第13話 嘲笑う傍観者(5)
……疲れがあるからか、帰り道が長く感じた。それもあるだろうが、『これ』の理解にも時間がかかってるせいもあるだろう。
「「「……」」」
ルージュも苦い表情で、フリードは戸惑いがちに身を縮こめている。ドラクとはいうと、目を逸らして完全に現実逃避していて。
そして……もう一人。ここにいる奴では最も異質だと言っていいくらいの存在。
「……なんでテメェがいるんだよっ‼︎」
平気な顔してついて来ている存在────今の今までまで対峙していた闇の大精霊であるオスクにオレは怒声を上げる。
だが、そんな戸惑うオレらに対してオスクはさっきまで倒れ込んでいたのが嘘のように平然としているし……もう訳がわからない。
「なんでって別にいいじゃん? お前達と行ったほうがずっと面白そうだし」
「どこで暮らす気なの……。大精霊とあろう者がこんな気まぐれで……」
ルージュも呆れたようにそう言うのも無理はない。
曲がりなりにも大精霊という大きな存在が、「面白そう」というだけの理由で好き勝手するのはいかがなものか。ドラクもフリードも、どんな反応すればいいのかわからないまま苦笑している。
「何でもいいじゃん。僕はこのままついて行くだけだし、文句ある?」
「まさかテメェ、オレの家に上り込む気か⁉︎」
オレは再び声を張り上げる。声量もあって、声は洞窟内をぐわんぐわんと反射して響き渡った。
冗談じゃない! 誰がコイツの世話なんかするか!
「何か問題でも? 僕が満足したらお前達の関係についても口割るつもりだし、充分釣り合うっしょ」
「そんなの対価になるか!」
「でも気にならない訳でもない、と」
先を見越したようなその発言が余計に腹立つ。当然のように上り込む気でいる。一体何様だ、コイツは。
だが、離れる気配もないし……当然、オレの家に行くなんて急に言われて迷惑極まりない。
……よし、だったらオレにも考えがある。
やがて家に着いたオレらはフリードとドラクと別れて、中でシュヴェルと話していた。その内容は前から考えていたシュヴェルの休暇についてだ。
「……よろしいのですか? 休暇なんて」
「ああ。前からそのつもりだったんだ。留守にしていた間も仕事を果たしてくれた分のほんの礼だ。せめてこの一週間ゆっくり休んでくれ」
「ありがとうございます。ルヴェルザ様」
「あと、言っておくが休暇中に仕事の心配なんかするなよ? 丁度代理が入ったんだしな」
「は、はあ」
怪訝そうな表情を浮かべるシュヴェルにオレはニヤッと笑って見せながら、視線をずらす。その先には、人影が一つ。
「……なんなのさ、この格好は!」
なんて、苛立ちを隠そうともしない声色で文句を言うオスク。ただしその格好はさっきの紫のローブ姿とは違い、シュヴェルのとは型が少し燕尾服ではあるのだが。
「働かざる者食うべからずだ。衣食住の代わり、お前には執事業務をやってもらう」
「はあ⁉︎ なんで大精霊たる僕が小間使いの真似事なんかしなくちゃならないんだよ!」
「泊めてやるんだから、当然の対価だろ。嫌ならこのまま回れ右するか、路上で寝っ転がるんだな」
「ぐぬぬ……」
オスクは口では色々ぐちぐち言いつつも、野宿は御免被りたいのか燕尾服を脱ごうとする素振りは見せなかった。この間に見送りを済ませてしまおうと、オスクを気遣ってかまだ家に留まっていたシュヴェルの背を玄関に向かってぐいぐいと押す。
「いつまでもぼさっとしてんなよ、シュヴェル。せっかくの休みが短くなるぞ?」
「しかし……業務内容は一通り教授して差し上げた方がよろしいのではと」
「オレが直々に教えてやるから心配すんな。ほら、最初は庭掃除だ。箒持ってこい!」
「くっそぉっ!」
オスクはどう足掻いても無駄と観念したらしく、オレの指示に素直に従った。しばらくしない内に戻ってきたオスクは、その取ってきたばかりの箒でバサバサと乱雑に庭の落ち葉を掃き始めた。
「こら、丁寧にやれ! じゃないと寝かせないからな!」
「こいつっ……! この外道、悪魔、鬼畜妖精モドキ!」
「ふん、なんとでも言え」
なんて、悪態をつきながら掃除を続行するオスク。大精霊のメンツは何処へやら。こんな状態じゃ面影すらない。
「庭が終わったら次はお前用に作った部屋の雑巾掛けだ。清潔に過ごしたいってんなら精々頑張るんだな」
「チッ……」
箒の次は雑巾を手にしたオスクは、水で湿らせたそれを駆使して床を拭いていく。水が冷たいのと、不慣れなこともあって、絞り方も絞り方もぎこちなかった。水分を大量に含んだ雑巾は床をビシャビシャに濡らし、掃除する前よりも悲惨な状況になっていく。
「なんでこんな……僕がやる意味ないのに……!」
「なんか言ったか? 終わらなきゃ晩飯抜きだぞ?」
「ナンデモナイデス……」
文句を言う元気も無くなったようで無言で黙々と作業をこなしていく。
今までやっていないからか大分ムラがあるが、オレはそこは黙って見逃すことにした。初めての出来ならこのくらいのものだろうと自分を納得させて。
「大丈夫かな……これから」
今晩もここに泊まることになったルージュが覗きながら不安そうに漏らす。オスクを一応心配して見に来たようだ。
結局、今日は部屋の掃除で終わらせ、ルージュが作ってくれたらしい夕食をオスクにも出して一日が終わった。
……これが大精霊とは名ばかりのやつが(とりあえず)住みいることになった瞬間だった。




