第136話 響く災厄の鼓動(1)
目の前の台座と、手元にある結晶を交互に見て……結晶を強く握りしめて。そんな行動で、自分の覚悟を再確認していた。
ルジェリアは神殿の外へと出て、既に避難が済んでいる。ルヴェルザも緊張しているようで、まだ術は切れていない筈なのにさっきから一言も発さないでいる。それだけこれから僕がやろうとしていることが危険なことなのだと、暗示しているかのように。
「やるぞ」
『……ああ』
了解の意思は、その一言だけで事足りる。見えずとも、もう止める理由が無いことはわかっている。
ルジェリアも、神殿の外から不安そうな表情ながらもこっくりと頷いた。大分不安定ではあるが、全会一致だ。後はもう、自分が台座に結晶を置くのみとなる。
……結晶を持つ手と、台座との距離がジリジリと縮まっていく。石ころを台に置くだけの簡単な作業だというのに、情け無くも手が震えてしまっている。これから起こることへの期待か……不安か。どちらかはわからない。
さあ、どうなる────?
「……っ」
コトリ、と音を立てながら台座へと収まる結晶。何の装飾も無い、地味な台座だというのにそれだけで少し様になったように思えた。
そして次の瞬間、
「うわっ……⁉︎」
台座に反応したかのように、パアッと強い輝きを放つ結晶。こんな五感ですら正常に働かないこの空間でそんな強い光は最早視覚への暴力。ルジェリアとルヴェルザから掛けられる声にも反応する余裕も消えて、咄嗟に腕で目を覆うことだけで精一杯だった。
そんな目が痛くなるくらいの激しくて強い光だというのに……不思議と嫌悪感は一切無かった。『闇』である僕さえも包み込んでくれるような、暖かいで優しいもので。それはまるでティアのような────
「……さん、オスクさん!」
「……ん、なんだ?」
『なんだ、じゃねえよ! いきなりお前の姿が見えなくなったと思ったらボーッとしやがって。呼び掛けぐらい答えろ』
「ハイハイ、悪うございましたよーっと……」
やっとした返事の声も、自分でも驚くくらい全く抑揚が無かった。
ルジェリアがいつの間にか駆け寄ってきていて、ルヴェルザもさっきから呼びかけていたようだがまるで気付かなかった。気絶していた訳じゃないと思うが、光に気を取られて周りが一切見えておらず……数秒前までの記憶がごっそり抜けている。
見たところ、特に変化は無い。台座に置いた筈の結晶こそ、役目を果たしたかのように砕け散って見る影もないが、それだけだ。僕だってこうして五体満足でピンピンしてるし、これではあの光がただの虚仮威しに終わってしまう。
まあ、何も無いなら無いでまだ詳しく調べてみるつもりだが……。
『……いや、変化はあったぞ。とりあえず下、見てみろ』
「下ぁ?」
そんな後ろ向きな考えを拭い去るかのように頭に声が響く。
下に何があるんだ、と当然疑問に思ったが、いちいち言い返していても仕方ない。言われた通りに、僕とルジェリアは自分の足元へと視線を落とす。
白く、平坦な地面に黒が混じっていた。それは僕らが動くとその黒も動いて……考えるまでもなく、これは僕らの影だ。
……ん? ちょっと待て。
「あれ、さっきまで影なんてありませんでしたよね?」
「ああ、『モノに影が落ちる』って理すら無視されてたからな。それが今は、こうしてある……」
当たり前すぎて今まで気付かなかった。全てが空っぽで、こういった現実で当たり前に存在するものですら無くなっているのがこの世界。今の今まで地面に僕らの影が落ちるということまで失われていた。
しかしそれが今、覆った。影が落ちたことによって、姿を視ることでしか存在を確定出来なかったことに新たな判断材料が加わった。そして影が落ちる場所……自分達の足元が、ようやく地面なのだとはっきり認識も出来るようになった。
『ご名答。今は影が落ちるようになったっていう程度だが、それでもかなりの進歩だ、失われていた「世界」の理が取り戻せたんだからな。それに、さっき調べてみたら瘴気が少々薄まっているのが確認出来た』
「ってことは、これからやるべきことは……」
『ああ。その神殿のような瘴気の発生源を見つけ出し、その中心に結晶を置く。それを繰り返して、最終的に光の大精霊を見つけ出す……ってとこだな』
「……」
最終目標のための、課題の追加。ルヴェルザから言い渡されたことはつまりはそういうことだった。
今回のことで手に入れた情報、それは瘴気の発生源に結晶を置けば瘴気が晴らせるというのと、失われた「世界」として在る筈の理を取り戻せるということだ。瘴気を晴らしていけば、世界は『虚無』の世界じゃなくて、この『鏡』を構成する一つのパーツとして存在させることが出来るかもしれない。
生まれた経緯が経緯だけど、こうして世界として存在している以上、無理に消し飛ばすと周囲にどんな影響があるかわかったものじゃない。もちろん、どうしようもない時はそうするべきだと今でも思ってはいるが。
『まあ、最後にこの世界をどうするかはお前の判断に委ねるとして。とにかく喜べよ、これで世界に対抗出来る手段を得たんだ。ガーディアンどもも面白いくらいに慌てふためいてるぜ?』
「あっ、そうです! ルヴェルザ、術が使える時間は伸びた?」
『ちょっとな。って、言っても今は5分くらいで限界だろうよ。瘴気の濃度を見るに、一箇所だけじゃ大したことないようでな』
「ふーん、2倍にはなったか。成果としてはまあまあだな」
『いいだろ、それでも。現時点でこの行動が何処に行き着くかはわからんが、無駄ではねえと思うぞ。もう引き返さない……そうだろ?』
「ああ」
ルヴェルザの言葉を否定すること無く、深く頷いた。
ティアを探すと決めてここに来た。「きっと」なんて軽い覚悟じゃない、「必ず」見つけてみせるという気持ちで敵の陣地ど真ん中に飛び込んでいる。チマチマした作業はまどろっこしくて嫌いだが、その積み重ねが結果に結びつくと……そう信じるしかない。
『……そろそろ時間だ。今回はここで引き上げるぞ』
「あっそ。ならさっさとやりなよ」
不意にタイムリミットだということを告げられる。今回は事前に知らされたこともあって、ここは潔く下がることにした。
ルヴェルザの転移術の発動によって視界がブレ始めていき、意識が外へ引っ張り出されるような感覚に囚われる。前回は未体験なこともあって抵抗しようとしてしまったが、今はそれに身を委ねることにして。
────そして、僕らは日常へと戻っていく。




