第127話 引き上げられた先は(2)
「……それで、その出くわしたガーディアンは仕留めたんだな?」
「ああ。ってか、お前も見てたっしょ?」
「こういうのはその場で見てた本人から聞くべきだろうが」
……と、僕とルジェリアは二人で協力しながら、ルヴェルザに虚無の世界であった出来事を報告した。
まあ報告といっても、その相手は僕らがあの世界の白い闇に引き込まれないようにするための監視役を任せていたルヴェルザ。それ故にほとんどの行動がルヴェルザにも筒抜けなのだから、ガーディアン以外のことは報告する必要も無いのだが。
それでも、全てお見通しとはいかない。ガーディアンの姿を炙り出すのに、僕らごと闇の障壁で覆ってしまったからガーディアンとの戦いはルヴェルザには一切見えていないんだ。
無茶をしたことに不満を感じているとはいえ、ルヴェルザもそれは聞くべきだと思ったのだろう。道中の話はともかく、そこだけは真剣な表情で聞き入っていた。
「それで、私は先に外に出ちゃったからオスクさんがトドメを刺したの」
「……そうか」
「なにさ、そのあからさまな不満顔は」
「不満に決まってんだろ。相手は仮にもガーディアンなんだぞ。一人だけで相手するなんて無茶にも程がある」
「まだ言うか。お前も飽きないなぁ」
一度落ち着いたのに、未だ無茶したことに咎めるのを止めないルヴェルザに僕は深いため息をつく。
無茶をしたことは自覚している。自覚しているからこそ、それを指摘されると不愉快になるもの。僕もその感情を包み隠すことなく、ルヴェルザに見せつけるようにブスッとした表情を向ける。
「お前の姉が傷つかないように、っていう配慮なんだからさぁ? 寧ろ感謝してほしいんだけど」
「何が感謝だ、こっちがどれだけやきもきしてたかも知らない癖に」
「知るわけないっしょ。見えてないんだから」
「お前っ……!」
「もう、喧嘩しないの!」
不貞腐れる僕にルヴェルザが掴みかかりそうになったところを、ルジェリアに止められる。
……現在とあまり変わらないやり取りだ。何かと言い合いになる僕と妹の間に、姉が割って入って仲裁をするというのが。記憶があってもなくても変わらないか、なんて僕は場違いもいいとこな感想を抱く。
ルヴェルザがそこまでして僕を責める気持ちはわからんでもない。一度、その手を掴めぬままに、『支配者』の思うがままに、ルジェリアがこの夢の世界に閉じ込められて、十五年もの間生き別れになった経験があるルヴェルザならば尚更。
もう誰も自分の元を離れて欲しくない────そんな想いが、直接口には出さなくとも並べられる一字一句から滲み出ていた。
「けどさぁ、僕が本気出すには自分で自分を追い込むしかないんだよ。昔みたく、強力なやつバカスカ使える訳じゃないんだし。『再現』すんのも楽じゃないの」
「え? 再現するって……」
「おい、まさかあの髪は偽物だっていうのかよ?」
「まさかって何さ。今でもバッサリ切られたまんまなのに、本物だとでも思う?」
きょとんとしていたルジェリアの顔が、不満で釣り上がっていたルヴェルザの目が、たちまち驚きのものに変わる。
今まで黙っていたし、試しも今回と合わせて2回と少ない。あの手段……今はない筈の長かった後ろ髪を顕現させることが出来たのは、とあるカラクリがあってこそ。今までどれだけ追い詰められても、『裏』とドンパチした時まで出せなかったのも、そのカラクリが起因してのことだ。
「髪を切る前の状態を器が満杯だとする。それを髪を切ったことで、今はその器が半分しか満たされてないってわけ」
「はい……?」
「……何らかの方法で、その器を満たしたってことか?」
「そう。じゃあその後、何してた?」
「何してたって……絶命の力を使ったりしてましたよね?」
「ん? おい、それってまさか……⁉︎」
「そう、そのまさか」
「え、え?」
ルヴェルザは何か気づいたらしいが、ルジェリアはまだ話がわからないようで僕ら二人の会話に置いてけぼりにされている。
絶命の力に限った話じゃない。条件さえ満たせば、他の属性でも同じことが可能だ。
「あいつらが、お前らの身体が大精霊からエレメントを譲り受ける傍ら、僕は今まで会った大精霊達に接触してその力を少しだけもらって吸収してたんだよ。その数が半数を超えたことで、ようやくああやって器を一時的に満たして顕現出来たってわけ」
「他の大精霊の力を蓄積させて、自分の力を増したとでも言うのか?」
「それじゃあまるで王笏じゃないですか!」
ルジェリアもようやく話を飲み込めたらしく、その事実を理解すると大袈裟なくらいに驚く。
大精霊の力を借り受け、自身の力を底上げする……なんて、確かにエレメントを収めることによって徐々に封印を解いていく王笏の性質と限り無く近い。僕の場合、髪をバッサリ切り落とすことで全盛期の頃の力を封じてる訳だから、ルジェリアの例えは正解と断言していいくらいのものだ。
「……なんでそんな術持ってんだ? まるでそうなることを最初から予想していたみたいじゃねえか。そもそも他人の魔力を、それも複数吸収するなんてことしたら、少なからず拒絶反応が起こる筈だ。どうして今もピンピンしてられんだよ?」
「さあーて、なんでだか。よくわからないけど、この術は生まれた時から知っていた」
600年前……この世界に生まれ落ちるのと同時に与えられたのがこの力だった。どんな闇の呪文より先に、生まれ持っていたのがこの術。その時はどうしてこんな力を与えられたのか、その理由も何に使うべきなのかも分からず首をかしげていたが。
なんでこんな力を持つことになったのか……それは未だに謎のまま。代々の闇の大精霊も、前に『裏』に言ったように安息の象徴として、辛くてどうしようも無い時の助けとためにある程度は他者の魔力を吸収できるが、それは一時的なものでしかない。所詮は他人の力。使えもしないそれを吸った後は、しばらくすれば消え失せる。だが、僕の場合は何故かそれを半永久的に持続し、思いのままに行使することだってできる。
この世界は表裏一体が理だというのに、一人だけ吸収することによってあらゆる属性を使役出来る力が備わっている。乱用すればバランスが崩れることが目に見えているから、こんな状況でもない限り使うことすら無かっただろうけど。
「それじゃあ……オスクさんが王笏を使うべきだったんじゃないですか? 私達じゃなくて、オスクさんが持つ方がずっと!」
「バーカ。僕は闇だぞ? 暗黒に生きる汚れ多い、おまけに異端だって罵られたヤツの何処に救世主になる資格があるってのさ」
最初は僕が候補として挙げられた。この双子が現れる前は、そんな類い稀な力を持つ僕こそが王笏を託されるのに相応しいと、大精霊達から抜擢された。
だけどこの双子が現れて……二人が王笏の適性があることを知った僕は、王笏の権利を持てるという名誉をあっさり手放した。ティアを始めとする大精霊達は勿体無いと言ったが、僕はその選択を曲げることは無かった。
面倒臭いし、鬱陶しいし、何より……救世主なんて柄じゃない。
「堕ちきった鳥は翼が欠けて飛びたてやしない。力はあっても、黒に染まった翼を追いかける奴なんていないんだよ」
「……っ」
「お前らは未熟者もいいとこだけど、まだまだ上に向かって飛びたてる。僕はその道を示してやるだけの参謀で充分、後ろから見守ってやる保護者のままでいいんだよ」
「オスクさん……」
それが、僕がこいつらにしてやれること。面倒だけど、周りから任せられたことではあるけど、果たすことを選択したのは僕自身。
伸びしろはあっても、災厄に対抗するにはまだまだ小さい。生まれたばかりの雛鳥の癖して、強引にも巣から飛びたとうとするのだから危なっかしくて見てられない。
でも、いつかは巣立ちしなくてはならない。王笏という剣を構え、迫り来る災厄を退けるだけの力を付けてもらわなくては困る。身体も記憶も関係ない、これは紛れもなく『ルジェリア』と『ルヴェルザ』に課されたことであり、僕の使命。
……それが、闇に堕ちて救世主になり損ねた僕の自己の証明であり、存在意義だから。




