に合うかどうかという心配はいらなかったみたいだ。
「おい、腹減ってるのはわかるがもう少しペース落とせよ。身体が受け付けないぞ」
「別にいいじゃん。食事くらい口出すなっての。こんなちゃんとした食事は久々なんだ」
その様子にたまらずルーザが注意するものの、オスクはこっちの勝手だと言わんばかりに口を尖らせる。
そう言われると、ますますさっきのことが気にかかった。聞くとしたら今がいい機会かもしれないと思って、もぐもぐと頬張ってから飲み込んだタイミングを見計らって話を切り出してみる。
「さっき思って聞きたかったんだけどさ、オスクって普段何食べてたの?」
「うん? 釣り上げた魚を削った岩塩と焼いたりな。あとは野草を摘んで食べてた」
「え、えっと水分補給は?」
「魚を焼いた後の残り火で蒸留させて飲んでたけど?」
「……」
……あまりの答えに言葉を失う。
まんまサバイバル生活じゃないの! よくそれで暮らしていけたというか、大精霊の尊厳台無し……。
なんだか今更ながら哀れにさえ思えてきた。だからついてきたのかな。それでも、ただの一介の妖精に過ぎない私達の後を追ってきた理由としては弱い気はするのだけど。
「お前、大精霊だろ? 供物とか貰えるような立場じゃないのかよ」
「全然。あの神殿だって元あった場所からあの地下洞窟に移しただけだし、あんなとこじゃ誰も近寄らない。お前らが僕のとこまで初めて到達した奴だ」
「じゃあなんでそんなところで生活してたの? 元の場所は居心地いいんでしょ?」
「どうだかね。地位が上がるとそれだけ面倒も増えるし、僕に捧げ物をするような物好きなんていないに等しいけど。奥に引っ込んで閉じこもってる、っていう点じゃどっちでも変わらない。……ま、昨日までいた場所は逃げるためだから当然なんだけどさ」
……最後の辺りは声が小さくでよく聞こえなかった。
本人は自由だからいいと言ってるけど、それでもついてきたのはやっぱり限界はあったからなのかもしれない。執事業務は嫌々させられてるけど、家の中と洞窟の中に比べれば断然今の方が環境はいいのだろうから。
「これで仕事が無ければ最高なんだけど、なぁ?」
「煩い。住まわせてやってるんだから当然だろ。文句あるなら戻ってもいいんだぞ?」
「チッ……」
舌打ちし、わかりやすいくらい嫌そうな顔をするオスク。執事業務は面倒だと思ってはいても、なんだかんだで離れたくはない様子だ。
確かに、食事がそんな感じでは生活に色々不便もあった筈。私達に付いてきた理由はわからないことが多いけど、それ以上にあの地下神殿での生活はしばらくしたくないのかもしれない。
ルーザとはまだ若干ギスギスしているけど、オスクも馴染めるといいな……。そう思いながら、私はスープをぐっと飲み干した。




