第13話 嘲笑う傍観者(3)★
……その揺らいだ暗闇の奥から姿を現したのは、闇を写したように黒く、毛先を紫に染めた髪をうなじ辺りまで伸ばした人間体の男だった。そして紫の法衣を身に纏い、あちこちに施された金の装飾が鈍く光っている。
そいつはオレらの頭上からゆっくりと降りてきて、飾りなのか……紅い石で留められた、一房だけ長く垂らした髪を揺らしながら、その紅く光る瞳でオレらを見据えていた。
妖精とは似ても似つかぬその姿……どう見ても精霊だ。何故こんなところに住み着いているのかは疑問のままだが。
精霊は妖精よりも背が高い。そいつも例外ではなく、かなり離れているというのにオレらに比べて2倍以上の身長があることがすぐに分かる。それをいいことに、その精霊は顎を上げて見下ろすという、完全にオレらを馬鹿にした態度を取っていた。
「……お前、何者だ?」
「勝手に人様の領域に踏み込んでおいて何様さ。名乗るならそっちが先っしょ?」
「……っ」
ピシャリとした言い方で切り捨てられ、言葉が詰まる。
勝手に入り込んだのは確かだが、道を引き返そうにも閉じ込められてどちらにも動けないのだからタチが悪い。とはいえ、こいつの言う通りにしておかないと最悪出ることも出来ないかもしれないし……さて、どうする?
「フ、フリードです……」
「ドラク、です」
考え込んでいる内にフリードとドラクは男の迫力にすっかり怖気付いてしまったらしく、絞り出したような声で名乗る。
ルージュはじっとそいつを見据えている。動揺することなく、冷静に見えたが……肩が強張って、緊張しているのが見て取れた。
どうしたって話が進まない。オレもここは大人しく従っておくか。
「ルジェリアです」
「……ルヴェルザ」
ルージュも渋々に、オレも嫌々吐き捨てるように名乗った。
ところが、その途端に男の表情が変わる。不満げだった目つきは、たちどころに物珍しいものを見るような眼差しへと。
「ルヴェルザに、ルジェリア……だと?」
何故だかそいつはオレとルージュの名を繰り返す。そしてオレとルージュを交互に見比べ、そいつの紅い瞳がオレとルージュを行ったり来たり。
……は? なんだよ。
そう思っていたら、そいつは突然口端を歪めて笑い出した。
「……フッ、ハハハッ! そういうことか! しかも2人揃うとは。これは傑作じゃん!」
「な、なんなの、急に笑い者にして! 何が可笑しいの⁉︎」
「ククク、可笑しいさ。ま、お前達にはわかるはずないだろうよ。何もかも抜け落ちているからな」
「はあ……?」
何を言っているのかわからず、オレらはぽかんとする。
だが、ここまで笑われて気分が悪くならない訳がない。不愉快で顔が引きつってくる。
まさかとは思うが……。
「おい。お前、まさかとは思うが……オレとルージュが何故似てるのか知っているんじゃないか?」
「さあ、どうだかねえ」
そいつは小馬鹿にしたように返す。その目は嘲けている感情をありありと写し、確認するまでもなく見下していた。
チッ。何処までも腹立つな、こいつ。
「ま、ここまで来た奴はお前達が初めてだし、その褒美に名乗るくらいはしてやるさ。……僕はオスク、誇り高き闇の大精霊だ」
「なっ……大精霊⁉︎」
ドラクが驚きの声を上げる。
大精霊とは名の通り、特に強い力を持つ精霊。まさかこんなところにいるとは思わず、オレらも思わず目を見開く。しかしそんな偉大とも言っていい存在が、何故こんな身を隠すように地下で潜んでいるんだ……?
「え、本当に大精霊……なの? 大精霊を名乗る偽物ってことは」
「あり得るな。そうだとしたら頭いかれてやがる。関わり合いになりたくねえぞ」
「オイコラ。聞こえてんぞ、馬鹿ウサギ共……!」
あの男、オスクとやらが大精霊だとはイマイチ信じられずにルージュとコソコソ話し合っていると、オスクは苛立ちも隠そうとせずこめかみをピクつかせていた。確かにこんな呑気にしてる場合じゃないとルージュと話を切り上げて、オスクに改めて向き直る。
「チッ、好き勝手言ってくれちゃって……とにかくだ。お前らが認めようが認めまいが僕の知ったこっちゃないけど、お前らが勝手にズカズカ土足で上がり込んできてこっちとしては不愉快極まりないんだ。たかが妖精如きが踏み入れていい場所じゃないんだよ」
「なら、とっととここから出せばいい話だろ。オレらだってお前の住処を荒らしに来たんじゃない。大人しく回れ右させてくれればそれでいいだろ」
「ああ、出してもいい。ただ……」
オスクは地面に降り立つと手をかざす。その周りから一気に闇が溢れ出し……やがて一振りの大剣が形成された。
「タダで出すわけないじゃん。迷惑料くらい払ってもらわなきゃね。丁度退屈してたんだ、僕の相手してよ。ま、どうせ勝てるわけないから、認めてもいいくらい耐えたなら出してやるさ」
「……」
大剣の切っ先を向けつつ浴びせられたその言葉に、オレは苛立ちを覚えた。どうせ敵わないと最初から決めつけられているのが気に入らない。
……『耐えた』じゃ、オレはどうやっても満足出来ない。オレも負けじと鎌を構えて、思い切り虚空を切り裂く。
「ふざけんな。テメェをぶっ飛ばして堂々と出てやるぜ!」
「うん。妖精だってやる時はやるんだから。見くびったこと後悔させてあげる!」
ルージュもオレに合わせて強気に剣を構える。続いてフリード、ドラクも。
「ククク、そう来なくちゃな。……相変わらずだな、運命に抗う黄昏の子」
オスクが何か呟いたが、最後の辺りは声が小さく聞き取れなかった。
だが今はそれはどうでも良かった。オレは鎌を握り直すと一気に間合いを詰めて斬りかかる。
「おらっ‼︎」
鎌は風を切って、ヒュッと音を響かせながらオスクを引き裂かんと迫る。
……が、その斬撃はオスクにいとも簡単に相殺されてしまった。体格差もあって、とても正面からじゃ敵わない。
それでもここで退くわけにはいかない。なんとか押し切ろうと、鎌に込める力を強めた。
「ふーん、妖精にしてはいい斬りじゃん。だが……甘い!」
「ぐっ!」
オレは風圧のようなものに押し出されて弾かれる。どうやら魔力で吹き飛ばされたようだ。
やはりそうだったようで、オスクは紅い光を身に纏っていて、それがバチバチと火花を散らすんだ。強大な魔力が、近づくことすら許さないとでもいうようにオレらを威圧してくる。
今更ながら、オスクは真の大精霊なのだと思い知る。その証拠に、こいつから放たれるプレッシャーはそんじょそこらの精霊を軽く凌駕しているのだから。
だが、ここで怖気付くわけにはいかない。せめて気合い負けしないよう、オレは鎌の柄をしっかり握りしめる。
「『ディザスター』!」
「『ヘイルザッシュ』!」
オレが黒い衝撃波を飛ばすと同時にフリードも冷気を放つ。だが、その攻撃もオスクに軽くあしらわれるようにかわされてしまった。
「ほらほらどうしたのさ。僕をぶっ飛ばすんじゃないの?」
「チッ、くそっ!」
「なら連続でやるまでだよ! 『セインレイ』!」
ルージュは周囲から出現させた魔法陣から光弾を次々に放つ。
数で攻めたのが功を奏し、何発か命中する。オスクも攻撃を受けたことで、体勢を一瞬崩す。
「……やった!」
「よし、今の内に! 『グロームレイ』!」
ドラクも畳み掛けるように電撃を食らわせる。地面に電流がほとばしり、見事に攻撃が命中した。
「へえ……ちょっとはやるじゃん? でもここまでだな」
オスクの足元に落ちる影が、生き物のようにうごめき始め……だんだん、その揺らめきが増していく。
……嫌な予感しかしない。頰に、手に、緊張でじわりと汗が滲んだ。




