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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第11章 響く災厄の鼓動ーSign of Destructionー
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第133話 『サイカイ』のために(2)

 

「……やれやれ、来ちゃったか」


 目の前に広がる、嫌悪感しか抱かせない景色を見据えて思わずそう漏らす。

 ベッドに潜り込んでからはすぐだった。目を閉じた直後、レシスの手で暗闇に落とした意識を夢の世界に引き寄せられて、そこを経由してからいよいよ虚無の世界へと移動した。


 前回と同じく、視覚から得られるものは『白』ということだけ。あらゆるものが削ぎ落とされたこの世界には前向きな感情を一切抱かせない。探し物のことが無ければ今すぐに消し飛ばしたいところだ。

 この『世界』が敵も同然……そう思うと、自分でも表情が険しくなるのがわかった。


「うう、ティアさんを探すためとはいえ、やっぱりここ気分悪くなります……」


「気分に関しちゃ身体があっても無くても関係ないか。さて、と……方向はどっちを指してるかな」


 どうやらライヤも……ここではルジェリアも、この世界の空気は不快らしい。2人揃って淀んだ空気に顔をしかめながら、僕は仕込んでおいた結晶を指先で叩く。

 その途端、僕の魔力に結晶は反応して一筋の光を放ち、行くべき方向を指し示す。周りが真っ白なために前回と同じ方角なのかはさっぱりだが……恐らくそうだろうと自分を納得させて、その方向を睨みつける。


 この光が指し示す先に何があるのか────それはまだ分からない。僕が求めるものか、それとも罠か、そのどちらでもないものなのかも。

 だからといって、今更引き返さない。危険なのは始めから承知の上。トラップ上等、それを乗り越える覚悟くらい無ければこの先やっていけない。


『色々考え込みやがって。時間制限ある中で随分呑気だな?』


「……は?」


「わっ⁉︎ る、ルヴェルザ? どこに……」


 突然聞こえてきた、聞き慣れた声。いつものように突っかかってくる声。不意をつかれたこともあり、僕とルジェリアは不覚にもビクッとしてしまった。

 ……いや、聞こえてきたという表現は正しくない。そもそもこの声の主はこの場にいないし、声自体も頭の中に響いてきたような……具体的に言えばテレパシーのようなものだったから。


「おいこら、鬼畜精霊。何しやがった」


『そんな言い方はないんじゃねえのか? せっかくヒトが手助けしてやろうってのに』


「え、ええっとルヴェルザ? これは何なの?」


『だから手助けだっつってんだろ。まあ、見張り役からは今のところ外れられないし、オレがするのは前回みたいな余計な足止め食らわないように先導する……はっきり言えばナビゲーションだ』


「ナビゲーション、ね」


 この声の主……レシスが、ルヴェルザがやろうとしているのは要するに見張りついでに安全なルートへの案内役か。

 前回はガーディアンに出くわしたせいでかなりの時間を戦闘に費やしてしまった。ガーディアンは存在が存在なだけに見つけたら始末するつもりだけど、毎回毎回そんなことではティアの捜索どころじゃなくなる。

 ここは『滅び』によって造られた世界……前回程ではなくても、力の弱い雑魚だってうじゃうじゃいる。今だって何かに見られているような、視線のようなものを感じるし。


 ルヴェルザは今、さっき僕が与えた魔法具によって肉体と一緒に失った魔力もある程度取り戻している。前回の経験を糧に、この空間の隙を突いてこの術を完成させたってところか。


『ただ、即席だから色々ガタがあってな。今も魔力を繋いで、何とかお前らの意識下に潜り込んでる状態だし』


「うわ、気持ちわる」


『なんだとコラ!』


「もう、ケンカしないの! ルヴェルザ、続けて?」


『ったく……。まあ、そんなわけだからこれはあくまで体験版。一回につき2、3分が限界だ』


「……成る程ね」


 即席で何とか見張り役と平行して出来る情報共有の手段を作ったはいいが、現状では長時間の持続が出来ないということか。それは恐らく、この世界に妨害されて。

 ガーディアン(あいつら)との戦闘を避けられるのは助かるが、今はそれにあまり縋れない。つまり効率良く前に進むには、ティアの捜索と同時に妨害している『何か』もなんとかしなくてはならないということだ。


 やることは増えるけど、これを利用しない手はない。僕は一刻も早くティアを見つけたい、そのためには害虫どもにいちいち時間を割いてられない。僕は今まで待ちすぎた、もう立ち止まるのは御免なんだ。

 そのためには……僕がやることは一つ。


「聞かせなよ、持続させる方法。体験版ってことはそれを完成に近づかせる方法があるってことっしょ?」


『ご明察。……いいか、今この世界は濁りきってる。あの黒い結晶の中に、お前らは直接入っているようなものだ。オレから見れば、その空間中に濃い瘴気で満たされているって感じだな』


「えとえと……その瘴気を晴らすことが出来れば、術の精度が上がるってこと?」


『ああ。その世界の何処かに瘴気の発生源がいくつか点在している。そこに浄化の術でもぶち込めば晴らせるかもしれない。まだ未確認だから可能性ではあるがな』


「ふぅーん……」


 瘴気の発生源……ね。いくつか点在しているとなると、一発では晴らせないということか。段階を踏まなくてはいけないとか、なかなかに面倒くさい。


「それで、その発生源ってのは何処にあんのさ?」


『オレの見立てじゃ、道標はお前の手元にあるぜ?』


「は? それってまさか……」


 僕の手元……そこに収まっているのは当然、結晶の残骸。今も一筋の光で、行くべき方向を照らし続けているそれ。

 まさか、ティアがそこに行けと……?


『疑うのはわかる。だが、怪しいって言っちまえばそれまでだ。さあ、どうする?』


「……戯言を」


 挑発するかのようなルヴェルザの言葉をフンと鼻で笑う。

 聞かれるまでもない。そりゃあ、怪しいことこの上ないが、疑って後ろに下がるなんて今更だ。

 僕には……


「……行くぞ、ルジェリア」


「え、あっハイ!」


 前に進む、それしかないのだから。

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