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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第12章 暁天繚乱ーOld Tellerー
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第137話 桜花、再臨(2)

 

 シノノメ公国に再び赴くことを決めてから、オレらは準備を大急ぎで整えていった。自分で指定したこととはいえ、出発は明日……余裕があるとは言い難い状況だ。今日一日で用意を完了させなくてはならない。

 持ち物の確認はもちろんのこと、鎌の刃こぼれが無いかのチェックや、クリスタにもまた遠出するという報告を済ませるなど、着実かついつも以上に準備を念を入れて進めていく。何せ、相手は大精霊ですら退却を余儀なくされたヤツなんだ、用心するに越したことはない。


 そして現在は万が一の時のためにと、オレはルージュとオスクと共に傷薬を調達しに来ている。オレらの多いとは言い難い小遣いでも大量に購入できる安い薬を買い終えて、今はそれらをルージュのカバンに移し替えている最中だ。


「随分買い込むなぁ。そんなに不安か、救世主サマよ?」


生憎あいにくこちとら未熟者なんでな。深手を負った時の対処法もしっかりやっとかねえと気が済まないんだよ」


「軽傷ならエメラの魔法や私でもなんとかできるけど、擦りく度に魔法使ってたらキリが無いからね」


 何処か馬鹿にしてくるようなオスクの言い草にオレは反射的に言い返し、ルージュも理由を説明する。

 ルージュの言う通り、かすり傷程度であれば魔法でも瞬時に治せるが、何回も何回もルージュやエメラに回復してもらっては2人の負担が重くなってしまう。魔力切れを起こされては戦力が削れてしまうし、薬は大量に用意しておいて損は無い。


「まーまー、そうムキになりなさんなって。自分の力量を過信せずに慎重に行動する、良い判断だと思ってんだよ。それによく言うじゃん、『備えあれば嬉しいな』って!」


「……それは突っ込め、って言ってんのか?」


 オスクのとぼけた発言に、思わずため息を吐く。

 まあ、この判断は正しいと賞賛してくれているのだから、これもオスクなりの心配なのだろう。オレらの保護者を名乗るこの大精霊に、少しは成長していることを証明できただろうか。


「けど、一つ不満を挙げるとすれば薬の効能だな。僕が言うのもなんだけど、そんなやっすい塗り薬でホントに大丈夫なわけ?」


「学生の財力だとこれが限界なんだよ。無茶言うな」


「でも、確かにこれじゃ応急処置くらいにしかならないんだよね。学校でも魔法薬の調合は習ってるし、フリード辺りに補助してもらいながら自分達で作るのもアリだけど……」


「調合ねぇ。強力なものを作るなら、薬草だけじゃ足りないだろ。何が必要だ?」


「傷の深さにもよるけど、確か……カエルの煮汁とか虫の粉末、後はヘビとかイモリとか、かな?」


「……遠慮しておくわ」


 ルージュからの回答を聞くや否や、オレは即答で拒否する。

 なんだってそんなグロテスクなものばっかなんだ。いや、触ること自体は授業でも多少は扱ってたから別に平気なんだが……オレの場合、ビチビチうごめくのがうっとおしくて、絶対握り潰すだろうという変な自信がある。

 部活で魔法薬と錬金術を数多くこなしていたフリードは、それらを当たり前に扱っていたのかもしれないが……あの大人しいフリードが、そんな材料を平気で触っている姿はどうも想像しにくい。

 ともかく、自分で調合するという案は無理そうだ。それ以前に材料を調達する時間も無いのだから、最初から不可能に近い。


 強い薬は無い。しかし、代わりに今は頼れる仲間も大勢いるんだ。レオンも協力する姿勢でいてくれてるし、これから再会するであろうカグヤも付いてきてくれる。これ以上心強いことはない。

 逃げるなんて今更だ。さっきだってカグヤに覚悟を伝えたばかりだし、もう後ろは振り返らない。


「どっちにしろ、お前らが関わるのは強制されたこと。その保護者である僕も同様だし、後には退けないんだ。やるしかないっしょ」


「うん、もちろん」


「ああ。いくぜ……」


 ────世界を、救いに。

 その最終目標を3人で再確認し、オレらは拳を突き合わせた。





「いよいよだね……」


「ああ」


 翌日、この日は朝から忙しかった。

 昨日の内に支度は整えたが、当日になってからやることだって多くある。今、オレらはその中の一つ……シノノメに向かうための船に乗り込み、出航の準備をしているところだ。

 そしてその船の主人は……


「ったくよぉ、久々に駆り出されたと思ったらこんな縁起でもない話だとは。お嬢ちゃん達との感動の再会だってのに、これじゃちっとも嬉しくねェ」


 海賊妖精・ロバーツ。クリスタに港の使用許可と、食料などの物資提供と引き換えに、光の世界の海においてオレらの足になってくれると約束してくれた相手。以前、シノノメに行った時にも船を出してもらっていたし、今回もその力を借りることは最初から決定していた。

 ここ最近は影の世界での遠出だったり、学業やイベントに勤しんだりしていたものだからなかなか会うチャンスが無かったのだが、ここに来てようやく頼れる機会ができた。……が、それを喜んでいいことなのかは複雑なところだ。ロバーツ本人も頼る理由を聞くなり、その厳つい顔をさらに険しくしているし。


「すみません、ロバーツさん。突然お願いしてしまって……」


「いや、いいさ。お嬢ちゃん達の力になるために女王さんと交渉したんだしな。おかげで安定して食い繫ぐ術を手にできたってモンだしなぁ」


 ロバーツはオレらの急な要請でもすぐに承諾してくれた。仲間なのだから、協力するのは当然だと……それがどれだけ有り難かったことか。

 こうなった経緯は喜べないものだが、ここだけは素直に嬉しい点だ。


「にしても、お嬢ちゃん達も災難なこったな。新年早々、世界のために奔走するなんてよ」


「これがオレらの使命なもんでな。大精霊達から救世主なんて大層な役目任されてるせいでね」


「らしいな。始めっから只モンじゃねェことはわかっていたが……ホントに、世間サマは残酷なモンだ。こんな年端もいかない子供らに世界の命運託すなんざ」


「はい。でも……自分達で決めたことですから」


 気の毒だとでも言うように、吹かしていた葉巻の煙を吐き出すロバーツ。

 確かに、世界のためにあちこち走り回っているのも、今こうしてこの場に立っているのも、強制されたことなのかもしれない。だが結局、最終決定権は自分達にある。ここにいるのは、間違いなく自分の意思で決めたことだ。

 もしこれが、仕方なくやっているものだとしたら────こんなに多くの仲間はいないだろう。それは元々は敵だった吸血鬼のことも例外じゃない。


「これが完成させておいた貴様ら人数分の結晶石だ。精々これを使う状況に陥らぬことだな」


「あ、ありがとうございます、レオンさん」


「本当……これを使わずに済むようにしないとね」


 エメラは受け取ったばかりの浄化の結晶石を見つめてそう漏らした。

 この結晶石はオスクが要請し、量産したものだ。万が一『滅び』が以前の、ルージュを呑み込もうとした時のように……敵の手駒にならないための備え。そんな目的で量産されたものだ、使用せざるを得ない状況は絶対に作りたくない。


「それで、レオンはどうするのよ。今日は見送りできたんでしょ?」


「僕は一度、アンブラに戻る。そこの大精霊に裏側で待機してろと言われたのでな」


「……どゆこと?」


「シノノメ公国とアンブラ公国は繋がってるの。ミラーアイランドとシャドーラルみたいに」


「はい。火山の暴走を止めたのも、それが理由です。あの時、シノノメ公国では異変が大規模すぎて止める術が無かった────なら、裏側であれば解決できるのでは、と」


「へえ、そんな理由でアンブラに来たのね」


 ルージュとフリードの説明に納得した、と言わんばかりに頷くカーミラ。今の今まで、はるばるアンブラ公国まで異変を止めに来たのは『滅び』のせいだとわかっていても、それがどうしてアンブラにあるとわかったのかについて理由を話していなかったから、不思議に思っていたのだろう。

 繋がりを持った二つの世界はどちらかに異変が生じると、もう片方も影響を受けてしまう。『滅び』相手では尚更だ、オスクはその見張り役をレオンに任せたのだろう。


「えっ、でも大丈夫なのか? たった一人でそんな役引き受けちまって」


「ほう……貴様は僕が弱いと抜かすか、蒼玉の妖精」


「イエ、メッソウモゴザイマセン」


「……ふん、奴らにやられるつもりなど毛頭無い。都合の良いように使い潰されたこの屈辱、返さなければ気が済まない。怒りでぎ続けてきたこの牙……今度こそ奴らの喉笛に突き立ててくれる」


 レオンも同行こそしないが、『滅び』に対しての憤りは確かなものだった。

 レオンはこの中で唯一、『滅び』に利用された存在だ。その分、借りを返そうという気持ちが人一倍強いのだろう。直接対峙はしないが、文字通り裏をかいてやろうという意思が態度で示されていた。


「んじゃ、覚悟を再確認したところで出発の時間だ。アンブラまでのゲートを繋いでやったから、さっさと行きなよ」


「言われる間でもない。貴様らこそ、くだらぬことでくたばってくれるな」


「う、うん。レオンも……気を付けてね」


「……お互い、武運を」


 ルージュのそんな見送りの言葉を背に、レオンはオスクが開いたゲートの術の魔法陣を潜り……やがてその姿を消した。

 オレらももう準備は万端。ここにこれ以上留まる理由もない。なら、オレらもそろそろ行くべきだ。


「ロバーツさん、そろそろ」


「いいのかい? それじゃ、始めるぜ」


 ロバーツの確認の言葉に迷わず頷く。それを見たロバーツは返事する代わりにニヤリと笑い、葉巻を指に挟んで声を張り上げた。


「野郎ども、出航だ! イカリを上げろ!」


 ロバーツのその一言で、船内が一気に騒がしくなる。まだ目的地には着いていないが、これから強大な敵の元へ飛び込んでいくのだと思うと緊張が高まった。


「よし……」


 そんなドタバタと忙しない中で、オレは静かに拳を握りしめる。

 絶対に、負けはしない────その意思を『滅び』に宣言するかの如く。

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