第128話 『英雄』にはなれない(1)
僕が告げたことに、ルジェリアは言葉を失っていた。ルヴェルザも、数秒前はあれだけぶつくさ言っていた癖に今ではすっかりその口が閉じられてしまい、姉妹揃って僕がこうなった経緯に呆気に取られていた。
自分達が来る前は、僕が王笏を託される者だったということに。救世主になる者だったということに。そして……自分達が意図せず、それら全てを奪っていたことに。今まで黙っていたから、今まで聞いていなかったから、余計にそのショックが大きいという顔をして。
「……って、なーにシケた面してんのさ!」
「痛いっ⁉︎」
「ぐっ⁉︎」
不意に僕は沈黙を破り、下を向いていた双子の脳天に容赦なく拳を落として制裁を下す。当然、それはゴチンと痛々しい音を響かせて、双子は痛みから反射的に頭を抱える。
僕のその行動が予想外だったのだろう、双子はぽかんとした表情をして痛みを堪えていた。
「だーかーらぁ、そういうところが未熟者だって言ってんだ。人がちょっと昔話したくらいで感化されやがって!」
「ふぇぇ……?」
「少し力があるくらいで一人前ぶってるけど、僕から見ればお前らなんて僕の半分しか生きてないただのお子様なんだよ。王笏を使える素質が無かったら大精霊だって名乗れやしないっての」
いきなりのお説教に、さっきのゲンコツも相まってルジェリアは軽く涙ぐんでいた。ルヴェルザは涙を見せる程ではないものの、理由も分からず殴られたことに驚きが隠せないようで、未だ一言も発さないまま。
「僕に限らず、今のお前らじゃ大精霊の中じゃ最弱。はっきり言って、周りの手助け無しじゃ刃すら振るえない雑魚だ。僕だってその気になればお前らの枯れ枝みたいな身体なんて軽くへし折れるっての」
「……っ、だが!」
「だがもクソもあるか。お前らが同情すんのは勝手だけど、それを引きずって余所見すんのは僕が許さない。もう一回でも余計なこと吐いてみろ、次は無いからな」
「「……!」」
僕は大剣に手を掛け、2人に向かってさらに威圧をかける。ジャキ、という音を立てながら鈍く光るその刀身は、僕の殺気を映して言葉に嘘偽りが無いことを示す。
普段、口にするような戯れとは違う、本気でやるつもりだからこそのもの。2人もそれを思い知り、同時にゴクリと喉を鳴らした。
「だからって……」
「んー?」
「だからって、全部捨てることないだろ。そう言うのもオレらを心配してるからってのはわかってる。それは素直に感謝してる。だが、オレらの後ろに下がって隠れる真似なんかしなくてもいいだろ!」
ルヴェルザもまた、僕を責める。しかし、さっきと同じように見えて何処か違う。僕の今を、未来を案ずるような言い方だった。
確かに、救世主となれる資格がありながら自ら手放すなんて馬鹿げた真似だろう。『滅び』を止められることが出来たなら、これ以上ないってくらいの栄誉が与えられる。ティア達からも、せめて一緒になって王笏を使えばいいといわれた試しがあるのが何よりの証明。
救世主になれれば光と闇の精霊達の確執ももっと上手く取り除けたかもしれない。今の力に満足せず、さらなる力を手に入れられたかもしれない。……だけど、僕はそれを知ってて手放した。
その理由は────
「だって、面倒くさいじゃん。闇は闇らしく、影に隠れて陰気な嫌われ者でいいんだよ。変に好かれて余計な信頼置かれちゃたまんない」
「そ、そんな理由で?」
「そんなってなぁ、僕にとっては真っ当な理由なんだけど? 眩しいスポットに当てられるなんて、こっちから願い下げなわけ」
光が憧れや尊奉の象徴であるなら、闇はその逆であるべきだ。時に安息として、僅かな安らぎを与えられるのなら、それでいい。
後ろからこいつらを見守って、道を示して、たまに叱って、『滅び』を倒すという目標に辿り着けさえすれば。僕はその影で敵の首を狙えればそれで満足。だって、
「その方が面白いじゃん。前線を立ち退いたと思った奴に息の根絶たれた『滅び』の屈辱的な面拝めるなんて、さぁ?」
「は、はあ……」
「なんつーか……凄えな、お前」
「何、また嫌味?」
「いーや、褒め言葉だよ。最上のな」
沈んでいた表情が消えて、ニッといつものように不敵に笑って見せるルヴェルザ。いつもの生意気な表情に、僕もつられて笑みをこぼす。
嫌われ者でもいい。だから、ほんの数人だけにこうして付いて来られるだけで充分なんだ。
「ま、お前に言われっぱなしなのも不愉快だな。雑魚呼ばわりしたことその内後悔させてやるよ、異端者?」
「へーえ? やれるんならやってみれば、鬼畜精霊」
「わ、私もっ! いつかオスクさんをギャフンと言わせてみせます!」
「……無理だろ」
「一生無理っしょ」
「な、なんでですかー⁉︎」
ルヴェルザと僕にやる前から否定され、ルジェリアは納得いかないとばかりに腕をバタバタさせる。
こんな純粋バカにギャフンと言わせられたら、それこそ末期なもんだ。ルヴェルザも同じことを思ったらしく、挟まれながら嘲られてルジェリアは頰を風船のように膨らませている。
僕は『英雄』にはなれない。正義のヒーローなんて柄じゃない。だからせめて……
「せめて、その時を精々楽しみにしてやるよ」
この未熟者どもが独り立ちするのを心待ちにする、保護者らしい保護者になってやろう……そんな誓いを立てて、空を見上げる。
その視線の先には、あいつの瞳を思わせるような澄みきった『蒼』が広がっていた。




