第136話 響く災厄の鼓動(3)
「まーったく、派手にやってくれちゃって。擦り剥いたとこジンジンするし、どうしてくれんのさ」
「あれだけやられておいてかすり傷で済んでるお前も怖えっての……」
ぶつくさと文句垂れるオスクにオレ、ルーザは呆れてため息をつく。
あの騒動……ルージュのカバンを無断で掻っ払うという、コソ泥同然の行為に及んだオスクにとうとう堪忍袋の緒が切れたルージュが天誅を下してから翌日。日が一周回ってからルージュの機嫌はようやく収まって、屋敷内はいつも通りの和やかな雰囲気に包まれていた。
それにしても、とオレは窓の外に視線を向ける。あの『狂気騒動』程ではないものの、ルージュの暴れっぷりは屋敷の庭にしっかりと刻まれている。
地面に焼け焦げた跡があるわ、雑草は切り刻まれてるわ、木は2、3本倒れてるわ、と文字通り嵐が過ぎ去ったかのようで。そんな命の大精霊にあるまじき行為を、オレの姉は全て笑顔でやってのけるものだから余計恐ろしい。『裏』の気配は無かったが、あれはあれで狂気を感じた。
まあ、ルージュのことももちろんなのだが……オスクもオスクで。庭がそんな大惨事にもかかわらず、オスクが負ったのはほんのかすり傷程度。一体どうやったらそんなケロッとしていられるのかと、オレ含めた部外者達全員で呆気に取られていた。
「僕でもルージュの迫力に多少慄いたというのに……一体どのようにして難を逃れたというんだ」
「簡単な話じゃん。必死こいて逃げ回って攻撃避けまくった。以上」
「それで納得すると思うのかよ」
「ま、多少インチキさせてもらったけどね。僕だって死にたくないし」
『無駄に奥の手まで使ったのかよ』
『才能の無駄遣いもいいとこですね……』
やはりオスクはまともに答えようとしなかった。レオンが問い詰めても、オレがいくら説明を求めても、このように誤魔化してばかり。レシスとライヤは何か知ってるようで呆れていたが。
しかし、それで話がわかる筈も無く。ルージュも当然ながら納得がいかないようで、怒りが収まった今朝になっても普段より表情が険しいまま。そして今も、もう盗られてなるものかとばかりにカバンを大事そうに抱えてしばらく手放しそうにないし。
「もう、いくら言っても改善しないから諦めちゃってた私も悪いんだけどさ。コソコソカバンを持って行くとか泥棒みたいなことしないでほしいんだけど?」
「ハイハイ、悪かったって」
「お前、ちゃんと反省しろよ……」
「反省してるって。次から堂々持ってけばいいっしょ?」
「良くないってば!」
やっぱりオスクは微塵も反省して無かった。それどころか開き直って次もやるつもりだと宣言する始末。ルージュはもちろんのこと、横で話を聞いていたレオンとレシスも呆れて深くため息をついていた。
だが……今までもオスクは勝手に手を突っ込んでカバンを使うことはしていたが、まるごと持っていくまではしなかった筈。まあ、オレも一回経験があるからあまり偉そうに言えた立場でないんだが……一体何に使っていたんだか。
秘密主義のオスクのことだ、聞いてもどうせ誤魔化されてしまうだろうが。
「ま、まあまあ、気持ち切り替えていきましょ。あまりカリカリしてちゃ身体に悪いわ。ホットミルク作ったから飲んでみてちょうだい」
「あ、ありがとう、カーミラさん」
不意にカーミラが作ってきたというホットミルクを持ってきた。
大きなマグカップに、たっぷりと淹れられたほかほかと暖かい湯気を立てているホットミルクは見ているだけでも不思議と心が落ち着く。それを口に含んだところで、ようやくルージュの表情も和らいだ。
オレはこういうのは好き好んで飲まないんだが……たまにはいいか。そう思って、オレもホットミルクを有り難くいただく。
……シュヴェルのコーヒーには及ばないが、なかなか悪くない味だった。
「気持ちは分からんでもないが、カーミラの言う通りそうカッカすんな。まだ満足してねえならオレがあとでぶん殴っておくから」
「おい⁉︎」
「そう、だね。冬休みもあと少しだし……。あ、ぶん殴るのはお願いします」
「どさくさに紛れて同意すんな! お前は止める役割りだろうが!」
『お前が悪い。諦めろ』
……余計な一悶着があったが、オレはルージュの言葉を一人、振り返る。
そう、もう冬休みが終わりに近づいていた。なんだかあっという間だった気がするが、年を越してからそれなりに日が経ってるし、当たり前といえば当たり前だ。
聖夜祭を満喫し、星の大精霊に会い、レオンの特訓を受けて……と、ドタバタしてたまに痛い目に遭ってはいたが、それなりに充実していたと思う。この世界を消し飛ばす災いが降りかかっていることを、たまに忘れそうになるくらいには。
新学期を迎えることに関しては特に問題ない。気掛かりなのは次に会う大精霊のこと。まだ会っていない大精霊は3人と少なくなってきているのだが……それは難易度が高くなっていることも示している。
失踪している光の大精霊は保留するとしても、火の大精霊も、大地の大精霊も揃って正確な居場所が掴めぬままだった。ルージュにも今まで様々な本を調べてもらったが成果はゼロ。完全に立ち往生だ。
このまま残りの冬休みをのんびり過ごすのも悪くないんだが……。
「……あれ?」
「ん、どうした?」
「なんか……カバンが小刻みに震えてる気がして。ずっと抱えてたけど、さっきまでこんなこと無かったのに」
「荷物の入れ過ぎではないのか? それで魔法の効果が薄まって中身が暴れているのだろう」
「ええ? まさか、このカバンに限ってそんなこと」
レオンの言葉に怪訝そうに首を傾げながらも、心配なのか原因を探るべくすぐに中を確認するルージュ。
確か、ルージュのカバンはクリスタからの贈り物だったか。その気になれば屋敷まるごとしまえるくらいの強力な収納魔法がかけられている特注品。
カバンには王笏や遠写の水鏡、結晶の残骸だったり傷薬などの治療道具という、『滅び』との戦いに欠かせないものを始め、その他ルージュの私物など色々荷物が詰め込まれているが、それでもカバンの許容量は越えない筈。
「どうだ? やっぱ散らかってたか?」
「えっと、よくわからないんだけど、中身がぐちゃぐちゃになってる。あ、これが暴れて……って、うわっ⁉︎」
中を探っていたルージュが突如として素っ頓狂な悲鳴を上げる。それと同時に、カバンから何かが飛び出した!
丸く、小さい何か。それは天井高く飛び上がったかと思うとパアッと輝き始め……
「……もーっ、窮屈ったらありゃしないわ! 妾という者がせっかく託してやったものをこんな狭苦しいとこに閉じ込めて! あんた、何様のつもり⁉︎」
「えっ、えっ?」
「おまっ……玉藻前⁉︎」
その光から姿を現したのは金色に輝く髪を揺らしながら怒る九尾の狐────妖の長、玉藻前だった。
シノノメ公国にいる筈のこいつが何故……とは思ったが、そこで思い出す。ルージュは以前、玉藻前から監視という意味でオーブを託されていたんだ。そんな思惑で渡されたものだったから、今まで使ったことは無かったが。
だが、玉藻前の登場は全員予想だにしなかったもの。普段、滅多に自分のペースを崩さないオスクやレオンでさえ、いきなり飛び出してきたことに理解が追い付かず、ぽかんとしているし。普通はオーブの持ち主の意思で呼び出されるのに、自力で出てくる時点で色々おかしい点はあるのだが……。
ともかく、そんなことをすれば当然のことながら玉藻前に視線が一気に集中する。それに気付いた玉藻前はみるみる内に顔が真っ赤になった。
「ちょ、ちょっと⁉︎ 何注目してんのよ、さっさと目を逸らしなさい!」
「なーに他人のせいにしてんのさ、化け狐。まんま自分のせいじゃん」
「えっと……あたしは初対面だからわからないんだけど、どちら様?」
「あ、えと……妖っていう種族の長である玉藻前。前に満月の大精霊に会った時に、悪い意味でお世話になったというか」
吸血鬼2人と、オレらの半身は玉藻前とは面識がない。オレとルージュ、オスク以外はそのこともあって戸惑っていたが、ルージュの説明によって一旦は落ち着いた。
それにしても、またなんでいきなり。玉藻前がオーブを渡してきたのは監視が目的。だから玉藻前自身はオレらに力を貸すつもりは一切無かった筈だ。その証拠にこうして自力で出て来られる力があるというのに、今までだんまりを決め込んでいたのだから。
「ふん、この妾が何の意味もなくあんた達の前に姿を現わすと思って? カグヤ様の命令でなければこんなとこに来るのだって御免なんだけど!」
「ええと……とにかく要件は? カグヤさんが頼んできたのなら、かなり重要なことなんじゃ」
「あら。ちっぽけな妖精の割にわかってるじゃない。そうよ、妾はカグヤ様に頼まれてここに出て来た。一度しか言わないから心して聞くがいいわ」
そう言って、一度言葉を切る玉藻前。緊張から言葉を発する者がいなくなり、屋敷内に一時静寂が訪れる。
そして玉藻前がカグヤから託された伝言は、平穏な日常を見事にぶち壊した。
「────行方不明とか言ってた妖精達の足取りが掴めたそうよ。ものすごく大きな『滅び』とかいう気配と一緒にね」
これにて11章は完結となります!
話もそろそろ中盤に差し掛かってきました。これからもよろしくお願いします(^^)




