第132話 レクイエムを唄わぬように(1)
影の世界での筋肉痛の療養を終えて早2日。
節々の痛みもようやく治った後、オレらは再び光の世界へと戻った。そして、ルージュの屋敷の前では先日と同じく暗闇に包まれ、その中では物騒にもドカンドカンと爆音が響く。
「一度避けられた程度で調子に乗るなよ! これは訓練にすぎん、実際はさらに激しいことを覚悟しておけ!」
「知れたこと!」
レオンの半ば怒声のようなその叱責に、オレも負けじと言い返す。
全員の身体の疲れが取れた頃を見計らって、再開催されたレオンの特訓と称した拷問。その厳しさは相変わらずで、隙のない攻撃は一切容赦が無い。前回と同様に、オレらは地面を転がり回るようにしてなんとか逃げまくっていた。
非常に不愉快なこと極まりないのだが、前回の訓練でレオンに下されたミリ単位程度の変化というのは否定出来そうにない。今だってギリギリで避けているのが現状で、被弾なんて何回したことか。
それでも、若干は成長している。何回も何回食らっているせいか、だんだんとレオンが放つ衝撃波の方向を見切ることが出来るようになってきた。早い話、痛い目に遭えば嫌でも身体が覚えるものだ。
「ほう? 少しはマシになったじゃないか」
「ふ、ふふん! あたし達だってやれば出来るのよ!」
「かもしれないな。喜べ、ミクロンでの成長は認めてやる」
「あれ、減ってねぇ⁉︎」
レオンの言葉に、すかさずイアが突っ込む。
ミクロンではミリの下だ。確かに減ってるだろ、それじゃあ……。
だが、悠長に文句を言わせてくれる程レオンは親切じゃない。その会話で一旦緩んでいた攻撃が再び激しくなる。しかも、さっきよりも威力をずっと増した上で。
前回と同じく、吸血鬼であるカーミラを守るために日光を遮断するべく使用したカグヤの術・『月光招来』は結界の役割も持つ。おかげでどんなに攻撃が激しくても、周辺の被害を心配する必要も無し。
しかし、それは逆に言えばオレらへの影響が強いということも指し示す。密閉された常闇の空間は吸血鬼の特性を限界まで引き出して、レオンの攻撃をさらに強めていた。
「ふむ、避けるのは大分カタチになってきたか。……よし、攻撃を許可してやろう」
「なに?」
ここに来て、とうとうレオンが攻撃することを許可した。今まで避けることすらままならないという理由で封じられていた、敵に対してのもう一つの対抗手段が。
今まで防御一点張りだったのに、急にレオンがそんなことを言い出すとは……きっと口には出さなくても、大きな意味があるのだろう。あいつは出まかせでモノを言わない。今になってやり方を切り替えたとしても、そう甘くはない筈。
……だが、オレとしても避けるばかりなのは飽きてきたところだ。いつも一歩引いたところで敵を観察する戦法を取るルージュとは対照的に、オレはとにかく前線に出て切り込むタイプだ。攻撃は最大の防御だとばかりに。
だからこそ、今までとは打って変わってやる気が底上げされるというものだ。
「しかし、僕も攻撃の手を緩めるつもりは一切ない。お前達は避けつつ攻撃をしなければならん。さらに難度が上がることを念頭に入れておくのだな」
「ああ……はい。まあ、分かってはいたけど」
「その分、僕が回避に向ける意識は下がっている。当てられればの話だがな」
「……言ったな」
挑発のようなレオンの発言に、オレは鎌を握り締めている手により一層力が込もった。
出来ないと言われると余計に燃えてくるものだ。意地でも当ててやる────そんな気持ちが鎌にも投影され、僅かに漏れている光を反射してギラリと鋭く輝く。
今は力も記憶も削ぎ落とされ、元々未熟なのは百も承知ではあるが、こんな端くれでも一応大精霊だ。
だからこそ、ここでレオンに遅れを取るわけにはいかないんだ。いつか『滅び』を完全に打ち倒すという最終目標に向けて。オレはそう思いながら、鎌を思い切り振るって虚空を切り裂いた。
「僕は構わないぞ。いつでも来い」
「……言われなくても。『ディザスター』!」
言うが早いか、オレは鎌から衝撃波を飛ばす。
……が、これは真正面からのわかりやすい攻撃。甘いと言わんばかりにレオンには軽くかわされてしまった。
それでも攻撃が許可された今、この瞬間まで避けることしか許されなかったオレらがようやっと自由に動けるようになったんだ。
我慢していた分、解放された時の反動もかなりのもの。仕返しとばかりに他の7人もそれぞれの得物をレオンに突き付ける。
「よっしゃあ、覚悟しやがれ! 『エクスプロージョン』!」
「『フロース・マーテル』!」
イアは火球を、エメラは大地の息吹によって起こした大量の草花を放つ。
草花がレオンに纏わり付いた次の瞬間、イアの魔法が着弾して爆発を起こす。狙っていたのかは定かではないが、花弁が着火材となって爆発をより大きなものにしていた。
「……っ。ほう、連携としてはまずまずだ」
「フリード、僕らも!」
「うん! 『ダイヤモンド・グレイス』!」
「『アイレトルエノ』!」
次はフリードとドラクが仕掛ける。六方から水晶と見紛う程に透き通った氷を放ち、さらにドラクがそれに電流を重ね掛けた。
氷はそう内側で雷の光を乱反射し、見る者を撹乱させる。見た目に惑わされている隙に、魔法はレオンの目前まで迫る……が、ギリギリのところでかわされてしまった。
「どんどんいくわよ! 『ムーンライト』!」
「ふん。この程度が当たると思ったか、失格吸血鬼」
「なんであたしにはいちいち嫌味を言ってくるのよ⁉︎」
「ま、まあまあカーミラさん。惜しいところまではいってたよ」
「むう~っ……」
「だけど、確実に当てたいところだよね。……オスク!」
「りょーかい。『ワールド・バインド』!」
「『ランス・ルミナスレイ』!」
頬を膨らませるカーミラをなだめつつも、このままでは絶対に当たらないと判断したらしいルージュは咄嗟にオスクに指示を飛ばす。
皆まで言わずとも、その指示の本意を理解したらしいオスク。次の瞬間には無数の鎖でレオンの動きを完全に封じ込め、その間にルージュが光の槍を自らの手で撃ち込んだ。
流石はオスクの拘束術といったところか。これにはレオンも脱け出すことが出来ず、槍が直撃。レオンは鎖ごと吹っ飛ばされた。
「……フッ、伊達に今までくたばらなかっただけのことはある。しかしまだ足りない、精々足掻いてもらわなくてはな!」
「……ッ!」
この狭い夜の空間に、レオンの残酷とも取れる容赦ない宣言が響き渡る。
……訓練はまだまだ終わりそうにない。




