第126話 ブラインド・タイム(1)
闇に包まれたこの空間で、目の前の『白』はバサバサとコウモリのような翼をバタつかせて威嚇してくる。その方向は、今僕ら2人が立ってる場所に。当てずっぽうじゃない、確実に僕らの姿を視界に捉えてヤツは威嚇しているんだ。
それはつまり……視界を奪うこの魔法が、ヤツには効いていないということを意味する。
「ちぇっ。暗闇の耐性アリ、か」
それに気付き、思わず舌打ちを一つ。
今まで見てきたガーディアンや結晶は、その姿の生物と似たような特性を持っていた。今回はコウモリっぽかったから、今までの経験上どこかで予想はしていたことではあったが、それが事実だと決定付けられるとそれはそれで面白くない。
ヤツがもし、視界を遮断されて慌てふためき、ただその場で地団駄を踏んでいるだけだったのなら。こっちが一方的に殴り付けるだけで済んだのに、手早く事を片付けてティアの捜索をすぐに再開できたのに。
「……ま、抵抗してくれなきゃ面白くないから、これはこれでいいもんか」
僕はニヤッと笑みを深めつつ、大剣をヤツに突き付ける。長年愛用している自身の得物は、この空間の中でも僕の殺意を反映したかのようにギラリと鈍く輝いた。
先を急いでるのに邪魔してくれたせめてもの礼だ。それに、末端とはいえ世界の一部を消し飛ばしてくれたその制裁もたっぷり食らわせてやる。
「いくぞルジェリア。手加減無し、容赦無し、慈悲も無し。存分に痛めつけてやろうじゃん」
「は、はい! この世界を陥れた報い、たっぷり返してあげます!」
ルジェリアも、相手が『滅び』となると杖を構えてやる気満々。元々の平和主義な性格があって流石に僕までの殺気は出せないものの、王笏を託された者というだけあってガーディアンに対しては僕の意見に反対することなく、優しさの欠片も見せなかった。
それも当然、アレは世界を蹂躙している元凶そのものだ。ヤツが暴れたせいで、この忌々しい世界を生み出したも同然なのだから。黒い結晶こそ無いが、ヤツを始末する理由はそれで充分だった。
「……そらよっ、と!」
余計な時間を食い潰している余裕は無い。僕はその直後に、ガーディアンに向けて大剣を思い切り振るった。
ヤツは翼で飛んでいるといっても、日常から浮遊している僕にとってヤツの動きを捉えることなど造作も無い。大剣を避けようとして翼の角度を変えたところでヤツが見据える方向を察知し、先回りして攻撃をかます。
僕の斬撃は正確にヤツに傷を与えた。大剣の刃が当たったことでガーディアンはバランスを崩し、一気に高度を下げる。しかし、地面に叩きつけられそうになったところでギリギリ持ち直して再び飛び上がろうとする。
……が、それを黙って見てるほど僕は優しくない。
「『ブラッドアビス』!」
ヤツが体勢を持ち直した直後に、僕は紅い閃光をガーディアンにぶつける。まさか自分の行動が読まれているとは思わなかったのだろう、ガーディアンは今度こそ地面に思い切り激突した。
「ルジェリア!」
「はい! 『命天の光』────!」
ガーディアンが落ちてくる位置に待ち構えていたルジェリアは杖を掲げ、そこから眩い光を放つ。
周りが暗闇に包まれている分、光も余計にその輝きと力を増した。ルジェリアの光は癒しの力となるが、ガーディアンという悪しき者相手に放つとなれば話は別。聖なる光はガーディアンを包み込み、穢れを祓うかの如くダメージをさらに加えた。
「やった! オスクさん、効いてます!」
「油断すんなっての。相手はガーディアンなんだぞ?」
ガーディアンのタチの悪さはよく知ってる。今までも突進や毒沼など、方法こそ違えど嫌らしい攻撃を仕掛けてきたのは記憶に嫌という程刻み込まれている。
ルジェリアはガーディアンと対峙するのはこれが初めてだから、そのことをまだ知らない。いや……これから知ることになるかもしれないが。
しかし、この空間だけは僕の手中にある。ここだけに限ればいざとなれば少々強引な手段も取れるし、僕もそれを行使することを厭わない。
もしも面倒なことになれば……『裏』とやり合った時のあの方法も。僕はルジェリア達の保護者的立場なんだ、ルジェリアに危険が及ぶとなればそれも使わざるを得ない。
「……! オスクさん、来ます!」
「……っ」
ルジェリアの声で我に返り、考え事にふけっていた頭を現実へと引き戻してヤツの攻撃を避ける。
旋回し、横になったコウモリの翼がさっきまで僕らがいた場所の空気を刈り取る。その攻撃は当たりこそしなかったが、シュッという鋭利な音を響かせたそれは高い殺傷性を孕んでいた。
成る程ね……と僕は一人納得する。
さっきの、まだコイツが闇によって姿が切り取られる前に仕掛けてきた攻撃はこれか。しかも狙う位置が僕らの首の高さ……避けていなければ確実に吹っ飛んでいたな。まあ、もしそうなったとしても命の大精霊であるルジェリアがいるから、どうとでもなるのだが。それでも、やはりそうなるのは真っ平御免だ。
消し飛んだ末端世界でも抵抗した者はいたことだろう。それでも敢えなく敗北したのはこの攻撃があったからだと予想出来る。全く……やはり『滅び』には嫌悪感しか抱かせない。
「は、はわわ……あんなの当たったらひとたまりもないですよ!」
「確かに痛そうではあるけど。でも、あれと似たようなもの、常日頃から振り回してる奴が傍にいるんだよなぁ」
あれと匹敵するような、いや……もしかしたらそれ以上の威力を秘めたモノをルーザは一切の躊躇もなく、獲物を掻っ捌くためにそれを振るう。それはもう、命そのものを狩る死神の如く。
正直言ってあんな攻撃、そいつに遠く及ばない。一発当たればそれでゲームオーバーなんて、聞けば無理難題に聞こえるかもしれないが、状況が違うだけで僕は散々経験している。
……何せ、今だって『支配者』に首を狙われているのだから。
「攻略のし甲斐あるじゃん、こんな難題。見せしめだ、避けまくってアイツに絶望を与え返してやれ!」
「は、はい!」
力の差を見せ付け、ヤツの戦意を削ぐ。それと同時に、ヤツに力を使わせ、使い果たさせ、仕留め易くするために。ああも空中をバタバタ飛ばれると狙いもつけにくいから。
そうして、僕ら2人はヤツの攻撃を避け続けた。出来るだけこちらの動きは最小限に留め、後の体力を温存するために。この戦いはあくまでヤツがしてきた足止め、こんなことでヘロヘロになると困るんだ。
避けて、避けて、避け続け。ヤツのスタミナを大方削ったと思い始めた時……ヤツの動きに変化が表れる。
ヤツは不意に空中でその動きをピタリと静止させたかと思うと、グッと翼に力を込める動作を見せる。そして……次の瞬間、その姿はバラバラに散った。
「ぶ、分裂しましたよ、あのガーディアン!?」
「ハッ、数撃ちゃ当たるってか」
一発、一発仕掛けるだけでは当たらないと判断したのだろう、ガーディアンはその姿を縮小した自身を複数量産することに費やした。さっきまでのサイズは犠牲にしたが、その分弾数は多くなった訳だ。単純だからこそ、それは面倒なものだった。
しかし、だからなんだ。数は増えこそすれ、やることは変わらない。攻撃を避けて、攻撃を食らわせて、勝利を掴んで先を急ぐ。簡単なことじゃないか。
「さっさと終わらせるぞ。こんなとこで足止め食らってる程、暇じゃないんだからな!」
「もちろんです!」
僕らは動揺することなく、武器を構え直す。
さっさとこの場を突破し────ティアを探しに行く、そのために。




