第126話 ブラインド・タイム(2)
「次、左。その後に上だな。右に行った後しゃがんで避けろ!」
「は、はい! あっ……後ろからも来てます!」
「……っ」
分裂したガーディアンはそれぞれが別の方向へと向かい、多方向から攻撃を仕掛けてくる。僕らはそれを身を翻して、時には武器を用いて確実にかわし、捌いていった。
二人で背中を庇い合うように立ちながら、迫り来る複数の敵を迎え撃つ。バサバサと忙しく、それでも僕らという獲物を捕らえるかのように、凶器の如きその翼をヤツらは振るう。
僕らはそれを避けて、避けて、斬りつけて。ひたすらそれを繰り返して、それでも確実にヤツらに対して傷を与えていった。
四方八方────今の状況はまさにそれ。大きさこそ分裂前のものとは縮んで、それに伴って一発ごとの攻撃の威力は落ちていることは目視でもわかるが、その分弾数が増したことで避ける回数も倍に膨れ上がる。それに、一体仕留めたとしてもガーディアンはまた分裂し、数を戻してくるのだから余計にタチが悪い。
これは、もう。
「めんどくさ……」
バタバタ飛び回られて、倒す対象も増えて、無駄に時間もかかる……面倒なことこの上ない。それ以外にこの状況を表せる言葉があるんなら教えて欲しいくらいだ。
全て倒すことだけに限れば、特になんともない。お互い不完全ではあるけど、僕ら大精霊が本気を出せばガーディアン程度に遅れは取らない。
ただ一つ……時間がかかるということが悩み所だ。一時間という短すぎるタイムリミットが課せられている中でこれだ、馬鹿正直に一体ずつ倒していったら確実にオーバーする。
延長する、なんて甘いことは言ってられないんだ。なにせここは『滅び』によって生み出された世界……この世界全体の空気ですら、敵も同然。この空気に当てられることだけでも、それが長くなればなるほど致命傷になりかねない。現段階では何ともなくとも、今にそれはじわじわと侵食して、やがてはっきりと表れる。
こうして思考を張り巡らせている間でも時間は容赦なく流れていき、僕らを蝕む毒もどんどん蓄積していくというわけだ。
「あ、あのオスクさん! 時間は大丈夫なんですか⁉︎」
「ぶっちゃけ、そんなに余裕も無いんだよね。もってあと数分ってとこ。その間に何としてでもカタを付けたい……いや、付けなきゃ駄目なところだけど」
「そ、そんな! あれを全て倒しきるのは数分じゃ無理ですよ!」
「ああ。だからこそ馬鹿正直に正面からやり合うんじゃなくて、一工夫必要ってわけ」
ルジェリアにはなるべく不安を感じさせないよう余裕ぶって見せるが、内心では結構焦っている。
倒すこと自体は簡単だ。だが、与えられた僅かな猶予で強いられるものがあまりにも多すぎる。分裂したガーディアンはその数十体程度……これをすぐに片付けろというのは無理難題もいいとこだ。
強力に、確実に、かつスピーディーに、なんて一体どうしろというのか。
「……ハッ」
────でも、そんな状況下に陥って尚、僕の口からは笑い声が漏れた。
「お、オスクさん? どうしたんですか、こんな時に笑うなんて」
「いーや? 昔にもこれと似た状況になったことあるなー、って思っただけ」
その、『これと似たような時』と、今の状況をなんとなく重ねてしまった。そんな場合でないことはよくわかってるのに、なんでだか酷く落ち着いた自分がそこにいる。
その時……大精霊の役を譲り受けたばかりの時は、考えの違いを散々馬鹿にされて、理不尽なまでの仕事や責任を押し付けられたんだったか。それでも周りはどうせ無理だと決めつけて、僕を笑い者にしてくれたわけだけど。
でも、それを乗り越えたからこそここにいる。胸張れる程、立派なものでもないがその経験を経て今でも余裕ぶってられる程の精神があるんだ。
やるしかない……それ以外に道はないんだから。生きることに理不尽は付き物、こんなの無理だと思うことでも、どんなに目を逸らしても、どんな言い訳をしても、乗り越えねばならない時は来るのだから。
昔から周りも理不尽なことをどうやって逃れるか、なんてことばかり考えていたが、それじゃそれ以上の壁にぶち当たった時に何も出来ないまま終わる。今の僕にとって、それはどうせ見つからないからとティアのことを諦めること────そんな生き恥晒すくらいなら死んだ方がマシだ。
「無理、なんて戯言吐いてる暇があるんならまだ本当に『無理』な状況じゃない。どっかにひっくり返せる手がある筈だ」
「手、ってどんな……⁉︎」
「さあね。頭捻って、絞るだけ絞り出せ。ありったけの知恵回してなんとしてでも切り開くんだよ」
落ち込んで下向くくらいなら前を向け。猶予が無いからこそ余裕かませ。足掻き、しがみ付き、食らいつけ。それで勝利という結果に結びつくなら、出来る限りの尽力を、少々の無茶をしてでも道を切り開く。
……今までだって、そうしてきたんだから。
「あ、そういえば……」
「なんだ? 言ってみろ」
「は、はい。えと……コウモリって、反射する光が苦手なんだそうです」
「反射? なんでわざわざ跳ね返さなきゃなんないのさ」
「ただの光じゃ駄目なんです。正確には光そのものじゃなくて、光を反射するものを嫌がるんです。それでコウモリにとっての目の代わりともいえる超音波が錯乱してしまうので、苦手なんだとか」
そう、ルジェリアはコウモリの一つの弱点を説明した。それも、かなりの有効打になりそうな視覚の情報を。
ガーディアン相手だから確証は無いけど……ガーディアンは自身の姿の元となるモノの性質を写しやすい傾向にある。コウモリのように、周辺確認で超音波を用いていたのならその弱点も使えそうだ。
まだ確かめてもないけど、僕の魔法で視界が遮断されなかったのも超音波を目の代わりにしていたのなら、その説明もつく。
ルジェリアだって、僕の加護なしでは近くにいた僕の姿さえ捉えることが出来なかった程の暗闇だ。余程暗闇に対しての耐性があるか、超音波のような特殊な方法でもないと見通せないんだ。
「光は私でなんとか出来ますけど、問題は反射させるものですよね……」
「反射……反射か。それならこっちでなんとかする」
そう言いつつ、僕は急いでルージュのカバンを弄る。そして指先に触れた目的ものを一気に引っ張り上げて取り出す。
銀色に輝く、大きな銀の杯。ニニアンから譲り受けた遠写の水鏡だ。これなら光を反射させるのも申し分ない。ただこのままじゃ小さいから……ちょっとした手品紛いな術で杯をでかくして、反射する範囲を広げるのも忘れずに。
「おい、ルジェリア。光を放ったらその後────」
作戦を実行する前に、僕はルジェリアにこの戦いの最後の指示を出す。
今できる、最善の策を。確実に、強力に、それでいてヤツらを完全に葬り去るために、僕はルジェリアに光を放った後に取らせる行動を時間を割くことなくさっさと告げた。
「そんな……それじゃオスクさんが危ないじゃないですか!」
「バーカ。多少なりとは無茶すべきだろ、こんな状況。それに、お前に余計な傷負われると後ろ指指されるのはこっちなんだぞ?」
僕はこいつらの保護者だ。最初こそ押し付けられた役目ではあるけど、もう今更「やなこった」なんて放り出せる程、責任も軽くなくなってしまったんだ。
それに、百年以上の付き合いとなれば僕にだって情は湧く。未熟者の癖に、面倒ごとに首突っ込んでくるやつなんて危なっかしくて見てられない。……まあ、それを抜きにしても、僕さえ理由がわからないまま何故だか気にかけてしまう訳だけど。
「いいから言う通りにしろ。時間がないんだ、さっさと始めるぞ」
「……はい」
納得してなさそうではあったが、ルジェリアもそうするしないと思い知ったらしく杖を握りしめる。そして、一秒と経たぬ内に次の瞬間には杖を掲げて。
────そしてその作戦を今、実行に移す。




