第132話 レクイエムを唄わぬように(3)
「ルージュ、オスク、さっきのやり方でいくぞ!」
「わ、わかった!」
「あっそ。ならさっさと手筈整えなよ、僕が動くのはそれから」
「言われるまでもねえよ」
迷ってる暇はない。体力が尽きない内にカタを付けなければならない。
ルージュに作戦を他の仲間にも伝えてもらう。主にこの作戦で大きな鍵となるイアとフリードを中心に、これからするべき行動を指示していった。他の3人は作戦に直接的に関わらないとしても、バレないようにするための工作をしてもらうのにその力が必要だ。
「ほう、全員で仕掛けるつもりか。どんな小細工をかますつもりだ?」
「小細工なんてもんじゃねえよ。ハッタリと虚仮威しからの隠し球で決める」
「それは小細工と同義じゃないのか?」
「さてな。評価はその身で食らってからお願いしますってとこだ」
レオンは怪訝な表情を見せていたが、オレの言葉で一瞬にして不敵なものへと塗り替わる。
やってみろ────そう言われているのだと、口ではっきり言われなくても理解ぇきた。
小細工でもいい、小賢しくて結構。見栄えを気にしていては『滅び』になんてとても立ち向かえたものじゃない。どんなに小さいことでも勝利に繋がるなら利用していかなくてはいけないんだ。そして、それは仲間全員で仕掛けることに意味がある。連携してこそのオレらなのだから。
絶対に、一人で立ち向かわない。それが今まで『滅び』と対峙して得た教訓でもあった。
「よし────始めるぞ!」
「うん……!」
全員に指示が伝わったことを確認し、それぞれの武器を構える。
最初はとにかく暴れまくる。全員の動きを分散させることでレオンが一人一人に注目を向けないようにして、目的がバレないように。オレらがレオンが弱点を打ち消す術を使っていないことに気付いて、それを利用しようとしていることを読まれないために。
手の内がバレるのは戦いの中で致命傷だ。そうならないように、予備の策の一つや二つを用意しておくべきなのだろうが、生憎そんな余裕は無い。その分リスクが高いことも承知だが、こんなところでビビっていられるか。
この一発切りで、カタを付ける。
「『セインレイ』!」
「『スカーレットレイ』!」
「『リーフィジア』!」
「『エレクシュトローム』!」
この作戦にあまり大きく加担しない4人に、オレらへ注目が向かないように魔法を放ってもらう。全部でなくてもいい、数撃ちゃ当たるというスタンスでとにかく数を撃ち込む。
とはいえ何もしなくては怪しまれる。後でしっかり役目を果たせる程度の余力は残し、オレも鎌を振るって魔法を撃ち込んでいった。
「がむしゃらに撃って追い詰める気か? 策としては雑にも程がある。はっきり言って賞賛する点が一切無いぞ」
「これで済ませるわけがないだろ。本番はここからだからな」
これはまだ作戦の前半部分でしかない。ここまではあくまでハッタリ、根本がバレないようにするための偽装工作。
そしてレオンはそれに気が付いていない。四方八方から飛んでくる魔法を避けることに集中しきっているんだ。仕掛けるなら、今しかない。
ルージュも同じ判断をしたらしい。オレと顔を見合わせ、頷き合った。
「フリード、イア、手筈通りに!」
「は、はい!」
「よっしゃ、任せろ!」
間髪入れずにルージュが2人に指示を出す。
この2人を選択したことにレオンが何か勘付くような素振りを見せたが、それを待つ猶予は与えない。2人は指示を受けてすぐさま詠唱を開始した。
「『アイシクルホワイト』!」
「『エルフレイム』!」
「……っ、やはりバレていたか」
フリードがレオンを閉じ込めるが如くその周囲に雪を降らせ、イアがそれを炎で溶かす。たちまち雪は水へと姿を変えて、雨となって降り注ぐ。
弱点を打ち消していない今のレオンにはこの流水を越えることが出来ない。レオンもそれは何処かで予想していたようだが、もう遅い。即席とはいえ、水のバリケードはレオンをしっかり閉じ込めてくれた。
弱点を突かれ、動きが封じられたことにレオンは一瞬体勢を崩した。今まで絶対に、少しも揺れることのなかったその身体の軸が遂にブレる。
今だっ……! オレはすぐに羽を広げ、地面を蹴って飛び上がった。
「……成る程、動揺したところにゼロ距離で叩き込むつもりだったか。だが、丸見えだ!」
「ぐっ⁉︎」
しかし、それもレオンの前には無力だった。動きを封じても所詮は正面突破、斬撃を食らわそうとしていた直前で剣によって捌かれてしまった。
作戦が、渾身の一撃が、ここで終わる。
「……なんて言うと思うかよ!」
「は、」
「忘れてない? これが虚仮威しってこと」
レオンがそれに反応する前にオレは空中で体勢を立て直し、下で待ち構えているオスクと顔を見合わせ頷き合う。
そしてオレはオスクに……正確には手にした大剣の樋に着地し、
「そら、よっ!」
オスクはオレを受け止めた大剣を力任せに振るい、オレの身体を上へと打ち上げる。
「なっ……⁉︎」
これが隠し球、ハッタリと虚仮威しで塗りたくって悟られまいと努めていたもう一つの刃。オレはそれを目の前に顕現するべく、鎌に目一杯の魔力を込めて元から大きな刀身をさらに大きくする。
血塗れの盤面にようやく思惑通りに並べられた駒で、今こそ最後の一手と共に勝利の宣言する────チェックメイトと。
「『ルナティックサイス』‼︎」
巨大な刃は軌跡で三日月を描き、吸血鬼の身体を容赦なく引き裂く。確かな手応えはレオンに与えたダメージの大きさを物語っており、ずっと空中に留まっていたレオンの身体を地面へと叩きつける。
そして、
「────見事だ」
……ようやく、高評価を勝ち取ることができたのだった。
「ここまでやられては仕方あるまい。素直にセンチ単位での成長は認めよう」
「どこまでもブレねえな、お前ってやつは……」
地面に叩きつけられたというのに、あっさりと立ち上がったレオンにオレらはげんなりとした表情を浮かべる。渾身の一撃だったのに、まだまだ序の口と言わんばかりの態度を取られては落胆を禁じ得ないというものだ。
そりゃあ、吸血鬼の自己再生能力の高さは充分わかっている。そのおかげで首に刻まれていたアザを取り除くこともルージュにあまり負担を掛けることなく出来たんだが、少しはこちらの苦労も汲み取って欲しいのだが。
しかも、やっと手にした高評価もセンチ単位という微妙なもの。ミリ単位の十倍と考えれば大きなものかもしれないが……喜んでいいのか複雑なところだ。
期待するだけ無駄なのだろうが、少しは手放しで誉めてくれてもいいんじゃないか……そう思わずにはいられない。
「貴様ら、よもや忘れた訳ではないだろうな? 貴様らと出会ったばかりの頃に告げたことを」
「え? えと……なんて言ってたっけ」
「……ヤツは、僕に結晶を押し付けた精霊は、あのヴリトラを一撃で仕留めたのだぞ」
「……ッ!」
その名を聞いた瞬間、身体が強ばるのを感じた。
忘れる筈が無い。ヴリトラ……影の世界のアンブラ公国に生息する、吸血鬼殺しとも称される巨大な暗黒竜。今まで散々強力な魔物やガーディアンを相手にしてきたオレらが、その中で唯一倒すことが叶わなかった敵。この場にいる全員と、ロウェンと10人がかりで立ち向かっても、だ。
そんなバケモノを『滅び』の元凶であるらしき精霊はたった一撃で葬り去ったんだ。
「ヤツは虫を払い除けるかのようにヴリトラを消し去った。邪魔だ、と……その一言で片付けていたよ」
「……」
「目の当たりにしたからこそ、その恐ろしさがわかるんだ。そんなバケモノ以上のバケモノを貴様らは食い止めねばならない。それを念頭に入れておけ」
「……ああ」
そう、返事をすることが精一杯だった。今の状態で求められているものが高すぎて。
いつかはレオンを、ヴリトラを、どの大精霊をも上回る力を付けなくてはならないんだ。それこそ、世界を救う英雄に相応しいレベルに。未熟だと自覚しているからこそ、不安で仕方なかった。
そんな偉大なものに、オレらはなれるのか……と。
「ま、今はいいさ。急かしてもすぐに結果が出る訳ないっしょ? お前に手痛い一撃与えられた、それでいいじゃん」
「……呑気にも程がある。それまで待つだけなんて」
「何も待ちぼうけしろとは言ってないじゃん。待てないなら追いかけんのさ、理想のために脇目振らずに突っ走ってな。んじゃ、お先」
「おい待て、どこ行く気だよ?」
言うだけ言って、オスクは呆然とするオレらの横をすり抜けて何処かに向かおうとするオスクを咄嗟に呼び止めた。オレの声にオスクは一瞬振り向き、ニヤッと意味ありげな笑みを浮かべる。
「────ちょっと探しモノがあるんでね」
……と、そう告げたオスクは何故かフードを浅く被っていた。




