第2話 出会い(1)
翌日。今日は学校は休み。天気もよく、暖かだ。窓から差し込んでくる陽の光に目を細めて、ベッドから抜け出したばかりの私は空気を入れ替えようと窓を開け、身体に日差しをたっぷり浴びる。
「うーんっ……」
眠気が飛ばされ、思わず私は伸びをする。こっていた身体がほぐれ、吹き込むそよ風が気持ちいい。
今日は予定も特にないし……たまにはのんびり散歩しようかな。いい天気だし、屋敷の中にいるだけじゃもったいない。
そう思って、私は朝食を済ませた後に早速散歩にくりだすことにした。軽い荷物をカバンに押し込み、勢いのまま迷いの森へと飛び込んだ。
そしてそこはあまりうっそうとしておらず、木漏れ日があちこちから差し込んでいて、とても落ち着く雰囲気に包まれていた。名前だけ聞くと物騒な場所だけど、昼間なら明るくて普通の森と変わらない。それでもあくまで迷いの森だから、気を付けない迷ってしまうからちゃんと確認しないといけないのだけれど。
敷地内で迷子になるなんて流石に恥ずかしい。来た道をちゃんと確認しながら、奥へと歩みを進めていく。
「ん?」
しばらく歩いていると茂みからガサッと音が聞こえた。
なんだろう、魔物かな。でもこんなところに……?
ここには魔物は滅多に現れない。魔物も、ここに入り込めばなかなか帰れないのは知っている。とはいえ、たまに迷いこんできて気が立っていると襲ってくることもあることはある。
私は愛用の剣に手をかけながら警戒し、周囲に注意を払う。そして茂みの中を注視していると、小さな影が飛び出してきた!
飛び出してきた魔物は、小さな丸い体に大きな葉の飾りをつけた個体。名前はリーフナーだ。草むらを住処にしていることが多い、力もあまり持ち合わせていない種類。子供でも撃退することが容易で、さほど苦戦する相手でもない。
でも、相手がやる気なら私だって大人しくやられるわけにはいかない。私は応戦するために手をかけていた剣を抜いて構える。その次に私の周囲から魔法陣を出して、光弾を放った。
「『セインレイ』!」
光弾はリーフナーに向かってまっすぐ飛んでいき、その腹部に命中する。ビシッ、と鋭い音が辺りに響き渡って、リーフナーは吹き飛ばされた。
「キャウンッ⁉︎」
吹き飛ばされたリーフナーは派手に転んだ。
よほど痛かったらしい、リーフナーは仕返しとばかりに怒って殴りつけてきた。
「……っ!」
だけど、正面からの単純な攻撃。私は隙をつかせまいと、動きをよく見て軽くかわした。
「まだやる気なら容赦しないよ!」
剣を構え直し、リーフナーに向かって斬りつけた。斬撃を浴びたリーフナーはさっきよりも大きく仰け反る。
「キャウ〜……」
体力の限界だったらしく、攻撃をくらったリーフナーは鳴き声を上げて消滅した。私はそのことを確認して、剣を鞘に収める。
「ふう」
ホッとして、息をつく。一体だけなら大したことがないとはいえ、最初は驚いたために身体が強張っていた。剣を収めると同時に肩の荷が下りて、森と私の鼓動が静寂を取り戻す。
これで一安心だ。早速散歩を再開しようと、一歩を踏み出そうとしたその時、
────ガサッ。
「ん、まだいるの?」
またしても何かがいるような物音が聞こえてきた。さっきの戦いの音に誘われて、というのも否定出来ない。そう思って私は警戒しつつ、音が聞こえてきた茂みに入ろうとした……のだけれど。
「……っ⁉︎ 誰だよ‼︎」
「きゃっ⁉︎」
茂みに近づいた途端、私浴びせられたのは魔物の攻撃ではなく、怒声。当然、びっくりした私は反射的に後ろに下がる。
だ、誰かいる⁉︎
ちょっと低かったけど女の声だ……。恐らく、私と同じくらいの年頃と思われる声。
「えっと、誰なの?」
「うるさい! とっとと失せろっ!」
「は、はひっ!」
なんでこんなところにいるのかも気になって勇気を出して尋ねてみたのだけど、容赦のない言葉を浴びせられて私はすっかり怖くなってしまい。姿も見えないことがそれに余計に拍車をかけ、私は後ろも振り向かずにその場から慌てて逃げ出した。
「もうっ、一体なんなの……?」
しばらく走った後で後ろを振り返り、追ってきてはいないようで足を止める。そこでようやく、自分の敷地内だというのにこっちが追い払われたという矛盾点に気付き、今更ながら苛立ちが込み上げてくる。
とはいえ、相手の正体もまだ不明。気にはなるけどまた怒鳴りつけられるのは御免被るし、一人で立ち向かうには少し怖い。ちょっと時間を置こう……そう思って来た道を引き返した。
……それから何分か経っただろう? あれからしばらくはウロウロしていたけれど、やっぱり気がかりだ。ここは今、私の敷地内。セキュリティとはいえ、ずっと迷ったままで弱ってしまっても困る。
少し怖い気持ちはあるけれど、やっぱり放っておけない。とりあえず確認しに行こう……そう自分を納得させながら勇気を出して、怒鳴ってきたやつがいる場所に戻ってみることに。
「リーフナーを倒したのがここだから……この茂みのはず」
記憶を頼りに道を引き返し、やがてそいつがいた茂みに辿り着いてから早速そこを手で掻き分けて様子を見てみる。
やはり茂みの中には誰かいたようで、草を掻き分けた跡と踏みつけてしおれた雑草が目に留まる。
だけど……そこにはもう誰もいなかった。
「あれ、いない……?」
もう立ち去った後なのだろうか。そうだとしてもおかしくないけど、なんだか引っ掛かりをを感じて私は思わず周囲をキョロキョロと見回してみる。
「うーん……あれ?」
じっと見てみると、ここの辺りにあった木苺が摘まれていた。私の記憶が正しければ、かなりの数が実っていたはずだ。なのに、今は数えきれるほどしかない。
さっきのあいつが食べたのかな。この木苺の残りようからして、かなりお腹が空いていたようだけれど。
でも、周囲には誰かいるような気配は感じない。立ち去ったとしても、ここは迷いの森。正しい道を知らなければ同じ道をぐるぐるしてしまうというのに、犯人はもう森から完全に出て行ったらしい。……ここでは迷わず入ってきて、帰ることも困難なはずなのに。
私は疑問が消えないまま、仕方なく森を出た。だけどやっぱり気掛かりなことは変わらず、頭の中がもやもやしたままだった……。